第3話 再会

「来てくれて嬉しいよ。マドモワゼル・なずな、ムッシュウ・せり」

 ユーリ・ヴェルンハージュと名乗った大尉はあんなパワハラまがいの脅迫文で呼びつけたくせに、こちらが気恥ずかしくなるくらい気障ったらしくわたしたちを迎え出た。

 相手の〈黄金の星〉から、情報が開示される。

「ユーリ・ヴェルンハージュ フォルタレザ星人(フォルタレザン) 十九歳 男性大尉 スターライダー 鱗所持者(胸部)」。

 俗にいう「ドラゴンハート」、たしか占いでは〈狂喜〉だ。せりに占いなんて信じるのは前時代的だってよく叱られるし、自分だってそう思う。でも、なんか、これはあたってる気がする。

 それにしても、どんな手柄をたてればこの年で大尉になれるんだろう。所属も明らかにされないし戦功も提示されなかったのが残念。さっきは興味ないと思ったけど、こうなると尊敬しちゃう。

 ヴェルンハージュ大尉はわたしの手の甲に唇を寄せた。フォルタレザ星人のこのカスタム、噂には聞いてたけど、けっこう照れるね。せりがお目当てなのにわたしを粗略にしないのは立派だと思う。 

「ムラカミレイも後ほど合流することになっている」

 先約があると説明する前に、彼のほうが口を開いた。怜さんに連絡をとったほうがいいか迷った。そんなことしたらこの人を信じていないと言うようなものでまずいよね。しかも敬称つけてないし、友達だろうと踏む。年齢的にちかいから。

 どうも、そうした逡巡を見破られたらしい。鼻先で笑われた。むかつくけど妙にかっこいいじゃないの。けど、こちらを見おろす双眸は氷のような水色で、この人が笑っていないときには会いたくないと思わせるほど凍てついて見えた。そのせいか、視線が外れると彼のまわりだけ冷気が漂うようで近寄りがたい。

 なんか、意外。さっきの軽薄さと違う。

 通された部屋はクラブの執務室のほうだ。

白い壁の上下に、フィアンと呼ばれるフォルタレザ星の植物が透明なグラススチールのなかにぐるりとおさめられている。空気清浄と足下光がわりになると習ったけれど、実際に見るのははじめて。マーブル模様の黄金蔓みたいで和みそう。

 ん、ヴェルンハージュ?

 どっかで聞き覚えのある名前だと思ったら、フォルタレザ星の、大昔の王様の名前だよ。たしか、連邦がまだ連邦になる前、まだ地球が銀河系の汎人類規約に加盟する旧時代に、フランス人女性を攫っていって王妃様にした大罪人じゃなかったな。

 そのせいで、フォルタレザ星はフランス語が公用語で、文化様式もどことなく十八世紀フランス風だと言われてる。だから、アルファベットのHの音が強く名前に残るのは、それ以前の歴史をもつ貴族だってはなしだ。

「大尉」

 せりが珍しく勢い込むと、相手はさらさらの淡い金髪を揺らして首をふる。

「ユーリと呼びなさい。他の仕官がいない場合に限り、質問することも話しかけることも君の自由だ」

 なんか、さらりといやらしいことを言われたような気がする。せり、危ない。

「もちろん、マドモワゼルも同様だ」

 にこりと威嚇するように微笑まれ、わたしも背筋を伸ばして言い返す。

「では、わたしのこともなずなと呼んでください」

「了解だ」

 あ、わたし、この人とは仲良くやっていけそう。そう思ったわたしの横でせりが口を開いた。

「ミスタ・ユーリ」

「せり、ユーリ、だ」

 せりに瞳をあわせ熱のこもった声で囁く。

 わたしが赤くなってどうするの? しかも、この人ってば耳がいい。せりの名前、日本語の音で呼んでる。

 せりが、拳を握りしめている。今までの相手と格が違うことに気づいたみたい。たいていの男女はせりの相手にならなかった。でも、この人は違う。

「なぜ私たちを招聘されたのか教えていただけますか」

 せりが、古フランス語で言った。つまり、フォルタレザ星の公用語で。おもねられて、大尉は形のいい唇に笑みをうかべただけで着席をうながす。無視されてもここは我慢しないといけない。

