13話 二人を繋ぐブレスレット

「——クリスマスプレゼント、ある程度は決まってるんだよな?」


 ペットショップを出て、俺は奏に問いかける。


 現在の時刻は午後五時。

 辺りはすっかり暗くなっていて、飾られているイルミネーションやクリスマスツリーが眩しかった。


「うん。近くにお店があると思うから、ついてきて」

「あぁ、分かった」


 そうして奏が歩き出そうとした瞬間、俺はその手を掴んだ。

 彼女の体が驚きでビクンと跳ねる。


「ちょっと、いきなり手を繋がないでよ……」

「あれ、まだダメなのか? 奏の方から繋ぎにきてくれてたから、もう大丈夫なものだと思ってたんだが」

「だ、大丈夫なわけないでしょ。今だって、心臓がバクバク言ってるし……」


 口ではそう言っているものの、俺たちの手は繋がれたまま。

 その状況に、俺は思わず笑みを零してしまう。


「にしては、振りほどかないんだな。今までだったら絶対振りほどいてただろ」

「だって、今は夜だから暗いし……それに私だって、手を、繋ぎたいわけ、じゃない、というか、何というか……」


 奏の声が段々小さくなっていく。

 聞き取ろうとして耳を近づけるが、最後の方は全く聞こえなかった。


「何を言ってるか小さすぎて聞こえないんだけど」

「う、うるさいっ! いいから行くよ!」

「そこまで大きな声で喋れとは言ってねぇ!」


 そんな御託を披露しながら、結局俺たちは手を繋いで夜の街を歩いていく。


 奏とのデートももう終盤。

 それに、次は目的であるクリスマスプレゼントを買いに行く。

 次のデートはいつになるか分からないし、思い出に残るようなデートにしよう。


 耳の痛みに耐えながら、俺はそう思うのだった。



         ◆



 ——奏が欲しいとねだってきたのは、ブラウンの二重巻きレザーブレスレットだった。

 曰く「私もお洒落したい年頃なの」らしい。


 理由としては少し子供っぽい気がしないでもなかったが、彼女がアクセサリーをつけているところは見たことがないし、多分本当なんだろう。

 事実、買ったブレスレットはシンプルかつお洒落で、クールな雰囲気の奏にとてもよく似合っていた。


 また一段と可愛く見えたのは、俺がかけている恋愛フィルターのせいではないだろう。


 そんなこんなで当初の目的を達成した俺たちだったが「最後に、公園に寄らない?」という奏の提案で、俺たちは家の近くにある小さな公園を訪れていた。


「どうして公園に寄りたかったんだ?」

「だって……デート、もこれで終わりでしょ? だから、まだ帰りたくないなって」

「……そうか」


 ちょうど雪を被っていないベンチがあったので、俺たちはそこに腰を下ろす。


 しんと静まり返った公園に、二人だけ。

 相変わらず奏と二人でいる空間は落ち着く。


 しかし奏の方は落ち着けるような状況じゃないらしい。

 気まずそうに唇をきゅっと結んで、ほんのりと頬を染めている。


 俺は彼女の可愛さに思わず苦笑して、助け舟を出すことにした。


「そういえば、本当にあのパピヨンでよかったのか?」

「どういうこと?」

「ペットショップには他にも可愛い子がたくさんいただろ? にも関わらず、奏はあのパピヨンを選んだ。その理由は何だったのかなって」


 あのパピヨンは店員でも手を焼くくらい至極臆病らしい。

 犬を飼ったことがない俺たちにとって、そのパピヨンと心を通わすには人一倍努力しなければならないだろう。


 なのに、どうしてあのパピヨンを選んだのだろうか。

 奏は俺の発言に眉尻を下げてクスリと笑うと、その思いをゆっくりと吐露し始めた。


「……似てたんだ、あの子」

「似てた?」

「ほら、私って大学ではいつも一人だったでしょ。あの子の怯え方が、その時の私に似てたから」

「怯えてたのか?」


 奏の言葉の中でふと気になった言葉をつまみ取る。


 少なくとも俺から見た奏は何かに怯えている様子は全くなかった。

 もし怯えているように見えたなら、俺は毎日奏に話しかけるようなことはしなかっただろう。


 でも……。


