06 拘束



 所帯をもった大人がもっとも優先するのは、家族を養うことらしい。配給される昆虫ペーストだけじゃ、空いたお腹は満たされない。だからはぐれた子供が食糧にみえる。


 一人暮らしの大人や、あたしより少しだけ大きな大人の優先順位は、すこし違う。空腹のうえに欲望をかかえてるのだ。


 大人は怖いが、男はもっと怖い。息が臭いモジャモジャ髪の男に、羽交い絞めされた。ハーフフェイスの簡易酸素器具ライトオキデごとやるもんだから、鼻と口が潰されて痛い。おしりに押し付けられた股間。悪寒がはしる。


「放せ!」

「おっと、おめぇもくるんだよ」


 大地が、モジャモジャの腕にしがみついたが、べつの男に、頭を取り押さえる。簡易酸素器具ライトオキデを抑えたのは、声を出させないようにだ。こいつら慣れてる。


 腕と首。なによりも息を束縛されて、もがくことさえできない。気配に気が付いてれば、捕まることはなかったのに。後悔してもおそい。


「縛るから、ちょちガマンねぇ。おおー小さいのにいいものもってるねぇ。お兄さん。誘惑されちゃうかも」


 両腕をもちあげられバンザイの格好。布を編んだ縄で手首を縛られると、天井から垂れ下がった鎖に尽くされてしまった。鎖を引っ張りあげて、ぎりぎり立てるくらいの高さにされた。


「吊るす前に脱がせとけっていつも言ってるだろ。二度手間なんだよ」


 奥から別の声がした。3人目の男だ。2人だけなら、なにかの隙に逃げられたかもしれないが多すぎる。あたしの一挙手に抜け目なく、神経を配ってるのが、薄いルームライトの下でもわかった。こいつがリーダーか。


「わりぃ忘れてた。でもほら、下からまくり上げてくの、コーフンしね?」

「しねぇよ。ヤッたあとはバラシて売るんだ。ハダカのほうが面倒がねぇ」


 もじゃもじゃが、あたしのジャンバーのジッパーに手をかけた。じぃ―……と、下ろしていく。


「……うぅ!……ううう!」

「暴れる、なっ!」

「むふぐっ……」


 脇腹を殴られ肺が縮みあがる。苦しい息がもっとずっと苦しくなった。


「こいつはもう、いらねーよな」


 あたしの顔から簡易酸素器具ライトオキデを外すと、腰ひもを緩めてズボンを降ろした。あらわになる下着。まとう衣がなくなって寒い。さらけだしの肌が頼りなくて、視線を避けようと身をよじった。


「おっとそそる仕草か! やるなねぇちゃん。それにしても今日は大量。すこし前に捕まえて奥につっこんだオスガキはどうする? 売るにしてもバラシとく?」


 犯そうとするあたしを前にしての雑談。こいつらにとって、あたしは物でしかない。誘拐、人さらい。男たちをカテゴライズするならどっちだろう、なんてどうでもいいことを考える。誘拐や人さらい。単語はあっても、警備兵に見つからなければ犯罪ではないのだ。


 よく知った間取り。逃げ道は連れ込まれたドアひとつ。大地を捕まえた男がよりかかってる。大地は、あたしとドアの真ん中にいる。縛られてないが、殴られて気を失ってるのか。壁にもたれて動かない。


「……だいち……」


 部屋を逃げださなきゃよかった。明るくなるまで隠れる場所も知っていた。上じゃなく伯母さんがいると下にいくこともできたのに。ほかにもいろいろ。もっと、もっとしっかり考えてさえいれば。


 大地と目が合った。気を失ってたわけじゃないようだ。吊るされたあたしを見て、目を丸くしてる。身体は大きいけどまだまだ幼い弟。逃げる隙をつくりたかったけどムリみたい。

 ごめん。


 一言をいうために、薄い空気を深く吸い込む。そして、最期の言葉を伝えようと息を吐き出したとしたとき。「ちぃねぇ……ごめん」と、謝られてしまった。


 涙がこぼれた。はがゆくて情けない。


「ちぃねぇ? ねぇちゃんか? おめえのほうが弟かよ。じゃあよじゃあよ子供みてなのに大人? うっひょー」

「……殺すならとっとと殺しなよ」

「ひょっとして泣いてんの? ねぇちゃん。泣いてんだってさ! うっはーい!!」


 熱い涙がほほからアゴを伝い流れ、冷めた雫がぽとぽと落ちる。それをもじゃもじゃが、舌ですくいとってこくんと飲み込んだ。何が嬉しいのか、気持ちわるいほど目尻を垂れ下げる。


「こっちは待ってんだ。やんないなら代われ」


 ドアに寄りかかった男が苛立つ。


「わあーったよ。ったく、じっくりやるのだいいんじゃねーか。なぁねぇちゃん?」


 じらすように下着に手をかける。こんな、こんな終わり方って、ない。


 悔しい。少しでも抵抗してやる。めちゃくちゃに暴れてやる。

 そう決心したとき。

 

 ズキン……


 ヒドイ痛みがして力がはいらなくなった。こんな時に……



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