12 強風



12 強風



 鍵が外れる。あたしたちは、82階層への扉を押した。ほんのちょっと開けただけ。なのに、そこから吹き込んた強風が、鉄の重い扉を全開にした。ガつん。限界を越えた反動で蝶番が軋む。その勢いで壁にあたった取っ手が壊れ、悲鳴のような音があたりに響いた。


 じーんと耳奥のうなりに、話ができないくらいの轟音。まだ階段にいるというのに、いつもの隙間風とは次元の違う風に、立ってるだけで一苦労だ。右手は簡易酸素器具ライトオキデを飛ばされないようにおさえる。つかまってる扉からわずかでも左手を離したら、マウントの外へと放り出されるだろう。


「なに、こ、こんなの聞いてない、まともに進めない」


 あやうく挟まれかけた大地が、顔からズレた簡易酸素器具ライトオキデを直す。あたしより足元がしっかりしてるのは、背嚢の重さもありそうだ。


「ちいねぇ、か、風で、目が開けられない」


 往梯ゆきはしライズが、風に負けない声を張りあげた。


「みろ。地上から300メートルの風がダイレクトに吹きすさぶ光景を。コンクリート柱以外に防ぐものはなく、太い柱のせいで、風の流れは複雑極まりない。人間が、窓も壁も、ぜんぶ、引き剥がした結果がこれだ」


 なんで自慢げな。腕組んで余裕で立ってるのは、その黒い靴か。仕掛けでもあるのか。


「そんなものはない」

「言ってないのに答えるな」


 ヤメロ。目線から心を読まれるのが気持ち悪い。このやろと、と思ってよく見ると、ヤツの手がロープを握ってると気づいた。ロープの先を目でたどれば、階段の手すり。ロープを手すりに結わえて、つかんでいるのだ。自信たっぷりなのはそれが理由か。


「いつのまに準備してた」

「情報を集めて対処する。未知に挑むなら当然だ」

「そのいいかた……」


 気に入らない男だが、あたしの準備不足はいなめない。居住階のすぐ上階が、こんな状態になっていたなんて、本には載ってなかったことだ。


「俺が先に行く。壁か柱につかまったら弟がロープを渡る。鷹埜たかのがシンガリだ。手すりのロープを外して、俺のところまで来い。3人そろったら先に進む。いいか」


 そう言い、腹にしっかりロープを結びつけた往梯ゆきはし。ロープの端がどっちか固定されていれば、この風の中でも確実に前進できる。悔しいがいい考えだ。彼は、目に刺さる風を手でさえぎって半歩、半歩、また半歩と、通路を進んでいった。


 とりあえずの目標物は通路反対の部屋のようだが、その部屋を仕切ってる壁やドアがない。それどころか、外へ通じる階段出口のドア、壁やガラスといった、マウントの外と内を隔てる一切がみあたらない。


 上空を吹きゆく風の防波堤となるコンクリートや金属以外は、いや、それすらも、資材として使える物をすべて外された。


 階層構造は同じでも、物がないことで世界は、遮蔽物だらけだった81階までとは正反対の恐ろしさをみせる。風や雨で洗われて、あるべき塵さえひとつもない。視界クリアな清潔な廃墟。冷や汗が、引っ込んでしまった。


「大地、ロープにつかまって来い」


 部屋の入口だった柱にたどりついた往梯ゆきはし。当然とばかりに、弟の名前も呼び捨てだ。こういうところも癪にさわるが、今は、ついていくしかない状況にある。あたしは、手すりのロープを緩めると、見ようみまねで、身体に結び付けて、がっちり出口にしがみついた。


「いいよ行って、大地」

「いかない」

「大地?」

「だれが。あんなヤツんとこに、なんか。オレはいかないからな」


 大地がごねた。なんと、いまここで。

 反抗期らしい兆候のなかったわりと従順な弟が、このタイミングでごねた。


「わかるけど、そんなこと言ってる場合じゃ」

「行きたいなら、ちいねぇだけ、いけばいいさ。オレは……ここにいる」


 意地を張る顔色は真っ青だ。足がガタガタ震え、扉にしがみつく手も血の気を失ってる。行かないのは、あいつのところじゃない。怖くて動けないから、行かないと言ってる強がってるのだ。


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