「……うん、怯えてた。他人と関わるのが、怖かった。だから私はずっと一人でいたの」


 彼女は、いつも一人だった。


 講義を受けるときも、昼ご飯を食べているときも、自習時間に見かけたときも。

 誰かに話しかけられたときだって、彼女はそれを無視したり受け流したりして、頑なに一人で居続けた。


 でも俺はそんな彼女と接したくて、たくさん話しかけた。

 もしかしたら、いやもしかしなくても、あの頃の彼女は俺を怖がっていたのだろう。


「……ごめん、たくさん話しかけて」

「千智が謝ることじゃないよ。それに、千智がたくさん話しかけてくれたから今があるんでしょ?」


 奏は躊躇うことなく俺の手を優しく握る。


 冷え切った手のはずなのに、なぜか暖かく感じる。


「千智がいてくれなかったら、こんなに毎日が楽しくなることはなかった。千智がいてくれたから、私は——」



 肩にかけていたショルダーバッグから何かを取り出して、奏は俺の手の上に置く。



「こんなに、変わることができた」

「これは……?」



 手渡されたのは、手のひらサイズの小さな紙包み。



「開けてみて」



 彼女の言葉に従って、俺はその封を解いていく。



「っ——!」



 そこに入っていたのは、ブラックの二重巻きレザーブレスレットだった。


「驚いた?」

「これ……」

「そう、私がさっき千智に買ってもらったやつの色違い。バイトでお金を貯めて、事前に買ってあったの」

「バイト!? 奏、バイトしてたのか!?」

「今月から始めたの。千智の稼いでくれたお金を使うのは違うような気がしたから」

「で、でもクリスマスプレゼントの話をしたのは先週だろ?」

「それよりも前から私は千智にクリスマスプレゼントを渡したいって思ってたんだよ」

「マジか……隠すの上手すぎだろ」

「千智が下手なだけだよ」


 クスクスと笑みを零した奏はその後、まるで悪戯をした子供のようにいやらしく笑った。


「——私ね、付き合い始めたときは千智のこと好きじゃなかったんだよ」

「えっ? でもあのとき、確かに俺のことを『好き』って……」


 大学の前で、桜吹雪が舞う中、彼女が俺に言った言葉は『好き』の一言だった。


「あれは千智に近づくための口実。そうでもしないと、もう千智とは二度と会えなくなると思ったから」

「好きでもないのに、俺と付き合ってくれてたのか?」

「傷つけたならごめん。本当に申し訳ないと思ってる。でもあのとき、このまま一人で居続けたら一生他人を怖がって生き続けることになると思ったの。唯一千智だけが信じられそうだったから、どう転ぶことになってもそれに懸けてみようって」


 奏の複雑そうな表情から、その時の葛藤が容易に想像できる。

 きっと物凄く悩んで、物凄く苦しんで出した答えだったのだろう。


「騙すような真似をして、本当にごめん」


 申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 そんな彼女を元気づけようした俺は口元に優しく笑みを浮かべた。


「気にしてないから大丈夫。それに、今は俺のことを好きでいてくれてるんだろ?」

「それは……うん、好き」

「なら、それだけで十分だ。むしろ、俺のことを信じてくれてありがとう」

「こちらこそ、たくさん話してかけてくれて、信じさせてくれて……ありがとう」


 ——お互いに買い合ったブレスレットを身につけて、街灯が照らす光に当てる。

 あしらわれた金色の装飾や銀色の金具がキラキラと光って、どうしようもなく胸が熱くなった。


「大好きだよ」

「なっ、何よ急に……」

「言いたくなったから言った」

「びっくりするからやめて……」

「じゃあ、もう『大好きだよ』って言わない」

「そ、そこまでは言ってないでしょっ」


 奏の焦った言葉に、声を上げながら笑い飛ばす。

 そうして静けさが戻ってくると、やがて一つの優しい声が二人の空間を揺らした。


「私も……大好き」


 今までの人生の中で、一番幸せな瞬間だった。

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