第2話 スターライダー
軍艦に乗ったらもう、お父さんを探しには行けないんだなってぼんやり思う。もちろん、士官学校にいたころだって出来なかったんだけど。
なにしろ自分の自由にできる船がない。
今現在、新しく作られるスターライド対応の超光速船は連邦買い上げの軍艦や戦闘艇ばかりで、ファミリータイプはない。もしあったとしても、わたしなんかに買える値段じゃない。
でも、中古品なら別だ。お父さんの遺産があるから手が届く。各惑星政府のもっている調査艇や連絡船、または富裕層のクルーザーはさすがに接収されていない。よほどの例外がない限りスターライダーが全員戦場に送られている今、どっかの宙港や修理ドックに小さな船のひとつやふたつ転がっていてもおかしくない。
こんなことなら意地になったりしないで、母親の伝を頼って誰かに譲ってほしいっておねだりすればよかったな。けど、あの人ってほんと、他人に頭下げるの嫌いだからやっぱり無理か。
それに妖魔の襲撃以降、ナジュラーア星系は立ち入り禁止星域に指定されている。さらにはスターライドのすべての軌跡は連邦の《エピクト》に通知される。船がそう作られているのだから隠しようがない。
ひと昔前は、スターライドってそんなふうに偉い人たちに管理して利用されるものじゃなくて、サーフィンと同じ、宇宙の息吹を感じ、その星波にのって冒険することだったはずだ。
遷移点ドライヴやナジュラーア星人がつくった銀河の近道たる【門】とは違う、もっとなんか、遊びの多いものなのに。せっかくスターライダーに生まれて、なんでわたし、こんな戦争の時代に生きてるんだろ。
〈わたしたちの宇宙は誰かが謳う詩に似ている〉
そういったのは、詩人にして銀河自然博物史家の竹内力博士。わたしの遠いご先祖様だ。
わたしたちが今、その詩のどこの地点にいるのかはまだわかっていない。ただし、その詩の主はわかっている。
竜だ。
竜はこの宇宙の旋律を奏でるもの。
竜はその詩に身をゆだねることで、恒星もブラックホールも障害物と感じることなく、自由自在に星の海を渡っていたそうだ。
そして、スターライダーには、詩のところどころが聴き取れる。つまり、この宇宙の大いなる姿の全貌をちょっとだけ垣間見ることができる。
スターライドをわたしたち汎人類に教えてくれたのは古代ナジュラーア星人の残した「伝説」だ。
わたしたちは生きた竜には会えなかった。
竜はすでに死に絶えていた。
その滅びた原因は知られていない。というより、今現在も熱心に解明中。
それでも竜は、わたしたちに素晴らしい贈り物をくれた――その遺骸だ。それらはすべて、《エピクト》の管理下にある。
スターライドは、竜の遺骸から剥奪した「鱗」を身体に埋め込み、船にその「竜骨」を搭載して行う超光速航法のこと。
戦争前、鱗をもつのは軍人や一部の研究者と物好きなお金持ちや冒険者、そういう限られたひとだけだった。今では汎人類であれば生後すぐ、またはそのカスタムに従ってともかく早いうちに、鱗との相性が試される。ところが鱗は誰にでも受容されるものでもない。また超光速船の操縦もすべての星族が可能でもなかった。
勢い、スターライダーの価値はあがる。
ただの宇宙船乗りでは星波に逃れた妖魔を追撃できない。よって、スターライダーだけが妖魔と戦えるとされている。
