第3話 旅

温かく輝いていたビルの屋上の日々。

殻から出て初めて見た、あの青い空──…



僕は少しずつ餌を獲って食べるようにした。

そして、森を出た。

どうせ死んじゃうのなら、有隣堂の屋上で死にたかった。


渾身こんしんの力で、本能を研ぎ澄ます。鈍い。それでも必死に有隣堂に向かった。

伊勢崎町はどこなのか、「横浜を目指せばいい」と、ヒッチハイクをしている外人さんが教えてくれた。

僕は次に来たトラックに飛び乗って、荷台に隠れた。これで帰れると思ったら、ちょっと安心して寝てしまう。

けれどトラックは、横浜には行かなかった。なんだかもっと遠い所で止まったような気がする。


早朝から朝の通勤通学の時間へ、僕が迷ってよろよろ歩いていると、こわごわ近寄って食べ物をくれる人がいた。

抱き上げてヨシヨシしてくれる女の子も。水を飲ませてくれる人もいた。

人間は優しいなぁ。

しかしここは東北らしい。


必死に調べて新幹線に乗ったら、車掌さんに見つかって、発車前に降ろされた。

それを見ていたスーツ姿の男性が、可哀想だと僕の手を引き、そのまま次の新幹線に乗せてくれた。

案外早く東京駅に着いたら、その人は僕を無理やり紙袋に押し込んで、こんどは博多行きに乗り換えた。座席に座ると紙袋の持ち手を僕が出られないように縛って、床に置かれた。

新幹線はすぐに新横浜を過ぎて、次のアナウンスが流れる。

僕は必死に紙袋をツツいた。破れない。

なんでなんだっ、ツツき続ける。ダメだ。

苦しい、ツツき続ける。

あ、少し破れ目が、外が見える。

くちばしを引っ掛けて破いて火事場の力で。

通路をよろよろと走って、死に物狂いで停まったホームに飛び降りた。男は追いかけて来なかった。

いい人ばかりじゃないと思った。そこは広島の駅だった。


夕陽が落ちていく。

伊勢崎町は遠い。


もうトラックや新幹線は怖いから、ヒッチハイクにしようか。

はぁ、東へ向かわないと。

力を振り絞ってとにかく飛んでみる。


すっかり闇に暮れた国道で、途方に暮れていたら、

家族旅行の車が僕を乗せてくれた。

運転するお母さんと助手席のお父さん、中学生のお兄さんと小学生の妹、よく笑う仲の良い家族。お父さんがミスチルの曲をかける。

僕の本当の親はどこにいるんだろう、兄弟はいるんだろうか──



日本列島の秋は長く長く続いて、深緑に紅、臙脂えんじ黄金こがねの景色が連なっていく。


幾つもの山や海や島を越えて、大阪を越えて、近畿の山に入ったあたりで一休み。

ごはんをついばんでいたら、僕を後ろからさくっと抱き上げた人がいた。僕はそのままそのお爺さんちに連れていかれた。


お爺さんは一人暮らしだった。寒くなってきたこともあって、僕はしばらくここでお世話になることにした。


お爺さんは話し出すと、とってもチャーミングな顔になる。

そして長い長い話を少しずつ僕に話してくれた。僕も今までのことを話し始めた。お爺さんは黙って聴いてくれた。


新年。お雑煮が美味しい。

僕の本当の親も、人と暮らしていたのかもしれないな。

陽がわずかずつ高くなっていく。


お爺さんの普段の食事は、いつも豆腐だった。おかげで僕はなかなか力が付かない。

三寒四温になった頃、僕の話が最後まで終わると、お爺さんは急にそっけなくなった。

それから間もなく、

陽の光が強くなった朝、僕はその家を飛び立った。


旅立つ前の日、僕は耳の羽を一本抜いて羽ペンにした。それで手紙を書いて、お爺さんの机の上にペンと一緒に置いた。

「ありがとうございました。横浜に行きます。 トリ」



山にはまだ雪が残っている。


う゛っ、思ったより飛べない、よろけて木に止まる。

力が入らない。

体が保つのか?


目の前に新芽が光っている──


僕は脇目もふらず、もう競馬場なんて寄ってられない、横浜に向かった。

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