chapter1-2:次女 シール

深い青色の髪が跳ねて、水色の瞳がにこやかに弧を描く。

「いやーっ!やっぱり【人】と話すのは楽しいね」

大きく伸びをすると、彼女の手の中にある紙の束がかさかさと鳴り。

耳元のイヤリングがしゃらりと音を奏でた。

「流石の手腕です。シールさん」

「でしょ!?もっと褒めてくれてもいいんだよ」

にぱっ。と、こちらをみた顔は、夏の日差しのように眩しくて。

思わず、目を細めてしまう。

「……なんてね。冗談だよ?そんな本気にしないでー」

その仕草を、呆れられたと勘違いしたのか。

彼女は少し困ったように笑いかけてきてくれた。

「褒めろと言われれば、いくらでも褒めますよ」

言葉に、嘘偽りはない。

本心をさりげなく伝えても。

「本当?それなら私はもっと頑張れちゃうなー」

くるくる踊るように、彼女はいつも華麗に躱すのだ。

ロングスカートを翻し、ターンを決めて、何事もなかったように歩き出す。

子供のような無邪気さと、大人の色香を兼ね備えたような彼女は。

先ほどまで、言葉巧みに契約を交わしていたとは到底思えなかった。

「あとは、こっちにもう一人かな?」

「今日は多いですね」

「そういう時期なんだよ。多分」

「多分って……」

悪魔我々を呼び出した【人間】と契約を結ぶ。

それが、自分たちの仕事だ。

願いを叶える代わりに、『魂』をいただく。

それは、ノンルフェルでも人間界でも共通の事実。

悪魔我々を呼び出すのだから。

【人間】は、それ相応の覚悟が決まっているのが大半である。

曲がり角をいくつも曲がれば、妙に甘い匂い。

それと、不自然に赤く輝く地面。

「おー。やってるやってる」

「そんな酒場に乗り込むみたいな言い方しないでくださいよ……」

遠くから様子を伺えば、今まさに儀式を執り行っている所だ。

ロウソクの炎がゆらゆら揺らめく。

「乗り込むってのは、あながち間違いじゃないんじゃない?」

「確かに、そう言われればそうですけど……」

言葉を続けようとしたところで、隣りに彼女がいないことに気づいた。

慌てて周囲を見渡せば。

彼女はいつの間にか、魔法陣の中央に立っていた。

「こんばんは。人間さん。ご契約ありがとうございます」

形式通りの言葉を吐き。

表面上の笑みを張り付けた彼女は。

どこまでも美しく、どこまでも得体の知れない恐怖を纏わせて。

呼び出しの儀式をしていた【人間】に、一つお辞儀をして挨拶をしてみせた。

「さて、ご用件は何でしょうか」

彼女が問いかけても、相手は答えない。

ただただ大きく目を見開いて、声にならない言葉を出そうともがく。

あぁ。またこのタイプか。

目的など無くて、興味本位だけで呼び出してしまう者もいる。

正式な手順、正式な呪文で儀式を行ったというのに。

現れた我々を見て、逃げ出そうとするのだ。

「おっと。それはいけないなぁ」

彼女は、強者の余裕で微笑み。

右鎖骨の辺りに手を添えて。

「呼びだした段階で、契約って完了しちゃうんだよ」

その手を、逃げようとする相手に向ける。

「特に、私くらいの階級になっちゃうとね?」

広げていた手を握れば。

相手は崩れるように倒れ込んだ。

「願いを叶えるっていうのは、君にとっても悪い話じゃ無いんじゃない?」

スカートの裾をたおやかに揺らして、一歩一歩近づいていく。

しかし相手は、這ってでも逃げようとする。

「逃げない方がいいよ」

今までの友好的な態度は無い。

言い切った底冷えする温度の声色。

握ったままの彼女の手に、力がこもった。

「あの二人に捕まる方が、よっぽど大変だよ?」

相手は、もう動かない。

いや、動けないのだ。

絶望の表情で、我々を見やる。

「さぁ、呼び出した目的は何だい?」

そんな相手とは対照的に、満面の笑みの彼女。

闇夜で光る水色の目は。