 それにしても、椅子も机も目立った角がないのは宇宙船で使うものと同じってことだ。せっかく船じゃないところにいるのに軍人ってしょうがないなあと思う。

 大尉は調度品を見つめるわたしの視線に同意するように頷いてから、肩にかかった長い髪をはらいあげて問うてきた。

「コーヒーかな、それとも紅茶? あいにく、私はタタミゼの素養があまりなくてね」

 タタミゼ、それは茶の湯のことだ。

 銀河系一の英雄、新連邦と連邦軍の初代総帥になった村上祥は茶人で、彼の乗る船には必ず茶室を搭載した。

  この伝統は現在も廃れてなくて、どんなに小さな船でも形ばかりの茶室があるし、地球人の兵科仕官であればひと通りのことは習う。少なくとも太陽系で軍人をするのなら茶会くらいひらいて一人前なのだ。

 利休さんの生きた時代が戦国の世なのだから、特にそれは不思議ではない。

 今でこそ造船会社として名の通ったムラカミ航業は、もともと密閉型コロニーの管理製作会社だ。そのコロニーは、《災厄》前の日本の四季を再現するという理念のもと、作られた。よって茶道はその表象としてとりあげられて、おかげで今も続いている。

 地球の船、とくにムラカミ航業の船は基本的に閉鎖密閉環境下で自給自足できる。つまり、簡単にいうと「自由に動く惑星」をめざしてる。茶室はそもそも建築の最小単位なんだよね。しかも可動式、移築できる。

 茶室という極小と惑星という極大、その志向はムラカミ航業のひとつの指針となっている。

 この発想は、他惑星文明でも比較的珍しく、結果としてとてもウケタのだ。

 船もそうだし茶道も。

 せりが、少しかたくなった声でこたえた。

「よろしければ、花蜜茶をお願いします」

 甘いと評判のフォルタレザ星のハーブティー。せりは甘いもの嫌いなくせに無理してる。

「なずなはどうしますか?」

 大尉が振り返る。また、発音がきれい。しかも、丁寧にきく。そもそもが下士官に対する態度じゃない。それでいて、せりの頬がこわばるのを楽しそうに見つめる。

 せり、せり、緊張しすぎ。だめだよ、相手の思うつぼ。

 わたしはせりのように流暢に話せないから、第二銀河語で通すよ。

「一服、略盆で点てさせていただきましょうか」

 お道具を持ち歩いてるからお湯さえあれば点てられる。大尉は口の端をつりあげてこちらを見て、それから金色の長い睫毛を伏せて首をふる。

「とても興味深い提案だが、今この部屋の主人は私だ。次のときにでも、君の部屋か茶室でご馳走してもらおうか」

 あら、ばれちゃった。お茶の素養がないなんて言ったけど、ウソ。どうにかしてこちらのペースに持ち込みたいっていう、わたしの企みに気づいてる。

「では、わたしは甘いものが大好きなので、花蜜茶を頂戴します」

 そう言って、せりの手を握る。せり、そんなに緊張しないで。こわがってることを知られたら、こういう相手には負けよ。

「なずな、君はすぐにも少尉にあがるよ」

 満更お世辞でもない様子でそう言いながら、ユーリは銀の匙にピンク色の花びらの混じった金色の蜜をすくう。

「ミスタ・ヴェルンハージュ」

 せりの呼びかけを無視して彼はまずわたしにティーカップをさしだす。これ、本物のアンティークのセーヴル磁器だ。ポンパドゥール・ルージュがお茶に映えてとっても綺麗。

ユーリがわたしの驚きに満足そうに微笑み、口をつけるよう促した。馥郁とした香りを吸い込んでそっと含むと、舌の上でかすかに苦味のある花びらが溶けて蜜の味と重なる。不思議な感じ。これなら何杯でも飲めるよわたし。

