15 命綱


「いいぞ大地だいち鷹埜たかの、その柱につかまっておけ、足はガニマタで踏んばれよ。お上品こいたら風の餌食だからな」

「るっさい! とっとと次いけ」

「はいはい」


 無駄口の増えた暫定相棒の往梯ゆきはしが、風に背中をゆだねつつ、通路を斜めに渡っていく。


 ちょうど、風が背後をおして、柱にしがみつくあたしをサポートしてるが、同じ向きは数分と保ったことがない。逆風に代わってしまえば、後ろにいる大地ごと、マウントの外に運ばれてしまう。


「よし。つかんだ。大地来い」


 往梯ゆきはしの合図が、風に逆らって聞こえる。大地がロープをたぐって、あたしから動くと、防風がなくなった背中が冷えだす。何気なく数えた数が21になったころ、「いいよちいねぇ」の声が届く。


 柱から身を乗り出す。3メートル通路の斜め対面に2人がいる。部屋だったにしてはやけに大きな空間の柱だ。まだ追い風。あおられないように、半歩づつ、すり足で進む。足の裏全部がぺったり着いたほうが踏んばれるんだけど、風が強くなったり弱くなったりするから、つま先立ちや、かかとだけになって、ときどき滑る。


 近づくにつれて弛んでいくロープは往梯ゆきはしが、引っ張り、絡まないようにおおきな輪っかにしてってる。あと2歩、というとき、追い風だった風向きが、左からに変化。 左足が浮いて、コンクリートの壁に、右肩からぶつかった。


「うっつぅっ」


 そのままもたれるように崩れた。ちょっと痛いだけでたいしたことないけど、びっくりして、自分の態勢が不明に。見えるのは天井だ。床に、仰向けに倒れてるらしい。


「ちいねぇ!」

「這って来い!」


 みっともないけど、立ち上がるよりも速いだろう。うつ伏せになろうと、身体をくるりと捻ったとき、風の向きがまた変わった。いままで一番強い風で、あたしは身体をすくい上げられた。


 足が天井のほうへ、手が下に。まるでバク転でもしたような態勢となる。体操と違うのは、自分で着地コントロールができないこと。尻もちをつくように着地したが、回転した勢いが収まらない、風によって加速され、2回目の回転に突入し、3回目、4回目になったあたりから回数がわからなくなった。


 結わえたロープに、ぐんっと、圧力がかかり、腹が締め付けられる。腸が口から飛び出そうだが、それでも速度は落ちず、ままぐるしく入れ替わる視界に、胸のあたりも気持ち悪くなる。


「ちいねぇ!」

鷹埜たかのっ! やばい! 大地、ロープをひっぱれ」

「わかった……あちッ」

「俺もだよ、くっ……」


 大地と往梯ゆきはしの声が遠くて聞こえにくくなった。目の前から建物の色がきえ、重力的に下のほうにあった床の感触がなくなったとき、やっと、あたしの動きが停止した。


「……う……うぅ」


 息も胸も、腹も。なにもかもが苦しくて、ぎゅっと目を閉じる。そして数秒。風が心地いいなと目を開くと。上には真っ青な空、下にはマウントを包んでる白い雲があった。


「う、うあわああああーーーーー! 落ちてる、落ちてる!!!」


 死ぬんだ、あたし。手と足をばたばた動かしてるのは、無意識になにかをつかもうとしてるんだろう。恐怖する心の奥で、静かにそんなことも考えてる。


「暴れるな! 落ち着け!」


 怒鳴る声に、ほんのちょっとだけ落ち着けば、背中に固い何かを感じた。見上げてみると、あたしを繋いだロープが、マウントの窓から出てるのがわかる。落ちてるわけじゃないのだ。


「ちい、ねぇ、じっと、してて……」


 ずい、ずいと、音がするそのたび、締め付けてるロープから鈍い震動が伝わる。ひっぱりあげられてるのだ。あたしは、2人のおかげで命拾いした。

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