それ、前の半分はホントで後ろ半分はウソ。
ふつうに宇宙空間で妖魔と遭遇したら通常の武器で倒せる敵もいる。だからスターライド能力のない戦闘機乗りだって、妖魔と立派に戦えるのだ。
みんな、そこのところがよくわかっていないと思う。
しょうがないけどね。
昨今ではスターライド能力は遺伝するってことらしくて、精子やら卵子やら細胞やらを連邦政府にストックさせられそうな法案も検討されている。昔ならそんなの人権侵害だってみんな反対しただろうに、今はちょっとアヤシイ雰囲気。もう何もかもがギリギリなんだよね。
スターライダーに備わっているのは星波に乗る能力だけでなく、宇宙の方向感覚、大雑把なオリエンテーション能力だ。
星波にのって目的地に着くのは、サーフィンで波に乗り、ちゃんと横へ行くことに似ている。けれど星波に乗ったまま流されてしまえば、どことも知れぬ星の海へ運ばれて迷子になる。岸辺へ辿りつくだけで爽快感のある、あの心地いい初心者の直線サーフィンとは天と地ほども違う。
もちろん、そのために《エピクト》はすべてのスターライドを記録している。それでもまだ、全宇宙の「地図」はできていない。
スターライダーがもっとも恐れるのは、意識を失ったまま星波に乗りそこなってワイプアウトすることだ。そうなったら星波の渦に飲み込まれて脳と脊髄神経をぐるぐる攪拌され前後不覚になったまま、船の残したリーシュコード(救難信号)による救助を待つしかない。最悪は、小惑星などに機体をぶつけて船が大破することもある。身体に損傷がなくともワイプアウトの後遺症として重大な記憶障碍があらわれたりする。
もちろん、そうならないようにスターライダーは波を乗りこなす訓練を積む。
ただし、星波はどこにでも来るものではないという観測結果が出ていた。
しかも、同じ波は二度とこない。
だから……実際のところ、自力で帰還できなかったスターライダーの消息は絶望的だ。まして、お父さんのリーシュコードは家族のわたしたちにさえ知らされていない。
手がかりは、ないに等しい。
それでも……
「なずな、いいかげん機嫌直しなよ。ちゃんとインフォメーションデスクまで連れてったんだ。それだけすれば十分だよ」
あの後、せりはルスカ星人の彼女を案内係のいるところまで誘導してくれた。けど、わたしも一緒にいくといったのに許さなかった。
せりは連れて行っただけで話も聞かないで、彼女をひとりぽっちで残してきたらしい。あんまりだ。とはいえ、任せてしまったわたしにも半分責任がある。しかもせりは自分の荷物はちゃんと持っていった。さすが軍人というところだけど、もっと民間人に親切にしたっていいじゃない。わたしの怒りはおさまらない。
さっき、念のため〈星〉をつかって巡洋艦情報を得ようと試してみたけど弾かれた。どうやら士官候補生レベルではそんなこと理解できないようになってるみたい。
それに現実、どうしようもない。
わたしたちふたりとも、これから戦場へ行く身だ。義父か母親の名前くらい伝えておけば、すこしは役になったかもしれないけど、せりはそれをしたくないんだと思う。
まあ、お金はたくさんある様子だったし、太陽系はそういうとこはまだちゃんとしてるから、難民局へ行けばきちんと対応してくれるから安心よね。
戦争に行くより、マシじゃない?