「君たち、私と一緒にゲームをする気はないかな」

 せりと思わず顔を見合わせた。

「簡単なことだ。ある場所にどちらが早く着くか競い合う。船はこちらで用意する」

「わたしたち、ここで待機という指示を受けているのですが」

「〈星〉をここに置いておけば、数時間ならごまかせる」

「は?」

 間抜けな声を出したわたしに、彼が笑う。

「真面目だね。ちょっと細工してやれば気が付かれないものだよ。私は何度もしている。その点では安心してくれていい」

 そんな物凄い裏技があるなんて信じられない。それなのに、せりがわかりました、ともっともらしくうなずいた。なにそれ、もしかして常識なの?

「ただし、俺だけ参加します。なずなは巻き込まないでください」

「なずなはそれでもいいのかな? 私は双鱗所持者の君の実力が知りたい」

 流し目を送ってこられたので正直に言う。

「そんなふうに挑発されても困ります。それはご命令ですか? あんまり無茶を言われるなら零部隊に訴えます」

「憲兵なんてものを怖がるようじゃ斥候はできないと思わないか?」

 斥候? じゃあ、なんでこんな後衛とも呼べないところにいるわけ? こんな腕っこきが太陽系でくすぶってるのが変なのよね。

 あ、そうか、わたしたちの乗る新造艦〈ニケ〉号か。納得。

「船は用意するとおっしゃいますが、そんな簡単に航天させてもらえるんですか?」

 わたしの本音に食らいついたのはせりのほうだった。

「なずな、ほんとはすごくやる気になってるだろ」

「だって」

 売られた喧嘩、買わなきゃ女が廃るじゃない。それに……

「君たち二人、ナジュラーア星に行ってみたくはないか?」

 見破られている気がした。なにもかも、この人に見透かされている。それでもわたしは意地を張る。

「あそこは立ち入り禁止星域です」

 彼はそこで射すくめるようにしてこちらを見た。

「連邦の《エピクト》が何故あの場所を封鎖したかわかるか?」

「……わかりません」

「あの場所にすべての秘密があるからだとは思わないか?」

「全てと言われましても……」

 声にしながら考えていた。スターライド航法、竜、妖魔、それらはすべてナジュラーアを起点に始まっていることくらい誰もが知っている。だから逃げたのだと、妖魔を呼び寄せたのが彼らではないかという陰謀説まで流れていた。

「何か、ご存知なのですか?」

 わたしが尋ね返すと、彼は肩をすくめた。

「知っていればこんな危険な賭けをしないでそれこそちゃんとした手続きを踏むさ」

「……そうは思えませんが」

 そう口にしたのはせりだった。

「何か知っているからこそ、俺たちに声をかけたのですよね? 庇っていただかなくとも平気です。そのかわり、なずなは外してください」

「せり、なんであんたが勝手に決めるのよ」

「勝手にって当たり前だろ」

 わたしがキレそうになった瞬間、大尉の鋭い叱責の声がとんだ。

「せり、君は姉上に依存しすぎている」

 せりは無言で、大天使のような大尉の顔を見つめるだけだ。世の中のたいていの人間はせりのこの目で睨まれると二の句をつげないものだけど、この人は違う。怯むようすもない。

「ユーリ、貴方に姉妹や兄弟はおいでですか?」

「いや。いない」

 名前で呼ばれた人は頭を横にふり、白い手を組んでわたしを見た。せりは、自分を見つめ返さない人にむけて言い放つ。

「では、私が姉に依存しているかどうか判断したのは」

「せり」

 わたしは、せりの腕に手を触れた。

「実はわたしもそう思ってたから」

 せりが目を見開いた。ごめんね。でも、いま言わないと、一生言えないかもしれないから、言っとくよ。

「わたしがせりに頼りすぎなの。お父さんがいなくなってから、わたし、その役目をあんたに押しつけた気がするのね」

「そんなこと」

「あるの。わたしは弟のせりに、たくさん頼りすぎてたと思う」

 ユーリのほうをうかがうと、彼はうすく微笑んだ。よかった。邪魔しないでくれる。悪いけど続けさせて。

「戦争も何もなければそれでいいかもしれない。けど、でも、このままだとわたし、あんたが戦場で助けにきてくれないと泣いたり恨んだりしそうなのね。それ、間違ってると思うの。そういう人になったらお終いじゃないかなって」

