七星記~天の海に星の波立ち 双鱗所持者・村上なずな~

磯崎愛

第1話 双鱗所持者(ダブルスケイラー)・村上なずな

 わたしの掌には竜の鱗が二枚埋まっている。

 目をつむり、ホトケ様を拝むのと同じようにそっと両手を合わせると、そこに漣が生まれる。

 竜の鱗は、わりと最近になって人類が手に入れた超光速航法に必要なものだ。そして今、わたしの手のうちがわにある漣は、近くの宙域にある星波をうつしている。

 お茶碗を捧げもつように手のなかの星の海を眺めた。半月になった波を見て、お抹茶が飲みたくなった。これから乗る軍艦は、銀河連邦軍の伝統に則って立派な茶室が幾つも搭載されているはずだ。わたしみたいな下っ端が使わせてもらえるかどうかわからないけど。

 お正月なのに火星の宙港にひとりぼっちで置いていかれて、深呼吸代わりのおまじないみたいにこうして手を合わせる。

 そういえば、おばあちゃんは毎朝毎夕、お父さんのホロの前でこうして手を合わせてた。わたしは一度もしなかったけど。

 地球の法律の上でも、銀河連邦法上でも父親が死亡したというのに、わたしはそれを認めなかった。

 お父さんは行方不明なだけで、いつかひょっこり帰ってくるかもしれない。お父さんの乗っていた船は星波の混乱に巻き込まれてワイプアウトしただけだから、生きている可能性はある。誰も見つけられないなら、わたしが探し出してみせる。

 ずっとそう思ってた。

 でも、それももう無理だ。

 だってわたし、これから戦争に行く――この鱗があるせいで。

 両の掌の中央にピタリと貼りついている虹色の鱗。小指の爪ほどの大きさで、触るとそこだけひんやりとする。自分の身体じゃないってわかる。

 これがあるせいで物心ついてすぐ士官学校に入れられた。おかげでこれから軍艦に乗ることになってるんだけど、火星の宙港へ着いたところで待機命令がくだった。仕方なくベンチに座ってぼんやりしてる。

 やることがなくて、なんとなく日記を書いてみたりしてるけど落ち着かない。


[いちばんはじめの記憶が悲惨なものだと、その後の人生に影響あると思う? 

わたしの人生、ついてないことばっかりみたい。それもこれも、あの日、あの場所に居合わせたせいに決まってる。

今から十四年前、わたしが二歳のときのこと、《星波》にのって妖魔が襲来した。逆巻く怒涛とともにやってきた。

わたしはそのとき家族とある惑星の上空にいて……]


 エントリタイトルもないまんま、いったん「七草日記」をログオフする。

 さすが連邦軍仕様バージョン、眼裏の文字残像もない。市販の電脳システムとわけが違う。なんてったって、全銀河星間軍事ネットワークに直接続だもの、あたりまえか。

 日記は非公開。でも、検閲されてることは間違いない。ほんと、いやな時代。

軍人は特殊な電脳手術のせいでどこでもすぐにネットに接続できる。と同時に可能なかぎり毎日、強制的に何か書くように義務付けられている。だからなんとなく惰性で日記をつけるけど最後まで書ききらない。下書きばかりたまってく。

 それにしても、せりってば遅い! 

 いったいどこに行ったんだろ。ここで待ってろっていったきり、もう二十分はたってる。

 士官学校で使ってた市販の端末は廃棄処分しちゃった。だってもう、いつ太陽系に戻れるかわからない。せりの居場所を確認するにはこの星に意識を接続すればいいけど、めんどっちい。

 掌にはきのう受け取ったばかりの銅の星がある。連邦軍兵科士官候補生の身分証だ。

 表面上部には「村上なずな 地球人 十六歳 女性兵科仕官候補生 スターライダー 双鱗所持者(ダブルスケイラー)(左右掌)」と日本語で表示されている。プライヴェートモードの場合は母語と第二銀河語(英語)の並列表記OKだからこれでいい。それに、これが読めるのはわたしより上位の軍人だけだ。