全てを呑み込む海のような怖さを滲ませていて。

「……ありゃ。気絶しちゃった?」

相手は、白目を向き、口の端から泡を吹いていた。

何とも言えない匂いが鼻を突いたのだから、失禁もしているのだろう。

「これは……どうしますかね……」

何も目的をなせていない以上、このまま帰れない。

だが、ここで待っていても埒が明かないのは目に見えてる。

意識を取り戻したところで、また失神されても困るのだ。

「うーん……。丸投げするか」

足元を汚したくない彼女は。

ふわりと飛ぶように自分の側に戻ってくる。

「そんなノリでいいんですか……」

優雅な仕草に似使わない言葉に。

ため息のような返事しか出なかった。

「大丈夫だって!私からって言えば納得はしてくれるよ!」

とてもいい笑顔で、そう説明してくる。

「納得はしてくれるでしょうけど、あの部署からちょいちょい小言届くんですよ」

「私の耳に入らなければ問題ない」

「問題しかないです。一応意見ではあるんで聞いてくださいよ」

一息に言い切って、目を見れば。

「末妹みたいなツッコミするね君……」

少し驚いたような表情。

そこから、怒られた子供の様な表情に変わって。

慈しむように笑うのだった。

その視線の先に自分は居なく。

彼女の大切な末妹を見ているのは、嫌と言う程理解できた。

「連絡はしとくよー。あそこの総括に連絡しておけば問題ないでしょ」

「……まぁ。そうですね……」

仕事もできる、優しい上司なのは理解しているが。

彼女のこういうところが慣れないのだ。

しっかりしているように見えて、どこか危なっかしい。

しかし、彼女はそのまま気にせず突き進んでいく。

目が離せないのは、心配からか、それとも。

「すごい不服そうじゃん」

彼女は、使い魔から顔を逸らさず、視線だけを向けてくる。

こちらを流し見た水色の瞳に、呼吸すらもままならくなってしまった。

「……どうしたの?」

「い、いえ。なんでもないです。何でも……」

「そう?ならいいけど」

使い魔を先に送り、もう一度大きく伸びをする。

「さーて。帰るかぁ」

また右鎖骨の辺りに手を添えて。

滑らすように地面へかざす。

「開門せよ。ノンルフェル」

呪文を呟けば、水中に潜ったような泡が視界を覆う。

爽やかな香りと泡のはじける音が落ち着けば。

そこはもうラプラスだった。

「あー。疲れた……サキねぇにお菓子貰いに行こうっと」

シールさんは、手に持った紙の束を振り分けながら楽しそうに呟く。

「サキ……あぁ。お姉様でしたっけ?」

それをまとめていく自分の手を、止めないように質問をすれば。

「そうそう。射撃訓練の指導員で重火器指導の総括なんだよ」

楽し気に、言葉を返してくれた。

いつもは正誤だけで話が終わっていたが。

今日は、少し踏み込んだところまで話をしてくれるようだ。

「サキねぇは未だに乗り気じゃないけどね」

紙を振り分け終わり、また大きく伸びをする。

その姿は、青空に伸びるヒマワリの様で。

「でもまぁ」

伸ばしていた両腕が、花びらが落ちるようにゆっくり降ろされた。

「一番射撃上手いから、当然と言えば当然なんだけどね」

大事な姉を語る妹は、とても楽しそうに笑う。

誇らしい姉だ。と言いたいのは、その顔を見ればよくわかった。

「私も一回も勝てたことないし」

言葉を残すように、足早に歩き出す。

「そうなんですか……」

後を追うように、言葉と歩みを近づける。

そこで、先ほどの言葉の意味を理解できた。

「え?!そうなんですか?!」

シールさんは、脅す時に銃を使うときがある。

わざと相手に当てず、すれすれのところを狙う。

その手腕は、素人目に見てもすごいのだと分かるほどに。

つまりは。

彼女の姉は、そんな彼女以上の腕があるという事だ。

「そんなに驚くことじゃないでしょ」

