13 怖じ気


「行きたいなら、ちいねぇだけ、いけばいいさ。オレは……ここにいる」


 往梯ゆきはしがいけ好かない、それはそれで本音だろう。意地を張ったその顔色は真っ青だ。足はガタガタ震え、扉にしがみついた手には血の気がない。大地は、怖くて動けない。行かないと言うのは強がってるだけ。「怖い」っていくくらいなら、死んだほうがましって年ごろ。


 男の子してる。そんなところも可愛くてしかたない。

 けど。


「じゃああたしも残る」

「え?」

「姉ちゃん。口じゃ粋がってるけど震えがとまらないんだ。大地がいるから、がんばってるけど。一人じゃなんにもできない」


 実際あたしは震えてる。怖いんじゃなく寒くて。この防寒着は大地のより数ランク落ちる。高度300メートルの冷たい強風で、心も身も壊されそうだ。


「ちいねぇ強いだろ。とくに昨日からは別人みたいに頼りになる。オレがいなくたって」

「大地がいかないんなら、いかない。一緒に大人につかまろう」


 そして喰われよう。弱肉強食はマウントのためにある言葉。大地。あんたは最後の家族だ。他人の血肉になるというなら、一緒にそうなるのだ。あんたが死ぬなら、あたしも生きてる意味がない

 

 ……ってメッセージを、真っすぐ見つめた瞳で伝える。

 本気だぞ。死ぬんだぞ。あたしを死なせたくないだろ大地。


「……ちいねぇ。オレ」


 よし。大地の震えが止まった。かたくなにつかんでいた手が扉から離れた。一緒に逃げるまで、もう一押し。


「おーい、折坂姉弟。近づく足音が聞こえないか。大人につかまる前に俺はいくぞ」


 弟のロープに伸びかけた手が停まった。往梯ゆきはしを、感情のない半眼で見つめると、やっと離した扉へ舞い戻ってしまう。生と死の選択。その気にさせたというのに。


「ごめん。オレやっぱり」


 それもいいか。あたしの肩が力を抜いた。手のひらが、背の高い弟の頭をなでようとしたそのとき、大人の声が階段の下からあがってきた。


「扉が開いてる? おーい、そこに誰かいるのか?」


 死のニオイがした。びくん。身体が一瞬だけ硬直する。そして、大地の手をひっぱりロープを握らせた。


「行けっ! 走るんだ。喰われる前に!」


 気持ちが一変するのが自分でも分かる。思えばたるんでいたのだ。

 たまりにたまった疲れを癒す小休止。空腹をたっぷり満たした食事。ありきたりのやり取り。それらがあたしたちを弛緩させた。逃避行がまるで、現実でない、3人の遊びのように錯覚させていた。


 大地の怖がりも、反抗というより幼児退行だったのかもしれない。


「……うんっ」


 散切り頭の弟は、風に押されながらも力強くロープをにぎりしめ、往梯ゆきはしのところにたどり着く。それを見届けたあたしは、階段から大人が上がってくるのを尻目に捉え、扉を思い切り閉めた。


「あれは?」


 登ってくる大人、目を外し脳裏にあった残像にふと違和感を覚えた。


「ちぃねえ、早く!」


 通路に身体を投げ出すと、荒れる風に負けないよう、思い切り床をふみつけた。


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