 メタルカラーの赤銅色に黄金の縁どりがされた星型の携帯端末。あっけにとられるほど何もかもカスタマイズされていて、軍人ってほんと優遇されてるんだなあってあらためて思っちゃう。

 まあしょうがないけど。

 少しでも早く戦況を知りたくて高いお金払って電脳手術して偏頭痛に悩まされてる一般の人がこれ知ったらどう思うだろ? でも、このくらいの特典ないと軍人なんてやってられないか。

 あああ、これからわたし、どうなるんだろう。ちゃんと、やってけるかな。

 死んだり、しちゃうかな……考えるとこわいから考えないようにしてるけど、ふとしたときに喉が狭くなって息ができないような気分になる。操縦席で身動きできないままペシャンと潰されるような夢を何度も見る。そのくせ士官学校のテストでは、わたしの精神は安定していると診断されていた。

 その結果ってウソじゃないかと思う。

 なんかに、この世のすべてに、自分が騙されてる気がする。だいたい自分のこの甘ったれな性格で士官候補生だなんて笑っちゃう。

 それに、なんでこんなところで足止めくらって待機中なんだろう? 

 今は銀河連邦新歴四九九年一月二日午前十時三十二分。場所は太陽系マーズポート。そう、日記にも端末にも表示されてる。

 頭をおこし、マーズポート入り口のだだっぴろいコンコースをぐるりと見渡した。座ったまま、なんとなく不安な気持ちをおさめようとして目をつむる。

 この、人の行きかう感じは好き。

 何が楽しいのかはしゃいでいる地球人の子供の声、天井の巨大ホロ掲示板からおりてくるコマーシャルの音楽、航天準備が完了したことを伝える第二銀河語のアナウンス、地球ではめったに聴くことのない第一銀河語の抑揚のない平らな声――誰も彼もが通りすぎていくだけの乗換え港だ。

 大昔のSFのように、火星をテラフォーミングして住むようなややこしいことにはならなかった。人類は手っ取り早く、密閉型の植民地「コロニー」をつくってしまったから。

 ここは太陽系随一の軍需産業星域で、宙港の外にはいくつもの造船所や修理ドッグが林立している。そのほとんどすべてがムラカミ航業のもので、そのせいか宙港に流れるCMホロのほぼ半数がその関連企業のものだった。

 しかも、目をつむっているにもかかわらず、手でつかめるように感じ取れる映像と感覚が、たしかにここに、ある。

 眼の裏にうつるのは超光速船の銀色の機体、浮かびあがる真紅のM印――その船はどことも知れぬ銀河へとむけて虹色にうねる星波の頂にのりあげ、ダイアモンドの煌きを帯びた渦をまとい、華麗にライディングしている。

 こんなのを感じさせられると、掌の中心が熱をもって今すぐ船に乗りたくなる。星波のうねりを求めて、あの光の渦へと飛び込みたい。砕け散る飛沫の眩い光、おなかのしたに押し寄せる波のパワー、背骨が軋む推力と、やわらかくも硬くもなる星波の変化を全身で感じとる幸せ――

 これがムラカミ航業の仕事だってよくわかる。M印の船が他と違うのは、星族カスタムを知り尽くしたデザイン性だけじゃなくて、この、波に乗りかかったとき独特の高揚感なんだよね。ライディングが必ず成功すると予感する、長く太い腕にすくいあげられて胸にしっかりと抱きかかえられるような安心感。これが出せるのはわたしの知るかぎり、ムラカミ航業だけだ。

 それにしても、思考フィールドで強制遮断しないかぎりつきまとうこの共感覚CM、やりすぎじゃない? 

 いくらムラカミ航業が事実上銀河連邦最大の星間企業で、今ではその総帥が「星帝陛下」って呼ばれる身分の人だからって、限度がある。

 ほんと、義父の一族はこの戦争で成り上がったよなあ。

 地球主導で起ちあがった新連邦も連邦軍も、ただでさえ他の星族に評判が悪い。   そんななか、「星帝陛下」なんて汎人類規約に反するような位を持ってくるってどうなんだろ?

