11話 千智の家族

「——ご、ごめんな? 無理強いして」

「もう知らない」


 会計をして店を出ても、奏はまだご機嫌斜めだった。


 いや、本当にここからどうしよう。

 やらかしたせいで食事をしているときは頭真っ白だったから何も打開策を思いついていない。

 三十センチメートルまで縮まっていたお互いの距離も五十センチメートルに戻ってしまっている。


「と、とりあえず、クリスマスプレゼント買いに行くか?」

「少し早くない? まだお昼だし」

「そ、そうか。じゃあ、どこに行きたいとかあったりするか?」

「特にないけど」

「あっ、そう……」


 なんなんだこれ。

 愛想尽かされたと思ったから早めにクリスマスプレゼントを買って引き上げようと思ったけど、それはお気に召さないらしい。

 だったらどこか行きたいところでもあるのかと思ったのに、そうでもないっぽい。


 デートを続けたいのか、早く帰りたいのか全く分からん。

 一体どうすればいいんだ……?


「……分かんないの?」

「えっ?」

「私が言いたいこと」


 奏が言いたいこと……か。


「ごめん、全く分かんない」

「家を出るときに言ったじゃん」

「家を出るとき……?」


 予想外のヒントが出てきて思わず思考が止まってしまう。

 家を出るときは手を繋ぐ、繋がないで少しいざこざがあって……もしかして「素直になれなくてごめんなさい」ってところか?

 いやいやこれは俺が調子に乗ったから奏が怒っているのであって、素直か素直じゃないかは関係ない。


 でも、他に関係ありそうな部分はなさそうだし……。


「……とりあえず、早く行こ」

「えっ?」


 一生懸命考えていると、気づけば奏が俺の手を握っていた。

 そのままぐいぐい俺を引っ張って歩いていく。


「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!」

「待てない。時間がなくなっちゃう」

「な、何が!?」


 一体彼女は何を考えているんだろう。

 そんなことすら考えている余裕もなく、奏に引きずられて着いたのは……。


「……ペットショップ?」


 まさかのペットショップだった。


「犬、飼ってもいいんでしょ?」

「飼ってもいいけど、今すぐには飼えないぞ。年末年始はまだ予定が決まってないし、もしかしたら家を空けることになるかもしれないからな」

「家を空ける?」


 あぁ、そういえばまだ奏には言っていなかったか。


 電話越しのやり取りに苦笑を浮かべながら、俺は不思議そうな表情の奏に説明する。


「親に『年末年始くらいは顔を出せ』って言われてるんだよ。だから実家に少し顔を出そうと思って」

「そうなんだ」

「奏は『帰ってこい』とか言われてたりするのか?」

「私、は……」


 途端とたん、彼女の表情に影が落ちる。

 先程まで真顔だったからあまり表情は変わっていないものの、瞳の光は濁り、薄暗く豹変した雰囲気を感じ取るのは容易だった。


「……帰らなくて、大丈夫」

「そうか?」

「うん」


 そういえば、奏から家族関連の話は聞いたことがない。

 普段から雑談が少ないと言えばそれまでなのだが、何かの話の流れで俺に妹がいることくらいは奏に話した気がする。

 だが、奏の家族については何一つ聞いたことがない。


 何か、事情があったりするのだろうか。


 ……どっちにしろ、いま話題に出す必要はないか。

 今はデート中だ。

 ただでさえ暗くなりつつあるこの雰囲気を更に暗くしたくないし、奏の家族についてはいつでも聞ける。


 だったら……。


「だったら奏も一緒に、俺の実家に来てくれないか?」

「えっ?」


 突然の提案に奏は目を見開く。

 が、すぐに眉尻を落とした。


「いや、いいよ。迷惑になるだけだし」

「うちの親はそんなこと気にしないよ。それに、奏のことを紹介したいんだ。彼女が出来たよって」

「っ——」

「俺の彼女として行けば奏が迷惑になるどころか、むしろ俺の方がぞんざいに扱われると思うぞ。『あの千智に彼女が出来たのか!?』って、失礼な驚き方でさ」


 見なくても想像できる。

 きっと親娘そろって「明日は隕石が落ちてくる」とか言うだろう。


 俺の家族は俺の扱いがかなり酷い。

 でも、いざとなったらどんな状況でも手を差し伸べてくれる。


 そんな人情深い家族だ。


「俺一人だけ行くってなったら奏を家に残すことになるから日帰りで行こうと思ってたんだけど、奏が一緒に行ってくれるなら一泊二日でゆっくり帰ってこられるし、何より奏と一緒にいられる。だから、ついてきてくれるか?」

「……分かった。一緒に行く」

「ありがと——」

「でも……」


 俺の言葉に被せるように言うと、奏は頬をほんのりと染めた。


「ね、年末は……二人で、過ごしたい」


 そんな彼女の願いに、俺は口元を緩めて頷いた。


「あぁ。元々そのつもり」

「なら、よかった」

「ってなわけだからさ、いま犬を飼ったらその子も一緒に連れて行くことになるだろ? でも、きっと飼い始めてから慣れるまではあまり外に連れ回さない方がいいと思うんだ」

「確かに、負担がかかっちゃうかも」


 犬を飼ったことがないから詳しいことは何も分からないが、犬にとっては家に連れて来るだけでも負担が激しいだろう。

 その上いろんなところに連れ回したりでもしたら、ストレスで体調を崩しかねない。


「だから、今日はどの犬を飼うか選ぶだけだったらいいぞ」

「えっ、いいの?」

「取り置きしてもらえるかどうかはまだ分からないけど、犬を見に行きたいんだろ? だったらとりあえず行ってみようぜ」


 繋がれたままの手を引っ張って、俺は奏と一緒にペットショップに入っていくのだった。

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