15話 クリスマスの次は忘年会

「——んで、昨日は結局彼女さんとイチャコラしたと」

「あぁ、すまんな」

「ふーざけるなよぉ〜……」


 昼休み、俺は優斗や鈴花と一緒にフリースペースでご飯を食べながら昨日の自慢話をしていた。

 それを聞いた優斗は大ダメージを受けたのかヘニャヘニャになっている。


「千智やめてあげて。その話は優斗にとってあまりにも鋭利すぎるよ」

「そういや優斗に彼女がいないのは知ってるけど、鈴花には彼氏いるのか?」

「サラッと心を抉ること言うのやめてくれるか?」

「うん、いるよ」

「お前もそっち側の人間かよぉ〜……」


 また大ダメージを受けてしまったようだ。


「大丈夫だって優斗! 優斗は決して顔は悪くないし、親しみやすい性格してるから!」

「それに、きっと今はまだその時じゃないってことだろ。待つばかりになるのはよくないかもしれないけど、その時はきっと不意にやってくるさ」

「うん、ありがとう。ありがとうなんだけど地味にその慰めも攻撃になってるの理解できてる?」


 これ以上は優斗が後ろめたさで壊れてしまうかもしれないからやめておこう。

 二人がかりでいじめるのもよくないからな。


「にしても、よかったね千智。彼女さんと仲良くなれて」

「まだまだこれからだけどな。でも、少なくともこの前よりは前進してるよ。鈴花と優斗のおかげだ」

「なんで俺、付き合ってもないのに千智にアドバイスなんかしたのかなぁ……」

「ほら、早く食べないと仕事が間に合わなくなるぞ」

「うるせぇ」


 すかさずぼやきながらも、優斗は俺の言ったことを素直に受け取って昼ご飯を食べ進める。

 この前危うくなっていた鈴花も俺の言葉にハッとして、急いで食べ進め始めた。


「こうなったら、もう忘年会だな」

「どうした急に」

「忘年会だよ。ほら、もうすぐ今年も終わるだろ? 彼女がいない寂しさもその時だけは忘れてパーッと飲み明かしたいわけよ」

「いいね忘年会! 千智の家で!」

「おい待てなんで俺の家なんだよ!」

「だって千智の彼女に会ってみたいもん」


 いや、急に素に戻られても困るんだが。


「俺も千智の彼女に会ってみたい」

「お前もしや奪う気じゃないだろうな?」

「友人の彼女を寝取るほど俺は腐っちゃいねぇ!」

「どっちにしろご飯や飲み物はどうするんだよ。俺、あんまり奏に迷惑かけたくないんだけど」


 もし本当にうちで忘年会をすることになれば、そのための準備は家主である俺や奏がすることになるだろう。

 奏は基本的に俺以外の人と関わらないから、仮に準備がなくなったとしても奏にとって優斗や鈴花と会うのはなかなかに精神を削るはずだ。


 だからできれば遠慮したかったんだが……。


「えぇー、お願い! 彼女さんの迷惑になるようなことはしないから!」

「ご飯も飲み物も俺たちで準備するから!」


 両手を顔の前で合わせて懇願してくる二人。

 その勢いに気圧された俺の心は揺らいでいた。


 正直、俺も忘年会自体には賛成だ。

 最近この二人と飲みに行くこともなかったし、久々に飲み明かしたいというのもある。


 唯一の懸念点は、奏がそれを承諾するかどうか。

 ……まぁ、一応聞いてみるだけ聞いてみるか。


 スーツのポケットからスマホを取り出して、奏に電話をかける。

 コール音が二回なると、やがて向こうから平坦な声が聞こえてきた。


「もしもし」

「もしもし、いま大丈夫か?」

「大丈夫だけど。珍しいね、電話なんて」

「あぁ。奏に許可取りをしたくてな」

「許可?」


 問い返してくる声さえ、声のトーンは変わらない。

 大学を卒業してから大学での彼女を見たことはなかったが、どうやら何も変わっていないようだ。


 気を取り直して、俺は奏に許可を取ることにする。


「いま会社の同期と忘年会の話をしててな。その場所をうちにしたいって話になってるんだよ」

「ってことは、千智の会社の同期さんがうちに来るってこと?」

「俺一人じゃ決められないから、奏にどうしたいか聞こうと思って」


 昨日、彼女は他人と接することが怖いと言っていた。

 そんな彼女がいきなり見ず知らずの他人を家に上げるだろうかと不安になっていると、その答えはあっさりと帰ってきた。


「私はいいよ。今日うちに来るの?」

「えっ? あっ、それはまだ決めてない、けど」

「そっか。じゃあまた細かく決まったら連絡ちょーだい」

「あ、あぁ、分かった」

「どうかした? なんか受け答えがぎこちない気がしたけど」

「いや、断られると思ってたから。奏、他人と関わりたくないだろうし」

「要は千智の友達が来るんでしょ? だったら、多分大丈夫だと思う」

「そっか……」


 それだけ俺のことを信頼してくれているということだろう。

 些細なことかもしれないが、その事実に嬉しい気持ちが胸いっぱいに満たっていった。


「分かった。じゃあ、また決まり次第連絡するな」

「うん。それじゃあ、またね」

「あぁ」


 通話終了のボタンをタップすれば、スマホの影から鈴花がヌッと現れた。

 その目は期待の光で満ち溢れている。


「どうだったどうだった?」

「……大丈夫だって」

「ほんとに!? やったー!」


 無邪気に喜ぶ鈴花。

 目立ってはいなかったが、優斗も視界の隅でガッツポーズをしていた。


 二人とも、何故そんなに奏に会ってみたいのだろうか?

 そんな疑問も一旦置いておいて、日程について話し合う。


 忘年会が出来ることも嬉しいが、個人的に奏に信頼されていることが分かったことがとても嬉しい。

 また一つ、彼女との距離が縮まった気がしないでもなかった。


 そうして話し合いながら引き続き昼ご飯を食べ進めていくのだが、その間なぜだかくしゃみが止まらなかった。



         ◆



「——ねぇ、藤澤さん! いま誰かと電話してたよね!?」


 千智との電話を終えてスマホの明かりを消すと、同級生の女子二人組が急に話しかけてきた。


「えっ?」

「盗み聞きしてごめんね! さっきって聞こえたような気がしたんだけど、もしかして中村先輩と付き合ってたりするの!?」

「えっ、と、それは……」

中村先輩といつ付き合い始めたの!?」

「中村先輩とどこまでいったの!?」


「「ねぇねぇ!」」


 二人の圧に対応できず、私はしばらく何も言葉にできないまま質問攻めを食らうことになってしまった。

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