 わたしにはもう、あんまり関係ないけど。

 大きく肩で息をついた瞬間、甘ったるいバニラビーンズに似た匂いがした。続いてキュルキュルとお腹が鳴るような音が聞こえて目をあける。隣に、トカゲに似たルスカ星人が座ってた。

 あ、やばいっ。これ星族差別だ。連邦の汎人類規約に違反する重大な罪だよね。

 でも、銀竜の「ガンちゃん」を思い出す。ペットと同じにするのは申し訳ないのだけど、わたしの最愛の生き物なのだ。

 正直にいうと、わたしはちょっと異星人って苦手。地球人と見かけが変わらない人たちなら別だけど、なんか緊張しちゃう。慣れてないだけだってみんな言うけど、そうなのかな。異星人嫌悪(ゼノフォビア)のままで配属されて、この先だいじょうぶか不安になる。

 エメラルド色の鱗におおわれた皮膚はホロで見たよりずっと綺麗。頭頂部よりすこし下、額にあたる部分には、《ルスカの雫》と呼ばれる第三の眼が突き出ている。実際は眼球ではなくて特殊な神経網の集積体。うっすらと濡れて息づいている剥き出しの柔らかそうな黄金の珠は、神々しいほどに美しい。

 わたしは吐息をつきそうになるのをこらえて、小刻みに震えて音をたてている紫色の斑点のある喉袋を見た。その喉袋より上、頭の天辺からあごの辺りにある金色のヒダヒダは、くしゅくしゅ加工のスカーフを巻いているみたいで可愛い。

 それに、この人の目は爬虫類っぽい縦目じゃなくて、まんまるい黒曜石みたい。その瞳をとりかこむ上下のまぶたは金色だ。瞳の色は個体差があるって聞いたけど、本当なんだ。

 高価そうな最新式の純白のジャンプスーツ。そこからのぞく鉤爪のついた手の皮膚は黄緑色だ。とすると成人女性かしら。平均体長データ一五〇センチよりだいぶ小さいけど……。

 わたしには星族の異なる人たちの性別をすぐに見分けられるほどの経験がない。地球にはそれほど多くの異星人はいないせいもある。

 地球はまだまだ異星人の受け入れには不慣れで――ほんとは非寛容で――それで連邦の他の星族から非難されてるんだよね。戦争の被害にあってないのに自分たちだけズルしてるって。ただ、地球は連邦の「生態系理想モデル惑星」に指定されていて、これを守るというお題目がある。

 そうはいっても、誰だって安全なところで暮らしたいのは当然で、入居基準のやたら厳しい地球はともかく、太陽系にはヒューマノイド型異星人が大挙して押しかけていた。

 「太陽系安全神話」は「星帝陛下」とセットになったシンボル幻想だって怜さんが非難してたけど、頭でそう理解しても現実被害がないのだから信じてしまいたくなるのが人間だと思う。そう言ったら、怜さんは薄い唇をむすんでうつむいてしまった。

 あああ。もう終わったことなのに、すぐ思い出しちゃう。忘れなきゃ。過去のことより今のほうが大事。

 きっと、この人も戦争から逃げてきたんだよね。ルスカ星人は一般にお金持ちが多いし、戦時特別法で手厚く保護されているから月の高級フラットに住めるって聞いたことがある。

 この人も、月に移住するのかしら。

 わたしと目が合うと、彼女はあわてて喉袋をひっこめた。「ルスカの喉袋」といえば不満の表明の代名詞なくらいだもの。

 ど、どうしよう……第一銀河語で挨拶したほうがいい?

