chapter 4-1:トイナ・アプリル

私の目の前に突如として現れた。

春の嵐のような女性。

桜色の髪に、ピンクダイヤモンドの瞳。

人懐っこい笑顔。

「は、初めまして!トイナです」

仔犬のようなあどけなさと愛らしさを兼ね備えた彼女は。

私が街で見つけた、使用人候補だった。

「いらっしゃーい!待ってたよー!!」

どれだけ今日を待ちわびたことか。

両手を広げて、友好の意を示そうとしたが。

「こーら。お嬢様」

やんわりと、使用人に窘められてしまう。

「ハイハイ」

両手を戻して、スカートの端を持ち。

「わが屋敷にようこそ。トイナ様」

軽く一礼。

「ど、どうも……」

彼女も、たどたどしくお辞儀を返してくれた。

「じゃ、紹介していこうっか」

手を引いて、私の横へ。

「お父様、お母様」

二人は柔らかく手を振る。

「で、教育係のスピネリ」

「よろしく」

こちらは胸に手を当てて、軽く一礼。

見た目だけは、凛として、威圧を纏っているように見えるから。

彼女が少し怖がってしまったので。

「ああ見えて意外と天然だから」

「そうなんですねー」

小声で耳打ちしてみると。

彼女のスピネリに向ける視線が、真逆の対応に変わった。

「聞こえてますからねぇ?お・ふ・た・り・と・も」

「やばっ!にげろー!!」

「え、えぇ?!」

なんて、口実を作って。

彼女の手を引いて、一通り家の中を歩き回る。

彼女は、見るものすべてが新しく見えたようで。

繋いだままの手を引っ張るような勢いで。

ふらふら とことこ と歩き回る。

窓から差し込む日の光が、彼女の髪に反射して。

桜吹雪のようにさらさら輝いていて。

大広間の中央ではしゃぐ彼女は、春の精霊のようで。

眩しくて、目が開けられなかった。

「質問はある?」

問いかければ、彼女は振り返り。

「意外と使用人さん達少ないんですね」

私からしてみれば、当たり前すぎて忘れていたことを質問してきた。

「必要が無かったんだよ。いままで」

「こんなにも広いお屋敷なのにですか?」

「スピネリの家が、代々私の家に仕えてるから、それですべてまかなえてたんだよ」

側に寄って、彼女の隣。

笑顔を向けてみれば。

「やっぱり、すごい人なんですね、スピネリさんって」

こちらを見ないピンクダイヤモンドの瞳は。

ただまっすぐに、窓の外を見つめていた。

憧れの人を見つけた。そんな感じで。

「街で見かけた時から、そう思ってましたけど」

その目のまま、私に笑いかけてくる。

私が先に見つけたのに。

スピネリに盗られるだなんて。

「他人から見ればねー。私はそうは思えないけどね」

自分はこんなにも嫉妬深かったのか。と、酷く客観視できた。

「双子の姉妹?みたいな感じだと思ってるから」

それほどまでに、彼女に心酔してるのだとも、同時に理解できて。

「失礼ですが、ごきょうだいは……?」

「いないよー。生粋の箱入り娘だよ。私達」

答えを返せば。

「この辺の方ってきょうだい居ない人多いんですね」

意外な答えが返ってきた。

「そうなの?」

思わず、素っ頓狂な言葉が零れる。

「はい。街で仲良くなった子も、そう言っていましたし」

「そうなんだー。初めて知ったな」

「知る機会ないと言えば無いですもんね」

私の知らない世界を知ってる彼女は。

私の憧れでもあって。

「トイナは?」

そのすべてを知りたいと願ってしまった。

「姉と弟がいます。五人家族です!」

「おぉ!いいなぁ、どっちもいるのかー」

「騒がしいですけどね。その分何倍も楽しいですよ!」

だから、この距離感がもどかしく思えた。

というかそもそも。

私には、『お嬢様』なんて呼び名は似合わないのだ。

「……私からの、最初の司令よ」

『お嬢様』としての私からの、最初で最後の命令を。

「っ!は!はい!!」

「敬語は禁止ね。お父様とお母様相手だけにして」

呆けた彼女は、言葉を探す。

「え……ですが……」

戸惑った瞳を、制すように見つめれば。

「でも……いいんです……いいの?」

しどろもどろ恐る恐るで上目遣いに聞いてくる。

「いいよ。私とスピネリがすでにそうだから」

ぱちり と瞳が瞬いた。

「命令って言い方が悪かったな……お願い。聞いてくれる?」

そういえば、彼女は太陽のように微笑んで。

「わか……っ……た、よ!」

言い切ってくれたのだった。

「よし!」

その笑顔が、くらくらするほど眩しくて。

「これからよろしくね?トイナ?」

「よろしく……ね!」

自分の手中に落ちて来いと願ってしまって。

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