「助けに行くよ。どこだって、助けに行く。何があっても守ってやるから」

「だから、それじゃダメなの」

「ダメって何だよ。きょうだいだもの、当たり前だ」

「でもね、ちょっと、うざったいの。ううん、物凄く邪魔くさいの」

 あ……今、せりの頭に、鋼鉄が打ち下ろされる音が聞こえた。うん。聞こえたよ。たしかに。

「せり、ごめんね」

 さげていた頭をあげても、まだ、せりの目の焦点はあってない。わたしの言葉が理解できていないみたいに。

 こうなるかな、と思ったから今まで言えなかったんだけどね。

「もうわたしを甘やかさないでほしいの。それに、せりに負けたくないの。卒業試験で負けて悔しかったから、もう一回、勝負できたらしたいの、わかる?」

「わかるわけないよっ」

 上官の前だというのに日本語で言い合うわたしたちに、ユーリが楽しげに目を細めながら時計を指し示す。

「どちらでもいいが、早く決めたほうがいい。レイが来てしまう」

 そのときテーブルの真ん中に音声が通じた。

「ユーリ、入るよ」

 扉が開いた瞬間、思わず腰をあげていた。

「なずなさん、せりさん、おひさしぶりです」

 掠れ気味のやわらかな声が耳にとどき、わたしは両手を重ね合わせて黙って頭をさげた。

 声が出なかった。

 もともと白樺の木のような方だったけど、また痩せられた。半年前にお会いしたときは綺麗に整えられていた波打つ髪が後ろでひとつに結わえられていた。下がり気味の、大きな茶色い目の下に影があるのはくまだと思う。 

「ごぶさたしております、殿下」

 せりが立ち上がり、居住まいをただしてお辞儀した。弟は大佐と呼ばず、そう口にした。怜さんは一瞬だけどこかが痛むような顔をしたものの、そのまま挨拶を返した。

 彼の胸の、黄金と白銀の混じった美しい〈星〉は兵科仕官と同時に専門職仕官である証。それは、いま二十歳の怜さんが銀河大学のスターライド研究で博士号を取得して重要な地位についていることを示す。

 それでも、怜さんはスターライダーじゃなかった。星帝陛下のお孫さんだというのに、この宇宙でもっとも多くのスターライダーを排出してきたムラカミ一族の人間だというのに、その身体に鱗を埋め込むことができなかったのだ。

 だからわたしを望まれたのだ。わたしが双鱗所持者だから。

「なずなさん、早速ですがこの竜はあなたの傍のほうがきっと幸せかと思いまして……」

 怜さんは、後ろ手に隠していた大きな鳥篭を前にさしだした。驚いたことに、そのなかには銀竜「ガンちゃん」がいた。

「その子、地球にいたはずでは? 母が、星帝陛下の御許にお届けしたと……もしやお気に召さなかったのでしょうか?」

「祖父は大変気に入っていたようです。ですが僕が……なんだか可哀想で……時々、ケージから脱走してあなたの姿を探し回ると聞かされましたもので……」

「そ、それは大変なご迷惑を」

「いえ、そういう理由でお持ちした訳でなくて」

 ガンちゃんがわたしをそっと窺うように見あげてくる。なんだかでも声をかけづらくて俯いた。たしかに犬猫並に知能はあるから誰に飼われていたかはちゃんとわかるしそのくらいのこと仕出かすかも。だけど。でも、軍艦に乗ってペットを飼うなんてできるわけがない。