「それ、とても、キレイ」

 いきなり話しかけられて瞬きした。ルスカ人の、ぎこちない第二銀河語。喉頭を手術してるのか、翻訳機を埋め込んでいるのかわからないけど。高くも低くもなく、さっきの第一銀河語のアナウンスみたく平らかだ。

「きれい?」

「あなたの、服」

 くりかえされて、キモノを着てることを思い出した。星帝陛下御用達のキモノ屋さんでわざわざ誂えた超豪華品。

 真っ青の、細かくしぼの寄ったシルクに、友禅っていう技法で「なずな」の花がたくさん描いてある。

 なずなってぺんぺん草のこと。なんだか地味な花だけど、こうして見ると花火みたいでけっこう可愛くて気に入ってる。それに、お父さんがつけてくれた名前だもの。

 お正月だし晴れ着になさいっておばあちゃんが着付けてくれた。振袖ってやつ。今後一生、着ることないかもしれないからホロも撮った。油断すると袖が床に着くらいの長さで扱いがめんどうくさいけど、帯も思ってたより苦しくないし、意外と着ちゃうと楽だった。ロングの巻きスカートはいてるのと同じだもん。靴は編み上げブーツだしね。わたしの受けた命令は、私服で宙港に待機で、軍機違反じゃないから平気。

「アリガトウ……」

 第一銀河語でお礼を返すと、その人はヒュウウウという口笛のように高い音を喉から発して首を左右にゆっくりと揺らした。

 せっかくなので第二銀河語で彼女の首のまわりのヒダヒダが可愛いと言った。ちゃんと通じたようで、

「アリガトウ、ありがとう」

 第一銀河語と第二銀河語でくりかえされたので同じようにしてみた。すると彼女は口を大きく開けて、今度はさっきより高い、風鈴を鳴らすような涼しい音を幾度もたてた。これは笑ってるんだと気がついて、わたしもつられて笑った。

 名前、聞いてもいいかな。

 ルスカ人の星族カスタムで名前を聞くのはタブーじゃなかったはずよね? なんなら、名前と端末のアドレスきいても平気かも。こっちから教えたら、こたえてくれそうだよね? 勇気出して聞いてみよっかな。

「あなた、軍人ですか?」

 その瞬間、胸のまんなかでプシュンと何かが潰れたような気分になった。嘘をつくことでもないから肯定すると、彼女は恐ろしいくらい真剣な目つきでこちらを見た。

「連絡船、ベテルギウス経由の、遅れていませんか?」

 今になって、さっきの第一銀河語のアナウンスがそのことを告げていたのだと察した。でも、わたしはそんなの聞き逃してる。自分に関係ないもの。

「連絡船の遅れ、詳細、わかりますか?」

 白目のない闇色の丸い目が見つめるのは、わたしの手のなかにある銅色の〈星〉、軍人のしるしの携帯端末だ。

 今ここで、軍事ネットワークにアクセスしてほしいってこと? 

 たしかに連絡船を警護する巡洋艦の位置情報がわかれば今どのあたりってわかる。でも。よく勘違いされるんだけど、軍人だからって戦況の全てがわかるわけじゃない。それに、もしもわたしがその情報を知っていたとしても、一般人には流せない。 

 さっきの褒め言葉も、このためだったのかな。嫌な考え方だけど、せりにいつも言われる。知らない人に話しかけられたら下心があると思えって。

「さあ、それは……」

 言葉を濁すと、ルスカ人はずいと身を寄せてきた。思わず上半身を後ろにひくと、その人は周囲から隠すようにして黄緑色の指に青い《ルスカの雫》をつまんでみせた。

 ウソ、買収しようっていうの?

