幕間 sideA

「こっち……いや、こっちの方が……だけど……」

壁に並んだ求人の記事。

もう成人したので、仕事を探さなければならない。

だが、どれを選んでいいのかも分からない。

「決められないよぉ……でも、仕事しなきゃ……」

とりあえず、たくさんある事だけは分かった。

適当に何枚か紙を貰い。

目的は達成したので、帰ろうかと足を踏み出した時。

「ごめん!ちょっと匿って!!」

「うぇぇ?!」

角から飛び出してきた女性と共に、細い路地に入り込む。

状況も表情も読めないが、追われているのは理解できたので。

流されるまま、息をひそめ、そっと通りの方を覗く。

「……ったく。お嬢様ー?お嬢様ぁぁぁっ!!」

直後に現れたのは、そう言いながら誰かを探す執事服を着た女性だった。

追われてる彼女。追いかけてきた女性。お嬢様という単語。

「お、お嬢様?!」

目の前の彼女は、お嬢様。ようやく理解できた。

驚きのあまり大きな声が出てしまう。

「しぃー。そんな大したものじゃないよ……」

逆光で顔はよく見えないが、困ったように笑っているというのは分かった。

「気づかれてない……。よね?」

彼女はそっと通りを覗く。

自分も彼女の横から、同じように覗くと。

「せめて日が暮れる前には屋敷に戻っていてくださいよ!!」

女性の視線は、明らかにこちらを見ているような気がするが。

こちらに来ることなく、後を去ろうとする。

「お。また逃走かい?」

「はい。見かけたら戻るように伝えておいてください」

「大変だねぇ。いつもいつも」

「本当に、困ったお嬢様ですよ」

街の人達と、そんな会話を交わしながら。

しばらく後ろ姿を見送り、完全に見えなくなる。

「行ったかな……?」

すると彼女は、一歩通りに出て。

「ありがとう!助かったよ!!」

手を握ってきて、笑いかけてくれたのだった。

風に揺れる、日差しのような眩い長い金髪。

細められた、空と海を混ぜ合わせたような青色の瞳。

多分、これが一目惚れっていうやつなんだと思う。

恋なんて自分には関係ないものだと思っていた。

だから。

同性、街人とお嬢様という身分の差、初対面。

そんなものを吹き飛ばしてしまう程の鮮烈さだったなんて、知らなかった。

吸い込まれそうな青の瞳は、自分の手元に注がれて。

「君、うちに働きに来るの?」

と。

「へ?」

意味が分からずに素っ頓狂な声が出る。

「それ。うちのお屋敷の事だけど……」

指さしてきた先は、求人の紙。

「そう……なんだ……」

一番上にしていた物を、改めて見やる。

この運命は、大切にした方がよさそうだ。

「いいよー。おいでおいでー」

「そんな軽いノリでいいんですか……」

「君がいれば、楽しいことになりそうな予感がするから!」

その笑顔に、くらりとした。

夏の日差しのように、眩しくて目が開けられない程輝いていて。

「じゃぁ、明日からよろしくね?」

「……?!あ、明日?!」

とんでもない提案に、慌ててもう一度目を合わせれば。

「ダメ?」

何がおかしいのかわからない。

そう言いたげにも見えるような表情で、小首を傾げていた。

「せ、せめて一週間は欲しいですね……」

本当は。

それこそ明日からでもいいのだが。

いろいろと準備や、家族への報告などもあるので。

恐る恐る返答をすれば。

「分かった!お父様とお母様と、後……君の教育係にも伝えておくね!!」

きらきらした笑顔で、手を握ってきて。

上下にぶんぶんと降られる。

「また一週間後に!」

ぱっと手が離れるも、おおきな手を振る動きはそのままで。

青空に伸びて、たおやかに揺れるヒマワリ。

そんな表現が、よく似合う程だった。

「お嬢様ー。帰ってこいとの伝達ですよー」

「分かっていますわー!ちゃんと帰りますわよー!」

街の人達とも親し気で。

先ほどの女性が帰って行った道を、彼女は優雅に歩いていく。

「あの隣りを、歩けたらいいなぁ……」

自分の足元を見つめ。

「いや。一週間たったら、きっと……!」

前を向いて、彼女とは反対方向。

家に帰る道を、上機嫌に歩き出すのだ。

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