 っていうか、怜さんはどうしてわたしにこれを渡そうとするの? この聡明な人が、そんなこともわからないはずないじゃない。

「なずなさん、双鱗所持者として火星の連邦軍研究所に移籍しませんか?」

 一瞬、なにを言われているのか理解できなかった。わたしが首をかしげると、怜さんが噛んで含めるような言い方で続けた。

「今春、銀河大学にあった竜の研究所がこの火星に移されます。スターライドと竜の関係を探るのに、地球人初の双鱗所持者のなずなさんの協力を仰ぎたいのです」

「……検体になれってことですか?」

 自分の声が震えていて驚いた。

「そういう解釈で受け止められても致し方ないですね。ただしこれは汎人類すべての存亡をかけた急務であって」

 失礼を承知でわたしは言葉を遮った。

「検体になるのはかまいません。お伺いしたいのは、わたしの戦闘成績が悪いから実戦では役に立たないという判断の故の命令かどうかです」

「そういうことではないです。あなたのポテンシャルは非常に高いと評価されています」

「じゃあ、どうしてここに残れっていうんですか。地球人以外の双鱗所持者の人たちにも協力を要請しているのですか?」 

 怜さんがゆっくりと首を振る。

「双鱗所持者の多くが繁殖能力の低い星族の出身者や絶滅危惧星族で占められています。地球人は絶対的な個体数が多く」

「つまり、替えがきくから地球人は積極的に戦場へ行けってことですよね? ならばわたしだってその例外ではないんじゃないですか?」

 怜さんの細い眉がかすかに寄った。

 わたし、嫌な質問してるよね。でも言わないですますことはできないよ。

「なずな、殿下はおまえにここに残れって言ってるんだよ」

 ああ、なるほど……私服で待機ってそういう意味か。わたしは最初から戦争に行かなくてもいいってことだったんだ。もしかしたらおばあちゃんも、せりも、こうなることを知ってて振袖着せた? 

 でも、それってどうなの?

 戦争なんて行きたくないとそれこそ眠れなくなるほど思ってたけど、こうなるとなんだか不思議に喜べないんだよね。天邪鬼だね。

「結婚のお申し出はお断りしたはずです」

「それは、よく、承知しています」

 怜さんの瞳はしずかだった。みんなの視線が自分に集中してるのを感じた。こういうの、わたしは嫌だ。だから言わないと。

「村上大佐、わたしはもう民間人じゃありません。宣誓もして遺書まで書かされた軍人です。ですから、それがご命令であれば何であれ従います。わたしの卵子なり細胞なりをお渡しすることには同意します」

 わたしは軍人だ。命令されればどんなことだってしないとならない。そう教わってきた。だから、わたしに選ばせようとするなんて間違ってる。この〈星〉を受け取ってしまったんだから、わたしに自由意志はない。

 怜さんはうつむきかげんで立ち尽くしていた。その腕の中のガンちゃんが少しだけ羽を広げて真っ青な瞳でわたしを見る。

 ごめんね。もうアンタとは遊べないのよ。

「なずな、ほんとにそれでいいの?」

 せり、その質問の意味がわからないよ。いいも悪いもないじゃん。

 呆れて肩が落ちたところで、ずっと黙っていたヴェルンハージュ大尉が口を開く。

「せり、姉上に対してその質問は酷だ」

 せりが何か言いかけたけれど、けっきょくは口をつぐんでわたしを見た。長身の人はそのまま怜さんに顔をむけた。

「レイ、私は君のやり方にも感心できない」

「そうだね。情けないはなしだけど、僕も自分でそう思う」

 怜さんが肩を落として力なく微笑んだ。その顔を見つめていたわたしに、

「僕たち、大学で知り合ったんだよ」

 そう、説明してくれた怜さんは、大尉の横に並ぶとお人形さんのように可憐に見えた。

「レイ、いいかげんそいつを置いて座らないか?」 

 気がつけば、全員が立っていた。応接セットがあるのに立ち話ってたしかに変だよね。

「それとも、私とせりが消えたほうがいいならそうするが。私もそのほうが嬉しい」

 せりの頬に緊張が見えた。反対に、大尉の口の端にうかぶ笑みがなんだかあやしい。せり、気をつけて!