「識別信号ないです。でも、本物。古いものだから、連邦に取られなかった。わたしの曾おじいさんのです。お守り」

 強烈に甘い匂いがした。さっきのバニラっぽい匂いは、この人がつけている、水棲生活をする星族が皮膚を守るためにつかう特殊ポリマーのせいなんだ。

「家族みんなで地球にいきます。オアフ島、知ってますか?」

「ええ、いいところですよ」

 士官学校の地球宿舎はダウンアンダー(っていう古めかしい呼び方が学生たちの間で流行っていた)にあったけど、チューブライディングにはやっぱりハワイが最高だ。兵科士官候補生のなかでもわたしのような鱗所持者(スケイラー)はスターライドの特訓のため、文字通りノースショアに放りこまれる。

 彼女がパクリと音のしそうな勢いで口を開いて、

「たいそう素晴らしいところです。それで、私の家族の乗った船が」

「失礼」

 紺色が目の前をよぎる。せり、だ。

 鞄を投げるようにしてベンチへ置いた。わたしと違って、彼は連邦軍の制服姿だ。誰が見ても優秀な連邦軍兵科仕官候補生らしい。このまんま新兵募集のコマーシャルホロにだって出れるくらい。っていうか、去年、出た。

 せりの場合、額の中央にある大粒のダイアモンドみたいな鱗のせいで、覚えられやすいんだよね。鱗占いでいうと〈額は天才〉だそうだ。俗信だけど、せりはイイ線いってる。

 ルスカ人女性はせりの顔とわたしの顔を見比べた。彼はその視線を煩わしく思ったみたいでまた鞄を左手に持った。

「なずな。行くよ」

 乱暴に手首をつかまれたせいで前のめりになる。振り返ってとりあえず会釈だけしたところでさらに強く引っ張られた。

「ちょっと」

「遅れるから急いで」

「せり、遅れるってそんな」

 手を振りほどこうとすると、痛いくらいに握りしめられた。もうっ、遅れるも何もないじゃないか。わたしたち、ここで指令があるまで待機中じゃない! 

 ベンチからそうとう離れてから、人の行き交う通路の真ん中でわたしは声をあげた。

「痛いから、はなしてっ」

「ばか、明らかな軍規違反だろ。あんな贋物なんかで買収されたらシャレにならないよ。なずなが若い女の子だから、なめられたんだ」

 せりは振り返りもしない。わたしを引きずるようにして足早に歩く。言い返そうと顔をあげたとたん、広い背中に目がいった。いつの間に、この子はこんなに背が高くなったんだろう――弟のくせに。

 きっと双子だから似てるはずなんだけど、悔しいことにせりのほうが数倍カワイイ。横顔なんて、あの人にそっくりだ。

 男の子は母親に似るってあれ、ほんとかも。いいとこ全部、持ってかれた気がする。お人形さんみたいに大きな目とかバサバサと長くて濃い扇形の睫とか上唇がちょっと薄くて下がプックリした色っぽい口の形とか、さ。

 わたし、お父さんに似ちゃったからなあ。奥二重だし、睫の長さはあるけどまばらだし、鼻は低くて丸いし、眉太いし……。

 ちっちゃな頃は、わたしが男の子だと思われてた。それを気にしたおばあちゃんが髪を伸ばしなさいって煩くて。けっきょく腰まで垂らしてた。でも、いまは切っちゃったからな。

 だいたい初対面の男女とも、せりの名前から聞きたがるんだよね。今だって、リュー人がせりを見下ろして通りすぎた。長い尻尾が揺れているのはご機嫌な証拠。異星人から見てもカワイイってどういうこと?

「なずなは誰彼かまわず信用して親切にしすぎるよ。こういう時代なんだから、気をつけろって何度も言ってるよね?」

「それはわかってるけど……」

 家族が乗った船が遅れてるんだから不安になると思う。あんまり言葉も流暢じゃなかったみたいだし、せめて第一銀河語が通じるインフォメーションセンターに連れて行ってあげればよかった。このキモノをほめてくれたのが、情報が欲しいためのお世辞だったとしても。

 だって、「家族が乗った船」の「遅れ」が何を意味するのかを、わたしは誰よりもよく知ってる。それは、せりも同じなはずだ。

「せり、どこかにレンズマンとかウルトラマンとかいないかな。謎の研究所がさ、極秘に開発してるの。それであのバケモノを一掃してくれないかな」

「なずな、それ俺しか分からないネタだから」

 せりが、呆れ声とともにようやく足をとめた。

 子供のころ、大昔の映画や本をおばあちゃんの家で見た。《災厄》以前の地球の史料は、竹内家が代々にわたって執念深く蒐集してきた貴重なものらしいけど、わたしたちにはただのオモチャだった。ふたりして、いつかきっと、こういうヒーローたちがこの戦争を終わらせて、行方不明になったままのお父さんを助けてくれると信じてたんだよね。バカみたいだけどさ。