こういう考えがまったくもって軍人らしくないのはわかってる。矯正されなかったなあ、わたし。
そんなことより名前くらい聞けばよかったと後悔した。今さらだけど、ルスカ星人なら連邦政府に手厚く庇護されてるし、名前がわかれば消息は追える。
「なずな、イチゴジェラート、好きだろ?」
うなずきながら受け取って、せりがこんな可愛らしい食べ物を軍人専用の休憩室でひとつだけ買うのはさぞかし人目をひいただろうと笑いたくなった。
わたしたちは今、通称クラブと呼ばれる軍人専用の娯楽室へいく通路の白い壁にひっつくように並んで立っている。茶室もあるらしいからそれなりのところだろう。
士官候補生にも入室許可があるものの、わたしは軍服着てないし、せりといると目立つからイヤだと断った。あの部屋にはふかふかのソファもあるそうだけど、気をつかうくらいならここで十分。一般人はここ、来られないしね。
「なずな、溶けるから気をつけて」
「うん、あ、美味しいね」
「地球産の菓子なんて外宇宙じゃ貴重だから、今のうちによく味わっときなよ」
こういう言い方をするせりって、ほんと地球主義者だと思う。今どき誰も太陽系外を「外宇宙」なんて言わない。でもたしかによその星のお菓子もそれなりに美味しいけど、地球産または太陽系でつくられたもののほうが安心できる。
「前線は、補給も苦しいってホント?」
「いや、俺たちの乗る船はそれはないよ。連邦軍が威信をかけて造った最新艦の〈ニケ〉号だから」
心配するな、と笑顔でつけたすせり。
弟にタラサレルのも癪にさわるけど、可愛いから許す。さっき一緒に撮ったホロは竹内家のおじいちゃんとおばあちゃんにも送っといた。せりなんて白々しく、よい年になりますように、なんて書いてさ。
まったく。ひとのこと情緒不安定みたいに言うけど、自覚がない分、あんたのほうが重症だよ。
でも、十才で士官学校に入ってからは、せりのほうがお兄ちゃんになったみたい。こうしてわたしの好きな、果肉のいっぱい入った苺味のジェラートなんて渡されるとそんな感じ。宿舎でも、せりはわたしの好きなものをこっそりと、補給担当者から仕入れてきてくれた。この可愛い顔を色んなところで有効利用していたらしい。
太陽系は妖魔の被害にあっていなくて物資も豊かだって言われてるけど、母親の子供のころとはまるで違うって話しだった。あの人が若いころは、求婚者が超光速船いっぱいにナジュラーア星に咲く青い薔薇を積みこんで、彼らの希少な愛玩動物、歌う銀竜をプレゼントしてくれたらしい。
母親はそもそも動物を飼育する時間も能力もなかったので、その竜はお父さんに無理やり押しつけられた。というより、当時はふたりともただのお隣さんでしかなかった。ふたりを結びつけたのは、ガンダルヴァと名付けられたナジュラーアの竜だった。笑っちゃうほどロマンチックだけど事実だそうだ。
お父さんがいなくなって、「ガンちゃん」の世話はわたしの役目になった。士官学校にまで連れてったけど、今は地球にいる。さすがに軍艦では飼えないだろうと置いてきた。
ガンちゃんが春になって啼くと、わたしはいつも物悲しいきもちになった。この銀河に仲間は誰もいないことも知らず、手風琴のような切ない声で熱心に歌っていた。
ナジュラーア星人はペットまで連れてったくせに、なんで、よその星の人間を助けてくれなかったんだろう? 許せないどころの話じゃなくて、なんかもう本当にわからない。
「なずな、あのさ」
「ん?」
せりがあらたまった様子でこちらの顔をのぞきこんでいた。
「なんであの話、断わったの?」
「あの話ってなに」
お輿入れの話だとわかったけど素知らぬふりで言い返すと、せりはあからさまに息を詰めた。それから真顔で言い継いだ。
「皇子殿下のお妃候補の話しだよ。いい話だったのに」
「でもなんか、ピンとこなかったの」
ウソだ。怜さんを素敵だと思ったし、これで戦争に行かなくていいってほっとした。でも今さらそうは言えないじゃない?
