14 幸運



 遥か遠くには三角形に整った山がある。それを目にできた日はいいことがおこる。厚い雲の重なりがなくなる数分の景観。数カ月に一度あるかないか。点々とあるマウントの素晴らしさを越える、運とタイミングが絶妙なコンディションに訪れる奇跡だ。


 ガンベール・ジャオが、本物の豚肉ステーキとタマゴスープを、しかめ面で食べてる。貴重な食材を不味そうに食べる立場は、いかなるものだろう。肉と言えば合成肉か人肉。本物を口にいたことがない柵谷さくや小霧こぎりには、味が想像できない。


 「美味しそうですね」と皮肉を言おうとしたが、彼女は報告の最中。それも、無駄口を吐ける状況ではない。ちょうど今、奇跡の山がみえている。いいことは起こりそうにない。総督が顔をあげた。


「……繰り返せ」

「は。81階層を越えて上層に逃げ込んだ子供がいます。3人です」

「それで?」

「2人は折坂姉弟。あとの1人は往梯ゆきはしライズ。優秀な部下です。潜入捜査を終えたのち2人と合流。行動を共にしてます。経緯は不明です」


 往梯ゆきはしライズ。見た目は子供だが、れっきとした大人だ。


 子供を解体して売りさばく行為が81階で多発した。当初は、チンピラの仕業と思われていたが高度に組織化されおり、捕まえても捕えても、犯罪は収まらない。階層の総数は400人程度。にもかかわらずトップをつかまえることができないでいた。


 往梯ゆきはしを送り込んだのは小霧こぎりだ。彼は81階層に潜伏すると、たちまちのうち、アジトを割り出したと報告してきた。今朝は、トップと思われる男たち3人の遺体が発見されてる。壁に彼女あての、暗号メッセージが残して。


「血の臭いを消すために、風のシャワーを浴びに上がったか」

「彼のことです。なんらかの狙いがあるはずでしょう」

「狙い? 何のだ!」


 ガンベールが腕をふりまわし、本物食をなぎ払った。絨毯に染みこんでいく卵スープ。豚肉ステーキは弾んでソースを振りまいた。激高は珍しい。だが小霧こぎりの神経は、拾えば食べれられそうなステーキにむかう。だが数秒後、ステーキは、机を回り込んだガンベールの足がふみつけてしまった。


「なぜ折坂鷹埜たかのがまだ生きてる? 貴様は誰かが捉えると言ったが逃げのびてるぞ。往梯ゆきはしとやらが優秀なら、なぜ殺さん? 13歳にまでにはもう3日なのだぞ!」


 小霧こぎりはため息をつく。


「ジャンも追いかけてます」

「ジャン? 右腕のジャンのことか」

「ええ。彼なら万が一にも逃がすことはないでしょう」


 鷹埜たかの、大地。2人とも生きて逃げ延びて。小霧こぎりはそっと願った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る