chapter 6-2:矢は盾となりて

直感。

そろそろおやつの準備をしようと考えていた時。

刺すような視線と、地を這うような妙な雰囲気を感じ取った。

ただものではない。

手に取ったままのナイフを握り。

よくない気配を辿って、部屋を出て廊下を歩く。

多分、ここの部屋。

ドアを押し開ければ。

目。

目が。

目が合った。

 ⁅9wet@e⁆

物音とも、声とも言えない微妙な音。

その音で、ぐわりと歪んだ精神が一気に現実に戻る。

適う相手ではないのは、一目見ただけでもわかる。

ただの不審者であって欲しかった。

距離を取りつつ逃げようとするが。

「まぁ、そりゃそうよね……」

目の前の生き物は。

私が無傷であることを、許してはくれなさそうだ。

攻撃を必死の所で躱しながら、ただひたすらにエルンを探す。

そんな彼女は、曲がり角の先に居たので。

「走れ!!」

「え?」

驚いた彼女に、隙を与えず。

「絶対に振り返るな。外を目指せ。いいな?!」

ただただ、淡々と物事だけを伝える。

「ちょっ、ちょっと待って、どういう事?!」

「いいからっ!走れ!!」

「わ、わかった!」

言われた通りに、彼女は振り返る事無く走り出す。

幸い、私の背後にいる生き物の姿を見ていないようで安心した。

後は彼女が、逃げきれればそれでいい。

私はどうなってもいい。

私の命で手打ちにしてくれないだろうか。

しかし。

生き物は私ではなく、彼女に興味の対象を移した。

戦っても勝てない。

ならば。

「エルン!!」

一瞬だけだとしても、盾になってみせよう。

霞む視界の中、動かない足を無理に引きずって。

廊下を駆ける彼女を抱きしめる。

「うわっ?!」

それなりのスピードで、飛び込むように抱きしめたので。

勢いそのままに廊下に倒れてしまう。

「どうしたの……?」

彼女は身体をよじり、見上げてくる。

心配そうに、不安そうにするから。

精一杯の笑顔を向けて。

「役に立たないメイドで、ごめんね」

途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

ぽたりぽたりと零れ落ちるのは、涙と血。

「何言って……」

「護れなくて、ごめん」

死にたいとは願っていた。

だからこれで満足なはずなのに。

心残りがあるとするなら。

この子を、このまま生かして外に出せそうにないこと。

あの人に、「大好きだよ」って、面と向かって言えなかったこと。

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