「じゃあ、火星の大統領カーターでもジェダイマスター・ヨーダでもなんでもいい」

 笑って言ったのに、せりが眉間にしわを寄せてこちらを見おろした。

「なずな、まだそんなこと言ってるの? そんなのとっくに卒業しなきゃダメだよ。大人なんだから」

 そりゃ、軍人は特別待遇で仕官になったら年齢は関係なくオトナ扱いだけど、成人にはまだ二年ほど間があるよ。

「せり、大人とか子供とかじゃなく、妖魔はリヴァイアサンだのダゴンだのイクストルだのって名前つけられてるんだよ。こっちだって、ジェダイとかスーパーマンみたいなのが活躍したっていいと思うの」

「なずな、いいかげんにしなよ」

 せりが大きなため息をついてわたしの顔をのぞきこんできた。

「おまえのことは俺が守るから、心配するな」

 これからは、そうはいかないよ。

 そう、言いそうになるのを我慢した。

 せりはバカにしたけど、たぶんこの宇宙の大半の人がきっと、わたしと同じように思ってると思う。星族カスタムの違いで、その星ごとに神様とかヒーローとかは違うだろうけどさ。

 神様、どうか。

 どうか、助けてくださいって。

 あのバケモノを退治してくださいって。

 まあ実際のとこ、神様もヒーローもいないから、それって、軍人のわたし達の役目なんだけど。

 でも、この戦争は「戦争」って呼べる代物じゃない。

 汎人類規約に加盟する銀河系のありとあらゆる星族の平和的集合体の連邦は、未知の生命体である妖魔に負け続けている。  

 負けている、という言い方はカッコツケすぎてるかもね。だって、妖魔は星波に乗って押し寄せ、ニンゲンを食い散らし、時にその心を操り、文明という文明、星という星を破壊し続けているんだから。

 このままでいけば、銀河系の未来はない。

 誰もがそう思ってる。

 今この瞬間だって、どこかの星で妖魔による殺戮が行われているんだよね。

「なずな。だいじょうぶだよ。おまえのことは俺が守る。同じ船の同じ部隊に配属されるはずだから何も心配するな」

 わたしの無言にせりがひよって、さっきとは違う優しい声を出してきた。そんな弟のことばは無視するにきまってる。

「せり、ナジュラーア星人たちはどこに行ったと思う?」

「なずな!」

 彼らの名前は禁句だった。

 ナジュラーア星人――この宇宙の、知られている限りではいちばん長命で、賢いとされてきた人びと。自ら全銀河系の「御親(みおや)」と名乗る彼らは妖魔の襲撃を前にして逃亡したの。

 それはひどいやり方で。

 観光客、研究で訪れていた人たちを置き去りにして、彼らは【門】を閉めて、自分たちだけ宇宙の彼方へ去っていった。

 わたしたちの父親、宇宙古生物学者の竹内秋人(あきと)も犠牲になった。調査団の一員として出かけたまま帰ってこなかった。

 わたしは、ナジュラーア星人を許せない。自分たちだけ助かればいいと逃げ出した「全銀河系の御親」……。

 そんなことがあったせいか、今現在、笑えないレベルで銀河系は危機に瀕している。

 年始にあたり、連邦の思考機械エピクトが正式に発表したところによると、   昨日現在、連邦に加盟していた約五分の一の惑星が壊滅。

 絶滅星族は百十三を記録。

 銀河系の動植物を含む生態系の被害状況不明……。

 わたし達は、ちょっとでもスターライダーの素質があると判断されると、すぐにも強制的に徴兵される時代を生きている……それが、現実。

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