chapter 4-4:ラグネット・ヤヌワー

うちの前に現れた、冬のような女性。

常闇色の髪に、ガーネットの瞳。

纏う雰囲気は雪空のように冷たく思えたが。

「ビラ見てきました!私をここに置いてください!!」

満面の笑みで挨拶してくるのは、陽だまりの温かさで。

一瞬、崖の上で出会った子かと思ったが。

あまりにも、違い過ぎる。

「ラグネットです。ラグネット・ヤヌワー」

考え込む自分をよそに、彼女は口を開く。

「掃除に洗濯、炊事、裁縫、護衛も尋問もできます!」

ふわふわとした声と口調からは想像もできないほど。

挙げられた内容は、メイドとして雇うには最上級の人材だ。

彼女自身の事も気になるが、純粋に人手として欲しい。

だが。

「って言ったって……決めるのはうちじゃできないから……」

結局のところ、決めるのはすべてお嬢様エルンなのだから。

「貴女、ここの使用人統括しているのに?」

真っ直ぐに目を見て投げかけられた質問。

「えっ……なんでそれを……」

今の今まで彼女とそのような話はしていないし、他の使用人とも話していない。

しかし、彼女はただまっすぐに見抜いてきたのだ。

底冷えするほど恐ろしくて。

でも、その赤色がとても綺麗で。

「採用」

背後からエルンがやってきて、たった一言。

「お嬢様?!ちょっとは考えてくださいよ?!」

「え!ほんとうですか?!お嬢様!!」

自分と彼女の正反対な返事を聞いているのか、いないのか。

エルンは彼女の前に歩いていき。

「挙げた内容全部できるってことは、この仕事、初めてじゃないのよね?」

そう質問をする。

いつから聞いていたんだろうか。

まぁ、でも、面白いことが好きだから。

彼女が玄関先に転がり込んできたときから、そっと様子を見ていたのだろう。

「はい!あそこからここまで全部渡り歩いてきました!」

白く端正な指が、街並みをなぞる。

ここら一帯は、名家の揃い。

メイドを雇うところなど、ごまんとある。

「……ってことは、16歳から働いてるのか?」

見たところ、自分と背丈は変わらない。

若干の幼さはあるように見えるが、それは彼女の纏う雰囲気の所為だろう。

「そうですよー。実務が一番勉強になるかなって思いまして!」

からころ笑いながら、彼女は続けて。

「現在二年目、18歳です!」

「え、じゃぁ、同い年なんだな」

同い年だと思っていたが、改めて彼女の口から言葉にされると。

不思議と驚いてしまった自分がいた。

「あ、そうなんですねー!一緒だぁー!」

「ちなみに、私もだよー」

「お嬢様もなんですね!」

嬉しそうに跳ねる声色で。

「私、年上の方たちに囲まれてたので、同年代ってなんか新鮮です!」

弾けた笑顔を向けてくれる。

太陽のように眩しい笑顔。

その比喩表現を、ありありとわかった。

「それで……」

彼女は一度瞬いて。

「自分で言うのはアレですけど」

改めて真っ直ぐに見つめなおしてきて。

「即戦力ではあると思いますよ?」

妖しげな微笑。

先ほどまでの温度差と、その耽美さに。

深い酩酊状態に陥ってしまったと錯覚するほどで。

「本当に、今からでも……」

「大丈夫ですよ!」

「じゃぁ、スピネリお願いね」

「了解ですよ。お嬢様」

お辞儀をすれば、エルンは去っていく。

トイナ好きな子を見つけたからだ。

「改めて」

彼女に手を指し伸ばし。

「このお屋敷の使用人を統括する、スピネリだ」

握手を求めれば。

「よろしくお願いしまーす!」

そっと手を握ってくれる。

明るい陽だまりの彼女の手は。

雪のように、酷く冷たくて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る