14話 着実に、一歩ずつ

「——電気、消すぞ」

「うん」


 寝室の入口にあるスイッチを押して部屋の照明を消すと、俺は奏が横たわっているベッドの中に潜り込む。


 今日はとても濃い一日だった。

 奏の悪酔いから始まり、その後二人で街を散策した。

 家を出る時に一悶着あったものの、きっとあれがなければデートの後半は手を繋げていなかっただろう。

 お昼はパスタを食べて、ペットショップの一匹のパピヨンに出会って、最後には奏からのサプライズもあった。


 今日一日で、俺たちの距離はぐっと縮まったと思う。

 実際、隣に寝転がっている奏はいつもより俺に近づいてきていた。


「というか、それだけ近くにいるんだったらもうくっついてもいいんだぞ?」

「き、急になに?」


 奏が俺から遠ざかる。

 まるでつまみ食いがバレた猫がすーっと逃げていくように。


「くっつきたかったらくっついてもいいんだぞって」

「べ、別にくっつきたいなんて一言も言ってないでしょ」

「でも奏、俺に近づいてきてただろ。拳一つ分くらいまで」

「なんでいつの間に距離測ってるの。遠回しに言ってキモいんだけど」

「それ遠回しじゃないよね? 全然ど直球ど真ん中だよね?」


 それにしても奏が「キモい」とか珍しいな。

 いつもは暴言とか滅多に吐かないのに。


「……そんなにキモかった?」

「なにちょっと落ち込んでるのさ。……本気で思ってたら、一緒に寝てない」


 よかった、いつものツンデレ奏だった。

 そっと安堵の息をつく。


「そんなに不安だったの?」

「そりゃ好きな人にキモいとか言われたら不安にもなるだろ」

「いつもは大丈夫なのに?」

「いつもはキモいとか言わないだろ。奏こそどうして急にキモいって言ったんだ」

「それは……どうしてだろう」


 どうやら奏もどうして言ったのか分かっていない様子。

 心の距離もだんだんと縮まってきているから、素を出してくれているということだろうか。


 もしそうだとしたら嬉しい。


「とりあえず、くっつきたいんだったら俺のくっついて寝てもいいんだぞ」

「だからそんなこと言ってないって……」


 言葉がそのまま続くかと思ったが、急に奏は口を閉じる。

 頬を赤らめて視線を彷徨わせるその姿は、どこか悩んでいるようにも見えた。


「どうした?」


 聞くと、奏はゆっくりと口を開く。


「くっついて……いいの?」


 不安そうに目を睨ませて問いかけてくる奏に、俺は自分の二の腕をポンポンと叩いた。


「ほら、おいで」


 叩いたところに恐る恐る手を添えた奏はその後、滑り込むように腕を絡ませてくる。

 完全に俺の腕を抱いた彼女は安心したのか、やがてへにゃりと目を細めた。


「笑った」

「なっ、うるさいっ」

「やっぱり奏は笑ってる顔が一番可愛いよ」

「それ前にも聞いた」

「まぁ、どんな奏の顔も全部可愛いだけどな」

「そんなに可愛いかわいい言わないでっ。早く寝ないと、明日起きられないよ」

「はーい」


 奏から注意を食らったので、俺はおとなしく寝る準備に入る。

 奏も寝ようとしているのか、俺の腕を抱く力を強めた。


 彼女のツンが激しすぎてたまに俺への好意を見失いそうになるが、彼女はこうしてちゃんと俺のことを好いてくれている。

 素直になれないなら、それはもうしょうがない。

 その「好き」にいつでも気付けるように、日頃から心には余裕を持っておこう。


「おやすみ」

「おやすみ」

「俺のこと蹴るなよ」

「……蹴ってたらごめん」

「そこは否定してくれよ」


 笑いながら、俺は奏に顔を寄せて目を閉じるのだった。

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