chapter 5-2:熟して落ちて

エルンの事が好きである。

それはもう紛れもない事実なのだが。

彼女の目に映るのは、いつだって幼馴染兼昔からの使用人。

青の瞳は、恋の熱を帯びていて。

一目ぼれしたのは自分の方だ。

彼女に想い人が居ても、何も不思議なことではない。

それが、長年側に居た相手ならば。

尚更。だ。

勉強と執務の練習、その合間の時間。

二人は揃って小さな部屋に入り、楽し気に言葉を交わす。

その後ろ姿を、いつだって見送るだけ。

多分、部屋に入っても問題は無いのだろうけど。

二人っきりの世界に、突然飛び込んでしまった身としては。

この扉を押し開ける権利など無いのだ。

もうここから立ち去ってしまおう。

扉の前から離れて、数歩歩くと。

「あ!トイナだったのか!」

慌てたエルンが、部屋から出てきた。

「どういうこと?」

「部屋の前に、誰か居た気がしたから、誰かなって思って」

二人の邪魔をするわけでは無かったのに。

「何か用だったの?」

追いかけてきてくれた。

その事実が、申し訳なくて。嬉しくて。

何も用は無い。と、ただ一言すら言えずに黙り込んでいたら。

「どうしたの?トイナ」

顔を寄せて、覗き込むように見つめ。

不思議そうに小首を傾げてくる。

そんなことされたら、勘違いしてしまうじゃん。

「ううん。なんでもない。何でもないよ」

自分の都合のいいように作り替えてるだけだとわかっていても。

どうかこのまま、勘違いさせて。

君の捧げる無償の愛を。

特別だと思い込んで、しまいこむ。

「さ!休憩もしたでしょ?今度は執務の練習だよ!」

「疲れたよぉ!!まだあるのぉ?!」

「ついさっきまで休憩してたじゃん!ほら!行くよ!!」

繋いだ手を、離したくないし。

笑う先に、笑う隣りに、自分が居てほしいと常に思う。

あぁ、こんなにも。

恋とは人を変えてしまうのだな。と。

相変わらず妙に客観視する自分もいるのだ。

「いっそのこと、……」

恋に狂ってしまえたのなら。

そうすれば、君の視線を攫って行くことなど、何とも思わないのに。

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