ごまかしたのを叱られるかと思ったのに、せりはなんにも言わないで吐息をついた。こういうときの横顔が、あの人にそっくりなんだよね。
王城寺蘭という女優が、わたしたちの母親だ。いまの戸籍名は村上さつき。その前は、竹内=田中・さつき。さらに前、つまり結婚する前は、ヴェルディエ=田中・さつき、といった。
まさかあの人が、ムラカミの姓だけを選んで名乗り、あまつさえわたしたちにも強制するとは思ってもみなかった。
物凄く美人で、わがままで横暴で世間知らずで子供の世話なんて一切しない、自分の欲望にだけ忠実に生きている人。
でも、なんだかにくめない。
あの人は、いつでも本音で生きている。それに、母親だから憎めなくても別にいい。
今ごろ分かっても、遅いけど。
わたしたちが士官学校に入ったときも、あの人は顔色ひとつ変えなかった。三食つきで寝場所があって勉強をただで教えてくれるのはありがたいと笑った。それにくわえて、女の子なのに軍服しか着れないなんてかわいそうと、わたしに向かってトンチンカンなことを言った。
だからあの人はちっとも子供のことなんて気にならないのだと、いっそ清々しいような気持ちで家を出た。
姓が変わったのは、入学式の前日だ。あの人はわたしたちの意見も聞かないで勝手にムラカミの姓に変えてしまった。
そして翌日の士官学校の入学式で、わたしたちの新しい父親、太陽系総司令官の村上禅(ゆずる)が訓示をたれた。校長や教官はまるで下士官どころか水兵のように恐縮してた。
おかげで、得なこともあったし苛められることもあった。たいていは、せりがどうにかしてくれた。わたしは一番とは言わないけど、上位の成績で卒業できた。だから、自分がすぐにも戦場に出ることを想像しなかったわけじゃない。
でも、わたしは英雄じゃない。
あんなバケモノと戦うのはイヤだ。
ぐちゃぐちゃのどろどろの、腐臭を放つ、恐怖と嫌悪という精神波を投げつけながら銀河系生命体を貪るあのバケモノと戦うなんて。
ぞっとする。
悪寒に身体を震わすと、うつむいていたせりが頤をあげた。こちらを気遣ったのかと思ったけれど、どうやら廊下のむこうから歩いてくる人たちの気配に反応したみたい。
せりが、しゃちほこばって敬礼した。わたしも仕方なく食べかけのジェラートを片手にそれに続く。バカらしいけど、あちらのほうが明らかに階級が上だ。
肩で風を切るように――そんな言葉を思い出す一団だった。士官学校の教官たちとはまるで違う存在感。星の海をわたり、自由自在に星波をメイクする生え抜きのスターライダーたちだ。総勢十名にも及ぶ兵科仕官の制服の胸に〈黄金の星〉が燦然ときらめいていて、わたしでさえ圧倒される。
せりの頬に血がのぼってた。はしたない。たかが軍人に興奮して。
もっとも、先頭の人はちょっと見かけないくらい美形だった。そのなかの誰よりも背が高く、腰まである白金の髪を靡かせて大天使のように目立っていた。ずいぶん若く見えるけど、大尉ってことはそれなりの年齢だろうと見当をつける。残念なことに下士官には上官の情報が開示されないんだよね。
団体さんはさすが仕官らしく、わたしの手のジェラートに目をとめたけど黙認し、せりの額の鱗を認めてその正体に気づいても好奇の目をむけることもなく、あくまで礼儀正しい態度を保って通り過ぎた――いちばん前の金髪の人をのぞいては。
その人は手前から歩む速度をゆるめてわたしの服を興味深げに見つめ、続いてせりの顔をじっくりと眺めた。それから気取った仕種で左手をもちあげて微笑み、軽薄スレスレのあいさつを返してきた。並んで歩いていた人たちが窘める視線を送ってもまるで気にする様子もない。
双子だからジロジロ見られるのには慣れている。でも、下士官だからってこんなふうにからかい混じりで値踏みする視線をぶつけられたら腹も立つよ。思わず睨み返すと、彼はひょいと肩をすくめた。そのまま長い脚ですぐに一団に追いついて、何事もなかったかのように扉の向こうに消えた。
うあー、なんかムカツク。
わたしがジェラートにかぶりついた横で、せりが熱っぽい声でつぶやいた。
