幕間 sideB

買い物帰りに、ちょっと寄り道。

と言うより、帰り道を変えただけなのだが。

海沿いになるだけで、潮の香と活気の声がより一層強くなった。

海の見える道を歩いていると。

「珍しいな、あんなところに人がいるの……」

見上げた崖、森との境目。

よく見えないが、人がいるという事だけは分かった。

まだ怒られるような時間でもないし。

気になってしまったので、その人の元に足を運ぶことにしたのだった。



荷物を落とさないように、獣道を進んでいく。

見上げてはいたが、実際、来るのは初めてだ。

水平線に沈む夕日が見える。

夕陽を背にしたその人は、ゆっくり振り返って、自分を見た。

「あ、ごめんなさい……驚かせてしまったかな?」

人影の正体は、随分と可憐な女性で。

彼女は、常闇の色をした癖のついた短めの髪を緩く横に振る。

それから、じっと自分を見てきたのだった。

「あぁ……えっと……隣り、いいかな?」

問いかければ、彼女は一度頷いて、地面をぺちぺちと叩く。

恐る恐る、隣に座り。

「君は、どうしてここに……」

彼女の方を見た時に、息が、言葉が、詰まってしまった。

常闇の色の髪、夕日と同じような燃える赤い瞳。

それでいて、どこも、誰も、何も見ていない瞳。

雪のように冷たく鋭い光が、嫌に瞳に反射しているように見えた。

同い年かと思ったが、まだ少女のようなあどけなさの残る顔立ち。

見るからに柔らかそうな頬には。

夕日にきらりと輝いた涙の跡が残っていた。

一目惚れとは、きっとこのようなことを言うのだろう。

「海」

「へ?」

彼女は、唐突に口を開く。

「海が好きなの、私。だから、ここに来たの」

少女のような顔立ちで、大人のような耽美な微笑み。

「そ、そうなんだ……!確かに、ここは景色が綺麗だしね」

自分の心が惑わされるのが、ありありとわかるほど。

彼女に心酔してるのがよく分かった。

直視できなくて、水平線を見つめる。

沈みゆく夕日を眺めるなんて、いつぶりだろうか。

「君は、いつも海を見にここにいるの?」

「違うよ。今日はそんな気分だったから」

「じゃぁ、この近くに住んでるの?」

「そう!兄と二人で、三年前に引っ越してきたんだ」

海を見つめながら、二人で会話を続けていると。

急に彼女は、喋るのをやめて。

じぃ と、顔を覗き込んできた。

夕日と同じ赤の瞳に見惚れていたら。

その瞳は、ゆっくりと弧を描き。

「貴女、貴女の声は本当に心地いいわね」

鼻先が触れてしまいそうなほど、顔が近づく。

それなのに、瞳は相変わらず何も見ていなくて。

「海の音に似ているわ」

波の音が聞こえなくなったのかと思う程。

彼女の声が鼓膜を震わした。

しなだれてきて、首元を這った指先の感覚。

細くしなやかで、凍える程冷たくて。

「また会えたら、その時はよろしくね」

かかる息が、唇に触れてくる。

呆けた自分を置いていくように、彼女は獣道を下って行った。

「……名前、聞くの忘れてたなぁ……」

この近所に住んでいるというのなら、また、会えるだろうか。

あの暗く澱んだ、深海に沈む宝石の瞳。

自分の目も、心も、奪われたのだった。

「……恋って、こんなにも苦しいんだ」

自分に関係のないと思っていた、恋、それに、一目惚れ。

深い海に溺れていくように、呼吸が出来なくなるほど苦しくて。

視界が眩むほど、世界が鮮やかに色づいて見えるようになった。

「……ってぇ?!こんな時間じゃん!!お嬢様にからかわれる!!」

荷物を抱えなおし、急ぎ足で獣道を駆け下りて。

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