何を当たり前のことを。と、言いたげな声色。

「サキねぇは射撃、私は契約を得意としてるって事だよ」

跳ねるように歩いて、跳ねるように言葉を紡ぐ。

説明されれば、確かに納得できる内容だ。

「私の場合は、契約っていうか、対話だと思うけどね」

振り返って、またからからと笑いかけてくる。

「では、後の二人は……」

姉が重火器指導の総括。

シールさんも、契約の総括であるのなら。

さらに下の妹達だって、どこかの総括であっても不思議な話ではない。

「それは無理。紹介できない」

しかし、彼女は即答する。

「何か理由が……?」

言いたくないのは理解できていたが、好奇心は抑えきれない。

今日ならば話をしてくれるかもしれない。と思い、問いかければ。

「紹介してもいいんだけどさぁ…………」

意外にも前向きな返事。

しかし、それとは裏腹に困ったように唸り。

「歪むから」

諦めた目をして、ただ一言そう答えたのだった。

「ゆ、歪む?!」

想像しえなかった言葉を、繰り返すのがやっとで。

「え、なにがどのようにどうやって歪むんです……?」

なんとか追いついた考えを、そのまま口にしても。

「あははー。あ、サキねぇー!!」

彼女はまたひらりと躱し、姉の名前を呼び、駆け出すのだった。

「クッキーくださいなー!」

子供の様に、元気で大きな声で。

ピンクの髪をした小柄な女性に寄り添う。

「はい。ちゃんと、しぃちゃんの分は取ってあるよー」

女性はどこからか沢山のクッキーを取り出し、彼女に手渡した。

「ありがとー!!」

早々に袋を開けて、美味しそうにもしゃもしゃと頬張る彼女。

自分に対して、何の説明はない。

いや待ってくれ。

姉と言うのだから、シールさんと同じ髪色と目の色を想像していたのに。

女性は、どう見ても姉妹と言うには、あまりにも似ていない。

「あ、しぃちゃんの部下さん?」

固まる自分に、女性は上目遣いに覗き込んでくる。

「あ、どうも……サキネ……さん……?」

名前だけは聞いていたので、絞り出すように問いかければ。

「そうだよ!妹が迷惑かけてないかい?なにか困らせてないかい?」

にぱっ。と笑顔で、いろいろと問いかけてくれる。

悪い者でないことは、一瞬で分かった。

「いえ。何もないですよ。とても頼れる上司です」

いろいろと雑な一面があるが。

と、言いかけた言葉を呑み込んで、微笑みかければ。

「そっかー。それは良かったよ!」

花がほころぶように、安心したように笑うのだ。

「しぃちゃんああ見えて、結構抜けてるところあるから」

困ったように笑うその姿は、妹を心配する姉そのもので。

「サキねぇには!言われたく!無いんだけどぉー?!」

サキネさんの部下であろう者達と、話をしていたシールさんは。

真っ直ぐに通る声で、そうツッコミを入れてきた。

「え?なんでよ?!事実じゃん!!」

「いや本当にサキねぇには言われたくない!!私はしっかりしてる方だから!!」

「でもいつも二人に怒られてるじゃん!」

「それはサキねぇだって同じでしょ!それに、末妹に私はまだ信頼はあるって言われてるから!!」

こちらの事なんて、完全に忘れてる。

居心地が悪くて、視線を逸らした先。

サキネさんの部下であろう者達と、目が合い、互いに苦笑い。

ウーロック家に関わる者同士、なぜか仲良くなれるだろうと思えた。

たまには別の場所に足を踏み入れるのも、悪くないのかもしれない。

未だに言い合いを続ける二人を、もう一度見やる。

互いの見た目は似ても似つかないけど。

確かに≪姉妹≫なんだな。と、深く思うのだった。

四姉妹揃ったところを見てみたい。

それが今の自分の小さな願いとなったのだ。

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