chapter2-2:花が散るように
時々、他の部署と手を組んで。
『新入り研修』というのが開かれる。
重火器の扱い、契約は全員に。
そこから、各部署の総括が適性を見て引き抜いていくようなのだが。
パッと見ただけじゃ、誰がどこの部署の総括かなんてわからない。
何なら、新入りとも見分けがつかない。
ただ、そんな群衆の中で、鮮烈な紅葉のように揺れる深い赤の髪。
なぜか彼女に視線を奪われてしまった。
一体彼女は、何者なんだろうか。
どことなく、本当にどことなく。
サキネさんに似ているような気がして。
もしかしたら、彼女が三番目の妹か、末妹なのかもしれない。
微笑みかけてくれたような視線。
びっくりして、視線を逸らせば。
広場の時計が、もうすぐ開始を告げる時刻を指す。
サキネさんを探しておくか。と、群衆の中を進もうとすると。
「サキねぇー!!」
爽やかに届いてきた、妹さんの声。
「しーちゃーん!!」
自分の真横。
探していた桜吹雪のような髪が、靡いて去って。
「今日は一緒なんだね!!」
「よかったよー!!もうサキねぇがいれば、なんら問題はない!」
周りの喧騒なんて気にせずに。
二名は抱き合って、きゃいきゃいと戯れる。
確かに、何回も新人研修をやっているが。
〔ウーロック家の長女と次女〕。
その二名が、共同で仕事をしているところなんて見たことがない。
「シールは、絶対うちが護るからね」
「大丈夫かなぁ……」
「大丈夫だよ!絶対に!!」
「あははっ!冗談だよ!ありがとうね。サキねぇ」
心配性な姉と、天真爛漫な妹。
サキネさんの姉らしいところを見るのなんて、初めてなような気がする。
そんな一面もあるのか。
それとも、そっちの方がありのままの姿なのだろうか。
「あ、じゃぁ、私、もう行くねー」
「分かったよ。また後でねー」
妹はロングスカートの端を揺らして、喧騒の中へと戻っていく。
海を泳ぐ魚のように、優雅に。
「絶対またあとでねー!」
優雅で凛とした後ろ姿の妹に、呑気にサキネさんは声をかける。
「分かったから!!」
困ったような、怒ったような、嬉しいような。
そんな表情で手を上げて、本格的に背は見えなくなっていった。
「やっぱり、先輩が言ってたように、シスコンじゃないですか」
もう時間だし、呼び戻すために声をかければ。
「だーかーらー。違うんだって。そういうのじゃないんだって」
赤色の目が、じっとこちらを見やる。
「あの子の事は、絶対うちが護るって決めてるんだよ」
吸い込まれそうな、赤の瞳、柔い笑顔。
「何があったとしてもね」
ほんの一瞬、一切の表情が消えた。
後悔と覚悟に似た、そんな視線だけが自分を見つめてくる。
「決めたっていうか……約束っていうか……」
その視線が、右に揺れ、左に揺れ。
「同盟?っていうか……」
自分を見て、困ったような笑顔。
問いかけられたところで。
「何にも分からないんですけど」
その言葉しか出てこないのだ。
「まぁ、簡単に言えば」
当たり前だ。と、からから笑うサキネさんは。
「もう二度と、手放したくないからね」
その一言に、滲ませた強さ。
いつにもまして、強い光がちらついて見えた。
「まるで、一度は手放したみたいな言い方ですね」
妙に言い方が引っかかったので、追及してみれば。
「手を放しちゃったんだよ」
斜め下に視線を下げて、ぽつりと呟いた。
両手の拳に、力を込めて。
「そしたら、二人で居なくなっちゃったから」
泣きそうな笑顔で、笑うのだった。
泣かないで。と、すぐに抱きしめられたらよかったのだろうか。
宙を舞う自分の手に、サキネさんは気づかずに。
「うちはシールを」
去って行った妹の方向を見やり。
「あの子は、あの子の大切な人を守るって」
一際目を引いた赤髪の女性が居た方向を見やり。
「互いに約束したんだよ」
自分の方を見て、真っ直ぐに言ってきたのだった。
「……人?」
その真っ直ぐな視線だからこそ気づけたことがある。
「なに?何の話?」
「いや、なんかサキネさんは……」
サキネさんは、時折、
「たまに【人間】っぽいところあるなって、思いまして」
【人間】と同じように、【人】と言う時があるのだ。
何気なくの言葉だったのに。
まるで、真実を見抜かれたような驚き方。
大きな目が、さらに大きく見開かれ。
曖昧に、困ったように、もの憂い気に、微笑んで。
視線を伏せて、口を開くも。
「えー。ただいまより……」
開始を告げる、アナウンスが鳴り響く。
言葉を放ったっけど、かき消されたのか。
それとも、本当に何かを言う直前だったのか。
「あ、始まっちゃったね」
サキネさんは話題をすり替えて。
「この話の続きは、出来るときにしよっか」
いつものように、たおやかに咲く花の微笑みをくれるのだった。
タイミングよく、風がまた吹き抜け、桜色の髪を攫う。
桜吹雪に攫われる。
そんな言葉が、似合う程。
そんな言葉しか、出てこない程。
あまりにも儚いから。
気が付いたら、手を伸ばして、掴んでいた。
掴んだはずなのに。
「……どうしたの?」
「俺じゃ、ダメですか?」
「……何?どういう事?」
心までは、届かなくて。
劣情なんて言葉を知らない。
そんな様な無邪気な目が、残酷に思えてしまった。
「いつか必ず、はなしてくださいね」
精一杯の笑顔、精一杯の取り繕った言葉。
「え、あ、うん!そうだね!!」
言葉通りに受け取った彼女は、いつものように笑う。
悪魔とは思えない程、清廉潔白純情で。
自分より年上だと思えない程、子供のようで。
だからこそ、話して、離して欲しいんだ。
貴女の抱える、暗く苦しく冷たく重い記憶を。
俺にもどうか、持たせてはくれないだろうか。
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