 もちろん、ふざけてばかりもいられない。気を利かせてもらえるなら、そのほうがありがたい。うん、ご厚意には素直に甘えるよ。

 わたしは怜さんに向き直る。

「少しだけ一緒に外を歩いてくれませんか。もう一度、きちんとお話させていただきたいし、おうかがいしたいです」

「もちろんです」

 わたしは続いて、とっても面倒見のいい大天使にもひとこと断りをいれておかないと。

「ミスタ・ヴェルンハージュ、せりをお願いします。せりに迫るのはけっこうですが、弟はわたしにこころの操は立てているらしいので無体はしないでくださいね」

「OK、なずな。約束しよう」

 わたしたちは微笑みながら握手を交わす。

「なずな!」

 せりが、わたしの肩をつかむ。痛いけど、痛いという顔をしないよう我慢した。

「せり、もしかしたらここでお別れかもしれないけど、どこにいってもわたしはあんたのお姉ちゃんで、あんたはわたしの弟だってことは変わらないからね」

「俺がいなくて平気なのか」

 せりは、わたしの言うことなんか聞いてもいなかった。

「うん。わたし、実は強いから」

 泣きそうな顔をしてるのは、自分のほうだって気づきなよ。あんたがいつだって、気を張って生きてきたの知ってるの。でもね、わたしはもう、それを終わりにしたいの。

 この世で頼りになるのはお互いだけ、そんな関係はやめようよ。

 あの人が、わたしたちが実戦配備につくと知ったとたん、泣いて叫んで物を壊しまくって、ありとあらゆる伝を使って狂ったように奔走したのを見たとき、わかったの。

 わたし、あの人を間違って見てた。

 そう、気づいた。気づいちゃったから。

 あの人さ、大女優だかなんだか知らないけど、コネとかツテとか嫌いだったじゃない?

 なのに無理やりわたしを星帝陛下の皇子殿下のお妃候補に仕立てようなんて考えて手筈した。そうすれば、わたしだけでも助かると思ったんだよね。

 嬉しかったけど。

 キモチワルカッタ。

 わたしだけ、助かっていいのかなって。せりを置いて、自分だけ逃げていいのかなって。

けど、お父さんの大伯母様はあの一族からお嫁に来た方で、竹内家は村上家と姻戚関係にある人が多いからご縁があるって言われて、怜さんのほうから会ってみたいとのお話だって聞かされて、わたし、舞い上がった。

 だって怜さん、すごく優しかったんだもん。

 でも、それよりもわたし、あの人と生まれてはじめて一緒に買い物して、美容院とかエステとか引っ張りまわされて、上機嫌で「娘です、皇子殿下に興し入れするの」って鼻高々に自慢されて、わたし、どうしようもなく嬉しかった。みんなの前では恥ずかしいみっともないってあの人に文句を言ってみたりもしたし、頭ではホントにそう思ってた。でも、ほんとはとても、嬉しかった。親に褒められただけで喜ぶって自分でもどうかと思った。でも、うれしかったの。ほんとにほんとに、うれしかったの。

 だけど。

胃の底が焼けるように痛かった。

 わたしのすること、あの人が望んだこと、それって、自分だけ助かればいいと思って逃げたナジュラーア星人と同じじゃないかな。それってやっぱり許せないよ。だからね。

「せり、わたしたち、離ればなれになったことないじゃない? こうやって、始めよう。新しい年をね」

 編み上げブーツの踵を返す。せりに持ってもらっていた荷物も自分でしっかり左手に持つ。

「ミスタ・ヴェルンハージュ、では失礼します。行きましょう、怜さん」

 ゴッドスピード、と古式なあいさつを返してよこした大尉。わたし、この人のこと嫌いじゃない。

 弟がくりかえし呼ぶ自分の名を聞かなかったふりで扉を開けた。

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