05 81階層


 80階層を抜けていく。


 マウントは、どの階層もつくりは同じ。伯母さんが住む73階から、あたしたちの79階まで通路が同じなんだから間違いない。階段は必ず3カ所。最下階から最上階まで、らせん状に数珠繋ぎで、登ったり降りたりだけなら、通路にでる必要はない。母さんの本にもそうあったし。


 80階だってそうなのだが、踊り場に、でん、と座り込むグループいたのだ。話に聞く、因縁をつけて食べ物をふんだくる手合いに違いなく、別の階段まで通路を遠回りするはめになった。


 通路も、まともなものじゃない。80階層の住人の数は400人あまり。あたしの階層より50人も多い。部屋をもたない人、通路にあぶれて寝起きする人が、最低でも50人多い。彼らは、どこからか剥がしたベニヤ板や、石膏ボード、段ボールなどで囲った居住まいとしてる。


 ここにも怖い階層長がいるはずだが、あふれ出る人数が住わせるには、これしかないのだろう。勝手に陣取られために通路は狭く、横に上にもでこぼこ。直線をなしてなかった。


 ときおり、手が伸びきてあたしを捕まえようとしたり、足が延びてきて弟を転ばそうとしてくる。寝ぼけてるわけでないだろう。追手は来なかったがうっとうしいし手間取った。


「……はぁ、はぁ……」

「ちいねぇ、だいじょうぶ」

「うん……まだ、だいじょうぶ」


 笑ってみせたが息が苦しい。中層簡易酸素器具ライトオキデはひとつしかゲットできず、それは大地に使わせてる。だいたい、寝ているだけなら、簡易酸素器具ライトオキデなんかいらない。

 あたしが着けてる低層用もふつうなら楽なのだが。走るのは、さすがにツラい。この先、行けばいくほど空気は薄くなる。望みは薄いかど、どこかに高層用があれば。




 そして81階。


 踊り場をすぎたあたりから、なんともいえない悪臭が鼻をついてきてた。ゴミ臭、ふん尿臭、死骸を何日も放置したような腐乱臭。それらが混ざりあった破滅的な悪臭だ。


 明りがない。どこからか月明りの反射はあるが、それ以外は完全な闇。邪魔だった蛍光ライトのおぼろげな光が、急に懐かしくなってくる。


 見えなくても、いや、見えないからこそ感じる。みんなが下町と呼んでいた79層から、たった2階。ごちゃごちゃんば80階よりも混沌としてる。81階層はスラムだった。


「ちぃね」

「しっ……しゃべらないで」


 手首をつかんで引き寄せた。暖かい。隙間風、というには強すぎる風が冷た。大地の温もりが嬉しい。


「おねぇーちゃん?」

「ふひゃああぁ」


 耳に生温かい息が吹きかけられ、あたしは跳びあがった。


「俺と楽しーい遊びしなぁい? お酒もあるよぉー。飲んだことないよねぇ?」


 間延びした男の声。頭の斜め上にあごがあたる。あたしよりすこし背が高い。ぐいっと、腕ごと、後ろから抱きしめられ、身動きがとれなくなる。

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