chapter 4-2:エルン・ジューイ

うちの前に飛び込むようにして現れた。

夏の日差しのような女性。

ヒマワリ色の髪に、アクアマリンの瞳。

純粋無垢な少女の笑顔。

「これからよろしくね?トイナ?」

と、行く当てのなかった自分に手を差し伸べてくれた。

お嬢様の彼女からの命令は、とても不可思議なもので。

〈お嬢様〉と〈使用人〉の関係というよりは。

〈友人同士〉によく似ていた。

彼女は彼女でいろんなことをしていて。

合間を見つけては自分を探し、話してからまた別の場所へ。

広いお屋敷で、よく見つけることが出来るものだと思ったが。

ここは彼女の家、それくらい造作もないことなのだろう。

今日もまた、窓辺で雑談を。

夕方だというのに、まだ日は高くて。

もう少しで今日の分が終わるという彼女は、上機嫌に話す。

「私さ、妹欲しかったんだよねー」

跳ねるような声で。

「だから、トイナが来てくれて嬉しいよ!」

満面の笑みで。

「妹が出来たみたいでさ」

愛おしそうに、柔く髪を撫でてくる。

嬉しくもあり、悲しくもあった。

恋焦がれる相手に、相手にしてくれていないのが分かってしまったから。

「……。うち、エルンより多分……年上だよ?」

隠しているつもりは無かったが、少しでも彼女と対等になりたい思いで。

そう言ってみれば。

「えー?そうなのー?」

幼い子を相手取るように、彼女は笑う。

その姿は愛らしいが、どうも納得できない。

「……まず、働くことが出来るようになるのは16歳以上なんだよ」

外の世界を知らないからと思い説明すれば。

「それは分かってるよ」

意外にも、そこは分かっているようだった。

「だからスピネリも、実際の仕事ってのはやって無くて。あくまでも、手伝いの範囲だったもん」

「代々仕えてるとはいえ、そこらへんはちゃんとしてるんだね」

「でしょ?まぁ、学校って言うのには行かず、家での勉強だけだったけどね」

自分の知らない彼女を、知る幼馴染スピネリ

その存在が、これほどまでに羨ましいと思ったことは無い。

ただ、今この瞬間だけは。

彼女を独り占めできるのだ。

幸福と独占欲を噛みしめながら、話を続ける。

「で、成人は20歳。大体の人はここで仕事するようになる」

「その四年間は何してるの?」

「人それぞれだよ。うちは学校に行ってたけど」

「あー……。なんかそんな事教わったな……」

思い出すように伸びをして、止まって。

「……うん?……行ってた……?」

手を降ろしながら、恐る恐るで聞いてくる。

「今、うちは20歳だよ」

「嘘でしょ?!」

大きな目が、さらに大きく見開かれ。

本気の驚いた声が、鼓膜を震わした。

「え?!私より2つも年上なの?!」

手を取ってきて、彼女の視線が頭とつま先を往復し。

「妹じゃないじゃん!!お姉ちゃんじゃん!!」

「だから、そうなんだってば……」

「……なんか、ごめんね……」

申し訳なさそうに謝ってくる。

意味が分からずに困惑していると。

「何の話をしてたんだ?二人共?」

スピネリが廊下を歩いてきた。

「スピネリ。トイナは20歳ですって」

彼女がそう言えば。

「……え?」

同じく、驚き固まった後。

「……今まで悪かった……」

全く同じ声色で謝ってくるのだった。

「なんで二人して謝るの?」

問いかけても。

二人は顔を見合わせて、頷くだけ。

「うーん。でも、どうしても妹にしか思えないよな……」

一つ息を吐きながら、ぽつりとスピネリは呟く。

「……。だよね」

彼女は今までと違い、ほんの少しだけ、曖昧に笑っていた。

妙に憂いを帯びているように見えたのは、きっと気のせいだろう。

「まぁ、そうだとしても、やる事も何も変わらないよ」

ぱん と、この場を閉めるように大きく手を叩き。

「なので、これからも張り切って行こう!」

大好きな笑顔で笑うのだった。

はたして自分は。

〈恋仲〉として、彼女の隣に立つことを許されるのだろうか。

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