chapter 5-3:恋という猛毒

部屋の片づけを終えてから、もう一度窓の外を見る。

しかし、あの跳ねる黒髪を見つけることは出来なかった。

彼女は一つの所にとどまらず、各所の手伝いが仕事。

屋敷内に居るはずなのに、会えないことも多々ある。

いつからか、彼女を探すのが生活の一部になっていた。

自由気ままな黒猫を探すような感覚であり。

愛しい人をどうしようもなく求める感覚。

部屋を出て、廊下を歩く。

先に駆け出して行ったエルンは、もうどこにも見当たらなかった。

歩きながら、先ほど言われた言葉を考え直す。

『珍しいね。そこまで本気になるの』

本気なんだよ。

それほどにまで、手に入れたいんだ。

あの瞳の奥に眠る、深海のような静けさも全部、全部。

「あ、スピネリだー」

考え込む自分の耳に飛び込んできた、柔らかく間延びした声。

その声に振り向けば。

「仕事はもう大方終わったよー」

彼女は、ふわりと跳ねるように隣りにやって来た。

「相変わらず早くて助かるよ」

「当たり前でしょ?私だからね」

ふふん と鼻を鳴らし、当然だという風に笑う。

そんな表情も出来るのか。

と、まじまじ見つめていると。

「……何か言ってよ統括長!!」

沈黙に耐えかねたのか、照れて真っ赤な顔で訴えてきた。

「ごめんごめん。そう言うの珍しいな。って思って」

「私自身も、らしくない事言ったって思ってるよぉ……」

真っ赤な顔、真っ赤な瞳は、透明な雫に濡れていて。

「恥ずかしくて泣くほどなら、やらなきゃよかったのに」

「スピネリがいつもみたいに適当言ってくれればそれでよかったの!」

拗ねるように唇を尖らせ、半分逆ギレの状態。

こうしてみると、同い年と言うより年下みたいだ。

彼女は『兄が居る』と言っていたから、そのせいでもあるのだろうか。

「なのに、黙って私を見るから、怖くて……」

違う。

そんな顔をさせたかったわけではないのだ。

不安にさせたり、怖がらせたかったわけではないのだ。

「ねぇ、ラグネット」

「んー?」

頬を膨らませたまま、返事を。

「今から買い物行くんだけど、手伝ってくれる?」

未だ残る涙を拭おうと、差し出した手を戻して。

曖昧に笑いかければ。

「いいよー。てか、断る理由がないし」

彼女は〔職務を遂行する〕態度に変わる。

切り替えの素早さは、何度見ても素晴らしく。

それでいて、恐ろしかった。

まるで。

彼女の本心はどこにもなく、全てを覆い隠しているようで。

「断ったら上司命令出すけどね」

「それは酷い仕打ちだとおもいまーす」

くるくると踊るように、彼女は先を歩く。

外に行きたくて仕方のない子犬のように。

「……デートにすら、誘えないのに」

聡明な君なのに、自分の捧げる愛には酷く鈍感で。

率直に言う方が伝わる。そう言ったのはどの口だ。

こんな様子じゃ、エルンの事言えないじゃん。

「意気地なし」

呟いた言葉は自分と彼女の間に転がって。

「?行こうよ。スピネリ」

「あ、あぁ。今行くよ」

触れそうで触れられない隙間を、作ってしまうんだ。

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