幕間 sideB
買い物帰りに、ちょっと寄り道。
と言うより、帰り道を変えただけなのだが。
海沿いになるだけで、潮の香と活気の声がより一層強くなった。
海の見える道を歩いていると。
「珍しいな、あんなところに人がいるの……」
見上げた崖、森との境目。
よく見えないが、人がいるという事だけは分かった。
まだ怒られるような時間でもないし。
気になってしまったので、その人の元に足を運ぶことにしたのだった。
◇
荷物を落とさないように、獣道を進んでいく。
見上げてはいたが、実際、来るのは初めてだ。
水平線に沈む夕日が見える。
夕陽を背にしたその人は、ゆっくり振り返って、自分を見た。
「あ、ごめんなさい……驚かせてしまったかな?」
人影の正体は、随分と可憐な女性で。
彼女は、常闇の色をした癖のついた短めの髪を緩く横に振る。
それから、じっと自分を見てきたのだった。
「あぁ……えっと……隣り、いいかな?」
問いかければ、彼女は一度頷いて、地面をぺちぺちと叩く。
恐る恐る、隣に座り。
「君は、どうしてここに……」
彼女の方を見た時に、息が、言葉が、詰まってしまった。
常闇の色の髪、夕日と同じような燃える赤い瞳。
それでいて、どこも、誰も、何も見ていない瞳。
雪のように冷たく鋭い光が、嫌に瞳に反射しているように見えた。
同い年かと思ったが、まだ少女のようなあどけなさの残る顔立ち。
見るからに柔らかそうな頬には。
夕日にきらりと輝いた涙の跡が残っていた。
一目惚れとは、きっとこのようなことを言うのだろう。
「海」
「へ?」
彼女は、唐突に口を開く。
「海が好きなの、私。だから、ここに来たの」
少女のような顔立ちで、大人のような耽美な微笑み。
「そ、そうなんだ……!確かに、ここは景色が綺麗だしね」
自分の心が惑わされるのが、ありありとわかるほど。
彼女に心酔してるのがよく分かった。
直視できなくて、水平線を見つめる。
沈みゆく夕日を眺めるなんて、いつぶりだろうか。
「君は、いつも海を見にここにいるの?」
「違うよ。今日はそんな気分だったから」
「じゃぁ、この近くに住んでるの?」
「そう!兄と二人で、三年前に引っ越してきたんだ」
海を見つめながら、二人で会話を続けていると。
急に彼女は、喋るのをやめて。
じぃ と、顔を覗き込んできた。
夕日と同じ赤の瞳に見惚れていたら。
その瞳は、ゆっくりと弧を描き。
「貴女、貴女の声は本当に心地いいわね」
鼻先が触れてしまいそうなほど、顔が近づく。
それなのに、瞳は相変わらず何も見ていなくて。
「海の音に似ているわ」
波の音が聞こえなくなったのかと思う程。
彼女の声だけが鼓膜を震わした。
しなだれてきて、首元を這った指先の感覚。
細くしなやかで、凍える程冷たくて。
「また会えたら、その時はよろしくね」
かかる息が、唇に触れてくる。
呆けた自分を置いていくように、彼女は獣道を下って行った。
「……名前、聞くの忘れてたなぁ……」
この近所に住んでいるというのなら、また、会えるだろうか。
あの暗く澱んだ、深海に沈む宝石の瞳。
自分の目も、心も、奪われたのだった。
「……恋って、こんなにも苦しいんだ」
自分に関係のないと思っていた、恋、それに、一目惚れ。
深い海に溺れていくように、呼吸が出来なくなるほど苦しくて。
視界が眩むほど、世界が鮮やかに色づいて見えるようになった。
「……ってぇ?!こんな時間じゃん!!お嬢様にからかわれる!!」
荷物を抱えなおし、急ぎ足で獣道を駆け下りて。
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