16話 奏の小さな嫉妬

 ——俺と奏が週末に帰省するということもあって、忘年会は急遽今日やることになった。

 奏も快く受け入れてくれたが連絡する際に電話をしたとき、やけに声を潜めているのが気にかかった。


 されどあまり気にはせず、どうしたんだろうなぁと他人事のように考えながら同期の二人より一足先に家へ帰る。

 二人には買い出しを頼んであるので、その間に奏と家の片付けをしようと決めたのだ。


 玄関のドアを開けて「ただいまー」と言えば、いつものように奏が廊下で俺を出迎えてくれる。

 しかし……。


「お、おかえり……」


 彼女は疲弊した様子だった。

 瞼を重そうにしており、背筋も伸び切っていない。


「どうした、なんだか元気がなさそうだけど」

「質問攻め、受けた」

「質問攻め?」


 その後家を片付けながら話を聞くに、どうやら同級生に俺との会話を聞かれていたらしい。

 彼女の口から俺の名前が出たことで、その同級生は俺と奏が付き合っていることを察知したそうだ。


 いやー、相変わらず女の勘って怖いな。

 すげぇ他人事だけど。


「それで、奏は俺との関係を話したのか?」


 片付けが終わってソファに座ると、俺の隣に腰を下ろした奏は顔をうつむかせた。


「……ごめんなさい」

「別に謝ることじゃないよ。話したんだったら話したでいい。俺はそういうの気にしないから。それにしても、奏が他の人と話したのか……」


 改めて思うと、なんだか感慨深い。

 あれだけ頑なに他人と話さなかった奏が、今や他人と話すまで柔らかくなっている。


 きっと付き合う前だったら何が何でも口を開かなかっただろう。

 これも彼女の言っていた「こんなに、変わることができた」ということなのかもしれない。


 もちろん奏は俺が独り占めにしたいくらい好きなのだが、あいにく彼氏という立場だからこそ一緒にいて掴めない幸せもある。

 その幸せに手が届くところまで来ているのだから、素直に嬉しかった。


 まぁ、それを奏が望んでいるのかと聞かれたらそれまでなのだが。


「ちなみに、誰に問い質されたんだ?」

「武田さんっていう女の子と、雨宮さんっていう女の子」

「あぁ、あの二人か」


 思わず苦笑を浮かべてしまう。


「知ってるの?」

「あぁ、えっと……まぁ知ってるも何も、俺あいつらに告白されたことあるし」

「えっ、そうなの?」

「まぁ、一応な」


 自慢のように聞こえてしまうからあまり言えないのだが、俺はかなりモテていた方だと思う。

 その二人以外にも何人かに告白されたこともあるし、たくさん男友達にも囲まれていた。


 所謂、俺はというやつだった。


「告白されたのっていつ?」

「二年の秋、くらいだったかな?」

「付き合ったの?」

「なんだ食いつきがいいな。……もちろん振ったよ。あの二人には申し訳なかったけど、あの時はまだ奏を諦めてなかったからな」


 三年の春に「就職活動が始まるから」という理由で自分自身をむりやり納得させて、奏を諦めた

 というのも、実を言うと諦めきれていなかったのだ。


 心のどこかで奏のことを想っていたし、そのせいで就職活動が一時期手につかなかったこともある。

 ほとんど会話を交わしたこともない女子にどうしてこれほどの好意を抱けたかは分からないが、とにかく俺は奏が好きだった。


 未練タラタラのままだったから、どこで諦めたのかいまいち思い出せないのだ。


「でもあの二人はそのまま俺と友達でいてくれてさ、最終的に俺の奏への恋を応援してくれるようになったんだよ」

「そう、なんだ……」

「あいつら、何も考えずに突っ走ってくるうるさい奴らだけど、根はものすごくいい奴らなんだ。だから、もしこれからも話しかけられたら、あんまり拒否しないでほしいな」


 俺が提案すると、奏は唇を尖らせた。


「私が拒否しようがしまいが、私の勝手でしょ」

「まぁ、確かにな」

「でも……」


 奏はそう言葉を置くと、座り直して俺との距離をゼロにした。

 二の腕に、奏の肩が寄りかかってくる。


「千智がそう言うなら、拒否はしないけど」

「……ありがとう」


 そうして同期の二人が家に着くまでのんびりしようという話になったのだが、奏は意外にも俺の傍を離れようとしなかった。


「どうした、そんなにくっついてきて」


 いつもは指摘すれば離れていくのだが、今日は何故か離れない。

 それどころか、奏は指摘されるなり俺の腕を抱いてきた。


「なんか、千智が楽しそうに他の女の子の話をしてるの……嫌」

「えっ?」

「なんか胸のあたりがモヤモヤするの。苦しいわけじゃないんだけど、もっと千智の……傍にいたくなる」


 それって、つまり……世間一般的に言う「嫉妬」というやつか?


「……可愛いなぁ」

「ひぁ、ちょっと、急に頭撫でないでっ」

「いいだろ別に、減るもんじゃないし」

「なんかこのやり取りちょっと前にしたことあるような気がするけど、やめてっ」

「というか、そろそろ離れなくていいのか。もうすぐ来るぞ」

「やだ、ギリギリまで一緒にいるのっ」

「なんか矛盾してないか?」

「矛盾してないっ!」


 そんなこんなで、俺は同期の二人が来るまで奏とのイチャコラを思う存分楽しむのだった。

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