「かっこいい……」
「どこが? キザったらしいだけじゃない」
「あの人、大尉だよ!」
「見たから知ってる。せり、あんた、可愛いんだから気をつけなきゃダメよ。士官学校だってヘンな奴につきまとわれたり取り巻きが大勢いたりしたじゃない」
「それを言うなら、なずなのほうが心配だよ」
「わたしは平気。あんたと違って、学校でも言い寄られたことないもん」
せりが小さく吐息をつく。早く食べなきゃ溶けちゃう。急いで食べてるせいで舌が冷たいし。
「なずな、それさ、」
彼の声が途切れ、その胸で〈銅の星〉がピっと鳴った。こちらの都合をうかがうこともない無遠慮な割り込み通信は、上官の特権だ。
せりは弾かれたように姿勢を正して応答した。
あれ、音声通信じゃないんだ。
せりは会話に集中しようと無意識に瞳を伏せていた。せりがこんな表情をするなんて珍しい。脳内直接続で会話を交わすにはけっこうな訓練とちょっとしたコツが必要で、上手に思考フィールドを形成しないと、相手によってはこちらの意識を透写されてしまうこともある。
端末と脳に仕込まれた《ルスカの雫》は、この銀河系の在り方をも変えた。汎人類規約に同意し連邦に加盟するありとあらゆる惑星文明は、《ルスカの雫》を使用することで、連邦の
この雫の特殊な固有振動は秘密通信に最適だし、半永久的に動力源を必要としない。当然、これによって持ち主の位置情報も確認できる。
軍人用の〈星〉の場合、指紋声紋眼紋などはもちろん、持ち主のバイタルサイン等を拾って他者とは適合しないようにカスタマイズされている。つまり、わたしが死んだらこれは誰も使えないってこと。
通信を終えたせりがこちらに向き直りやおら口を開いた。
「なずなはここで待ってなよ。クラブでもいいし」
「なんで?」
首をかしげるとせりが言葉につまる。
「さっきの金髪の大尉から呼び出しでしょ?」
図星をさされてせりの頬に朱が散った。
「わたしが一緒じゃダメなの? ダメじゃないなら行こうよ」
「なずなは戻りなよ」
「せり、わたしが女だから心配してるの? それともせりが何かされちゃうわけ?」
「なずなっ」
「あの大尉が興味あるのはあんたのほうだからわたしは安全。あんたの貞操は自分で守りなよ。それとも、そんなこと気にしない? せり、あちこちにソウイウお友達がいたんでしょ?」
せりが苦いものを口に放り込まれたような顔をしてこちらを見た。
自分の双子の弟が酷くモテて男女の区別なく付き合ってると気づいたのは去年のことだった。初めて知ったときはショックで本当にくらくらした。まるでワイプアウトする瞬間みたいに身が竦んだ。
何がそんなに衝撃だったのか考えると、たぶん、うそかほんとかわからない恋愛ゴシップ記事に名を連ねてきた母親のことを思い出したせいかもしれない。
続いて襲ってきたのが劣等感。実はこっちのほうが破壊的に強烈で、やたら尾をひいた。姉のわたしは正真正銘清廉潔白な身の上だというのにこの違いはなんなのか。
そう憤ってみたけれど、しょうがない。
せりは学科試験も実技試験もいつも最高点で、双子だというのに圧倒的に差をつけられていた。わたしの学科成績はけっして悪くはなかったけれど実技全般ではとうてい勝ち目がなかった。もともと地球人男性と女性の体力差はある。負けてもしょうがないと思ってきた。
でも、だからって、そういうことにもこんなに差がつくとは想像しなかった。だって、せりってなんか他人に冷たいんじゃないかと思ってたから。誰かと交際できるなんて予想外だった。
「ねえせり、上官だから、命令だから誘いに乗るの?」
「命令はされてない」
「かっこよかったから?」
「それはある」
へええ、あんた、あんな軽薄そうな男がいいの? ちょっと意外。たしかに、せりを見慣れてるわたしでもビックリするほどの美形だけど。
「ルックスじゃなくて大尉だからだよ。なずなだって、どんな戦績をあげたのか知りたいだろ?」
興味ない、とわたしはゆっくり首をふる。
「……なずなは、欲がないよな」
ぽつんと落ちた言葉こそが本音かな。
わたしにだって欲くらいある。
