12話 一匹のパピヨン
「うわぁ……!」
店内にはたくさんのショーウインドウがあり、その中で犬や猫が各々寛いでいる。
その情景を見た奏は、まるで幼い子供のように目をキラキラと輝かせた。
「ねぇ千智、近くで見てきてもいい?」
「あぁ、いいけど……」
俺の許しを得た奏は、小走りでショーウインドウに近づいていく。
俺は健気にはしゃいでいる奏を可愛く思うと同時に、なぜ彼女は俺の許しを得たのだろうかという疑問も感じていた。
「いらっしゃいませ」
奏が犬を見ている間に取り置き出来るかどうかを聞いておこう。
俺はちょうど声を上げた女性の店員に話しかけた。
「すみません。年明けに改めてペットを飼いたいと思ってるんですけど、それまで取り置くことって可能ですか?」
「はい、出来ますよ。ただその場合、先に代金を支払って頂くことになります」
「先に、か……」
コートのポケットから財布を取り出して中を見た俺は、万札が数枚しか入っていないことに気がついた。
「す、すみません。あいにく現金の持ち合わせがなさそうで……この店、クレジットカードとかは使えますかね……?」
「はい、使えますよ」
「よかった……」
「また何かありましたら、遠慮なくお声掛けください」
「はい、ありがとうございます」
店員から離れた俺は、さり気なく安堵の息をつく。
これでクレジットカードが使えなかったりでもしたら、また奏のご機嫌が斜めになっていただろう。
出費はいろいろとかさむだろうが、それで奏が笑顔になってくれるなら大した金じゃない。
むしろ喜んで金を出すほど、俺は奏が笑顔でいる姿をたくさん見たかった。
「取り置きできるって」
「本当に?」
ショーウインドウを見ていた奏の目は再びキラキラと輝く。
まるで、本当に小さな頃の奏を見ているようだ。
……まぁ、見たことないんだけど。
「あぁ、だから今日選んじゃおう。どれにするか決まったか?」
「私もそうだけど、千智にもどの子がいいか選んでほしい」
「俺にも?」
聞き返すと、奏はコクリと頷く。
「だって、要はこれから一緒に過ごす家族になるわけでしょ? だからもし私が気に入っても千智が気に入らなかったら、一緒に過ごすの大変じゃない?」
「俺は別にどの子でもいいけどな」
「そう?」
俺の場合はどの子がいいかというよりも、奏が気に入る子が見つかればいいと思っている。
そもそも気に入らない子の特徴が想像つかないし、万が一気に入らなかったとしても一緒に過ごすうちに愛着も湧いてくるだろう。
「強いて言えば、俺は奏が犬を可愛がってる姿が見たいな」
「どうして?」
「だって犬を可愛がってる奏、可愛いし」
「……また怒るよ」
「ごめんごめん」
唇を尖らせた奏に、俺はヘラヘラしながら謝る。
えっ、お前本当は反省してないだろって?
反省はしてるけど、絶対また同じようなことを言うだろうな。
「もう同じようなこと言わないでよね」
「えっ? ……あっ、はい」
「絶対また同じこと言おうと思ってたでしょ」
「いやなんで分かるんだよ!?」
ここまでドンピシャで当てられるともはや怖いわ。
「じゃあ、私が選んでいいんだよね」
「あ、あぁ。切り替わり早いな……」
「とりあえず千智も一緒に来て。一緒にチワワ触っていいか聞こう」
「えっ、あっ、ちょっと引っ張らないで!」
またもや奏に強引に手を引っ張られる。
素直になれないからスキンシップするにはこうするしか方法がないんだろうけど、もう少しやり方があったんじゃないか?と思わずにはいられなかった。
——それから俺たちはいろんな子に触れ合った。
途中で猫の魅力にも気づいてしまったらしくどうしようかと唸り声をあげて迷っていたが、結局犬に決めたらしい。
しかし犬に絞っても魅力的な子がたくさんいるようで、長い間決めかねていた。
できるだけ長く一緒にいたいからと子犬を飼うことには決めたのだが……。
「……ダメ。子犬もいい子が多すぎる」
「どうする? また今度に改めて見に来るか?」
「まだ、もうちょっと」
「でも、クリスマスプレゼント買う時間なくなるぞ?」
現在の時刻は午後四時半。
結局二時間ほど奏は悩んでいた。
時間がなくなるというほど遅い時間でもないのだが、真冬ということもあって外は既に薄暗い。
俺も奏も明日から仕事や大学があるから、なるべく早く帰っておきたかった。
「うーん……」
眉を
気になって彼女の視線を追うと、ショーウインドウの隅に縮こまっていた一匹の小さなパピヨンが目に入った。
「あの子……」
そう呟いて奏はパピヨンに歩み寄る。
奏が近づくのと反比例するように、パピヨンは隅の隅まで後退った。
「この子は……?」
「この子は、捨て犬なんです。この店の店員が偶然拾ってきたようで、当時は身体にたくさんの傷がありました。今は傷も完治して病気もないので、衛生面は問題ないかと思われますが——」
説明してくれている店員の表情を見る限り、当時は相当劣悪な状況だったのだろう。
パピヨンの怯え方も異常で、店員たちも扱いに困っているらしい。
だが、奏の目には先程のような迷いがなかった。
店員から粗方説明を受けて、一言。
「千智。私、この子を飼いたい」
「でも、きっと大変だぞ? これだけ怯えてるようじゃ——」
「私は、この子が飼いたいのっ」
俺の言葉を遮って、奏は声を発す。
パピヨンに同情しているのだろうか。
さっきまで見てきた子犬たちより、明らかに思い入れが深い。
奏がこれだけ何かを望むということは今までなかった。
何が奏を惹いているのかは分からないが、ここまで食い下がるのだったら俺も悩む必要はないだろう。
「分かった。じゃあ、その子にしよう」
「……うんっ」
微笑んで頷いた彼女は、優しくショーウインドウに手をつく。
「絶対、幸せにしてあげるからね」
そうパピヨンに言葉をかけた奏の横顔は、少し切なげだった。
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