わたしは、強くてよく出来るせりに守られてたほうが楽だったから、その影にいたかっただけ。
でも、ほんとはずっと、せりに負けたままじゃ嫌だって思ってた。
少なくともスターライドだけは双鱗所持者のわたしに分があるはずで、体力差を技術やセンスで補えると信じてた。それなのに、卒業試験の模擬試験でせりにこてんぱんに伸されて、自信もなにも失った。
せりってば、ほんとに酷いんだもん。
ラインナップにわたしを一度も立たせなかった。ううん、乗りにいった星波を強引に横から攫われた。当然わたしはワイプアウトして、マジメに死ぬかと思ったよ。
救出されて三日くらいぜんぜん立ち上がれなかった。お姉ちゃんに対してなんてことするのよって怒れるようになったのが一週間もたったころだ。
負けた理由はちゃんとある。わたしが卒業前の二ヶ月間、学校の外に出ていたからだ。
ブランクは大きいよね。
でも、わたしは学校に戻った。
ちゃんと卒業した(おかげで成績下がってショックだったけどね)。
なにせ世にも珍しい双鱗所持者のスターライダーだもん。
スターライダーは汎人類すべての希望だ。スターライダーだけが、妖魔に立ち向かえる。みんながそんな風に思ってる。
わたしも、戦えるかな。
ホロやシミュレーションでは、決して成績は悪くなかった。でもしょせん、実戦じゃない。わたしは狙撃や白兵戦が苦手だった。ブラスター銃で「的」を撃つときの成績はトップだったのに、ホロで妖魔の姿がうつると撃てなくなった。
自分でも、よく克服できたと感心する。
初めのころは見ただけで震えて逃げたくなった。妖魔は気持ちが悪い。どう見ても、同じイキモノに思えない。
だいたい、なんでこう一方的な関係でしかないんだろう。食う・食われる、殺す・殺されるだけ。
あっちだって一応知的生命体ならしいから、和平協定とまでいかなくても何かそれっぽい約束くらいできてもいいんじゃないかな?
当然、そうした試みは続けられている。この今でさえ、諦めてはいないそうだ。
汎人類は以前に二度ばかし大きな戦争をしていて、その二回とも相手を殲滅してしまった。一度目は汎人類規約にいう知性のない生物で、彼らは捕食欲求だけで攻めてきた。こちら側はわけもわからず反撃し、そのたった一度の反撃で相手は死滅した。
二度目は、知性はあれども規約に同意しようとしなかった。【門】を破壊する行為をくりかえしたことでそれを作ったナジュラーア人の不況を買い、彼らが誇る最強の武器ヴァジュラをもって鏖殺(おうさつ)された。
そう考えると、そもそものケチの始まりは、あのヴァジュラが妖魔相手には効かなかったってことなのかもしれないな。
ため息をつきそうになった瞬間、今度はわたしの〈星〉が鳴った。太陽系指令本部からかと思ったら、ウソ……
「怜さん?」
【突然すみません。おひさしぶりです。いま待機中ですよね?】
やわらかな声。音声だけのところがなんだか怜さんらしかった。自分の声がみっともなく上擦ってしまいそうで星を強く握りこむ。
「はい、待機中です。なにか……」
【実はお渡ししたいものがありまして、お時間がよろしければクラブで待っていていただけないでしょうか?】
「は、い」
【嫌なら断っていただいてもこちらはかまわないので】
そこだけ急にあわてた風に聞こえた。わたしのほうが焦ってしまう。きゅうってみぞおちが痛くなる。
「いえ、その……お待ちしています」
ありがとう、と返った。二十分後には行けると思うのでなんでも好きなものを召し上がってくださいとこたえた声が、心なしかホッとしたように聞こえた。
そりゃあ、お互い緊張するよね。
わたし、この人のこと振ってしまったんだから。
隣でせりが大げさな吐息をついた。この調子だと、ついてくると言い張りそうだ。
「せり、クラブでは別行動ね」
せりの眉根が真ん中に寄った。言い合いになるかと危ぶんだ瞬間、再びわたしの〈星〉が甲高い音をたてた。さっきの、金髪の大尉から「早く来い」との高圧的な定型句呼び出しだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます