第4話 茶室


 はたと気がつけば、わたしは怜さんを従えるようにして自分が先に歩いていた。クラブにいる人たちは、節度をもった視線でわたしたちを見送ってくれた。わたしはともかく、怜さんは有名人だ。しかも銀竜のケージを手に提げている。かなり目立つ。居心地の悪さに緊張したところで、怜さんが隣に並んだ。

「どこに行きますか?」

 考えてもいない。大尉が出て行くといったのはそういう意味だったのだ。困ったと思ったところで声がかかる。

「歩くというお話とは違ってしまいますが、よろしければ茶室へ行きませんか」

 うなずくと、穏やかな笑顔と出会う。あんなこと言われたのにちっとも怒っていないみたいに見えた。それとも、隠しておいでなのかしら。

 ふたつある茶室のうち広間のほうは先客がいたので、わたしたちはもう一方へと場をうつした。彼の姿を見かけた係りの人が炭の様子を見て、さっと火を直してくれた。ケージを預けおえた怜さんが振り返る。

「僕が一服さしあげましょう」

 そんなこと滅多にないだろうから、ご馳走になることにした。それに自分が亭主では緊張しすぎてとんでもない粗相をしそう。

 それでも、四畳半の室内に押し込められても気詰まりにならないのは、お茶室のせいかもしれない。柱にかかった竹の花入れには紅白の椿があった。経費不足なのか何なのか、本格的なお正月飾りではないものの、初釜がかかる時季らしいしつらいではあった。

 そして、茶道口に座ってあいさつするお顔は真剣に見えた。

 一期一会。

 この機会を一生に一度のこととして誠意を尽くすこと。

 わたし……そう、できてない。

 お湯の沸く松風の音を聞きながらうつむいていると、

「強引にお誘いして、悪かったですね」

 怜さんが所作の手を休めることもなくそう口にした。

「いえ、そんな、待機中ですし……」

「ユーリに言われて気がつきました。あなたにふられてしまったので、僕はだいぶ弱気になっていたようです」

「すみませんっ」

 床に頭をこすりつけたいほどだったけど、怜さんは楽しそうに笑ってこたえた。

「それについては謝ることではないでしょう?」

「そうかもしれないですが……」

 そこで、畳を摺足で歩く音がした。茶道口に小さなロボット、ううん、博物館で見たことがあるキモノを着たお茶坊主のカラクリ人形がいた。江戸時代の品物だ。それは目を丸くしたままのわたしの膝前にしずしず歩いてきて懐紙に乗った金平糖をさしだしてくれる。顔をあげると、怜さんが微笑んでいる。

「実はこれをお見せしたくてクラブにお誘いしたのです。茶運び人形はお客様が飲んだお茶をさげることもできるのですが、それができなくともなかなか可愛いですよね?」

「はい、とっても!」

 展示物としては見たことがあるけど、これ、どういう仕組みになってるんだろ。顔を近づけると怜さんが苦笑交じりで、

「触ってもいいですが、あちこち傷みがきていますので慎重に願います」

「いえ、不調法者なので遠慮します」

 わたしはぴしっと背筋を伸ばす。

 茶筅のたてる音に耳をすましながら、色とりどりの金平糖を半分だけいただいた。それから、炉の脇に出された茶碗を取りに立つ。四畳半だけど、お人形をよけるには膝行より立ったほうがいい。丸みのある黒楽茶碗はすんなり手におさまって温かかった。

「頂戴いたします」

 心をこめて頭をさげた。

 こんなに甘いお茶を飲んだのはこれが初めて。三口半で飲み終えてしまうのがもったいないくらい。

「わたしが点てましょうか? それともご自服なさいますか?」

 お茶を飲んだら気持ちが落ち着いたらしく、問うこともできた。

「せっかくだから点てていただきましょうか」

 わたしは茶碗をもって、そのまま場所を交代した。お菓子はわたしの残りで申し訳ないけど、それを召し上がっていただくことにする。

 お茶を飲み終えて、怜さんが言った。

「なずなさん、僕は言わなければいけないことを言わないで、どうでもいいことばかりあなたにお伝えしてしまったみたいですね」

 わたしはお茶碗が返ってこないのでやることもなく、ただ点前畳に座って彼を見た。

「あなたはきっと、双鱗所持者として結婚を申し込まれたと思っているのでしょうけれど、それは誤解です。それをあなたにちゃんとお伝えしなかった落ち度は僕にありますが、そこは汲み取っていただきたいのです」

「ええ、わかりました」

 わたしがそうこたえると、彼は小さく苦笑した。

「どう言ったらいいのかな、つまりですね、そういった理由ではないことで、村上のおば様、つまりあなたのお母様のお話をお受けしたのです。ユーリだったら棚からボタ餅、渡りに船、火事場泥棒とでもカモ葱とでも言うようなものです」

 えっと、ここは笑うところ? 怜さんのお話ってとっても反応に困る。

「ああ、すみません。また、つい余計なことを言いましたね」

 怜さんはこちらを見ていない。あいた茶碗の内側を見つめている。

「怜さん?」

「ふられてから言うのは大変間が抜けているのですが、なずなさん、僕はたぶん、あなたを好きなのではないかと思います」

「……思いますって言われましても……」

 不遜なことに、怜さんの言葉にわたしは憮然とした声でそう返していた。しかもそれを聞いても怜さんは遠慮なく声をあげて笑っている。

「僕もたいがい失礼な奴ですよね?」

 あー、なんでこう、こたえづらいことばかり聞くんだろうなあ、この人は。

「いえ、失礼とまでは申しませんが、それくらい自分で決めていただきたいです」

「じゃあ、なずなさんは?」

 怜さんの両目が猫のように光った気がした。

「なずなさんは、僕のことどう思いますか?」

 そ、そんな目をキラキラさせて聞かなくても……。

「それは、ええと、立派な方だと思ってます」

 思わず畳の縁を見てしまう。

「そうですか。立派というのは少しよそよそしいですよね。距離がある。じゃあ僕はなずなさんにとって結婚や恋愛の対象にはなってなかったからふられてしまったという判断で、間違っていませんか?」

「え……」

「もし間違っていたらどのあたりが違うのか教えていただきたいのですが」

 真剣な表情で詰め寄られた。

「あ、あの、怜さん、ええと、火星の研究所の話をしませんか? わたしの進退についてを」

「それはよしましょう。僕に命令する権限がないわけではないですが、ユーリの言うようにそれは「感心できない」やり方です。彼の言うことはたいてい正しいです」

「それはそうかもしれませんが」

「それで思い出しましたが、僕は女性と付き合うのが銀河大学の学生寮でも一二を争うほど下手だとユーリに言われていました。付き合うのがと言いましても、僕はなずなさんと一度デートしただけで、他の人と交際したことはありません。もっと言えばあなた以外の人と交際したいと思ったこともありません」

 あ、今のはチョット嬉しかった。

「僕は七歳のときにいきなり皇子殿下なんてものに祭り上げられてしまったので、僕の社会活動やその他は、世の中の多くのひとたちとはかなり違っているとは自覚しています。それは、あなたの弟さんのせりさんにも指摘されました」

「せりが?」

「ええ。僕はあなたとは三度しか会っていないのに、よくよく考えると彼とは五回ほど会っているのです。今日だって彼のほうから通信をもらったりして、おかしなものですね」

 不思議そうに首をかしげる怜さんの言葉に、わたしも首を傾けた。

「あの、わたし、怜さんにお会いするのはこれで二度目なのですが」

「え? そんなことはないですよ。ナジュラーア星の軌道衛星上の簡易フラットで一度、お会いしてます」

 ナジュラーア? 

「ああ、覚えていないのですね。僕はもう七歳でしたけど、あなたはまだ三歳になっていませんでしたね」

 わたしの、最初の記憶。それは、お父さんの宇宙船で見た映像。

 ナジュラーアに襲い来た妖魔の群れ。逃げ惑う人。燃え上がる都市。悲鳴と恐怖と、逃げていったナジュラーア星の人々への呪詛の声。それを嘲笑うように、七色の翼を広げて歌う堕天使の姿……。

「それ、正確にはいつのことですか? あの、どこで、どこのこと? 他に誰がいましたか? 教えてくださいっ」

 わたしは気がつくと彼のそばに座って、その腕をつかんでいた。淡い鳶色の瞳が、大きく見開かれている。

「あ……」

 白いハンカチをさしだされ、びっくりして後ろにいざった。やだ、泣いた? 泣いたの、わたし。

「正確には、四八六年十一月十三日のことです。僕はその夜、喘息の発作を起こしたせいで家族と地球に戻ったので間違いありません。あの後すぐに妖魔の襲来があって、あなたたちがあの星から無事に脱出できたのは、本当に奇跡的なことでした……」

 わたしは糊のきいたイニシアル入りのハンカチを受け取らず、袂に入れておいたガーゼのそれを取り出した。ガーゼが好きなの。軽くてやさしいから。

「わたしの最初の記憶は、ナジュラーアに妖魔が押し寄せてきたときの様子です。たぶん、星間軍事放送で見たのだと思いますが、地獄のようでした。人の叫び声と建物が崩れる音に被さるように、魔王の降臨を告げる七色の翼を広げた堕天使の高らか歌が響いて……。

父は、わたしたちを脱出ポッドに乗せて、自分は船に乗ってナジュラーアに降りようとしました。おっしゃるとおり、わたしたちはと母はたまたま巡洋艦があの一帯を航天中で助かったのです」

 その巡洋艦の艦長が、七年後、義理の父になるとは思いもよらなかったけれど。

 気がつくと、目の前の人は眉根をきつく寄せていた。そして、さっきまでと違う、こわい声できいた。 

「その記憶に間違いはないですか?」

「はい」

「……ナジュラーア星の壊滅は今現在も最重要機密です。当時の映像が民間に流出することはありえない。勿論、この僕でさえ見たことがない」

「え」

「確かに連邦の《エピクト》がナジュラーア星の壊滅の事実と彼らが犯した愚挙については公にしました。ですが、それは今現在も文字によってしか明らかにされていません」

「そんな、だって……」

 あれは、じゃあ夢? ううん、違う。そんなこと、ない。

「非常に詳細な被害データは《エピクト》によって開示されています。ですが僕の知るかぎり、七色の翼の妖魔のデータは」

【レイ、そこまでだ】

 耳覚えのある声は、先ほどのユーリ・ヴェルンハージュ大尉のものだった。

「ユーリ、盗聴したと言うようなら絶交する」

 怜さんが、聞いたことのないような声で凄んだ。

【それを言うならデバガメってやつだ。この執務室から茶室の様子が見られるってことも知らないのか?】

 それを聞いた怜さんの肩がすとんと落ちた。

「その部屋から見えるとは知らなかったよ」

【相変わらずだな。ともかくそれは禁則事項だ。危ない橋は渡るなよ。ただでさえ零部隊に睨まれてるんだ。出世に響くぞ】

「そっちこそ、なずなさんたちを危険な遊びに付き合わせようとしたくせに」

【ばれてたか】

「僕がそんな無茶を通すわけないじゃないか。いつもいつも見逃してやるわけじゃない」

【覚えておく。くりかえすが、危ない真似はするな。私とは立場が違うことを忘れるなよ】

 怜さんは額に手をあてて、了解とこたえた。

 わたしの涙も止まってしまっていた。

 彼はしばらく目を閉じて何か深く考えていたようだったけれど、ふいに瞳をあけてこちらを見た。

「なずなさん、僕があなた達に初めて会ったのは、あなたとせりさんの七五三のお祝いパーティーです。竹内博士はナジュラーア星が実質的に初めて受け入れた惑星調査団のリーダーのひとりで、僕の父を含めた地球特使たちとの親睦会というのが名目でした」

 彼はそこで、ちょっと言葉をとめて笑った。

「僕はあなたのことをよく覚えています。というより、あなたのホロを見せてもらって記憶が甦ったというほうが正しいですね。ホロのあなたは僕の記憶とまるで違って、いかにもお淑やかなお嬢さんといったようすでした。ですが、僕はそうじゃないあなたを知っていると思い出したのです。あのときせりさんは羽織袴ですましていましたが、あなたは今みたいな晴れ着姿で走りまわっていて、僕と違って人見知りもしないし、明るくて元気で眩しいように思ったんですよね」

 あ。なんか、思い出してきたような……。

 そうだ。たしか、たくさん人がいて、いつも父とせりとしかいなかったから嬉しくって、騒ぎまくって、後で母親とせりに叱られた。

そうだ。母親がいた。竹内のおばあちゃんがキモノを持たせてくれたのを母親に着付けてもらったんだ。忘れてた。

 ああ、忘れてたよ。

 お母さん(、、、、)。

 嬉しかったのは、お母さんがいたからだ。かまってくれたからだ。

 思い出した。思い出せた。よかった。ちょっと恥ずかしいけど、そうだ、そんなこともあった。

 わたしの最初の記憶は、七五三のお祝いパーティー。

 わたしと弟が年を重ねたことをお祝いしてくれる人がたくさんいたってこと。両親揃ってお祝いしてくれた特別な日。

 これなら、この先どうにかなりそう。

 うれしい。

 涙が出そうだけど、泣かない。

「ありがとうございます」

 わたしはその場できちんと両手をついて頭をさげた。それからゆっくりと顔をあげ、偽らぬ気持ちを述べてみた。

「なんか、戦えそうな気がしてきました」

 怜さんの、二重の目が大きくなった。

「なずなさん?」

「今のお話で気持ちが落ち着きました。ありがとうございます」

 戦えそう。前より、生き抜きたいと思う。自分の生にしがみつきすぎても上手に戦えなくなりそうだけど、死を見つめ続けるだけでもダメな気がする。

 今、生きている。

 生まれてきたことを祝ってくれた人がいる。

 だから、だいじょうぶ。

 怜さんのことを覚えていなかったのは残念だけど、今、こうして会えた。

「なずなさん」

 気がつくと、怜さんの顔がすぐそばにあった。え、と、このシチュエーションて。

「僕があなたを好きだと言ったら、今ならなんてこたえますか?」

「そ…そういう仮定の話はわかりません」

「じゃあ、あのとき何故、僕ではなくて祖父に断りを入れたのですか?」

「それは公式なお約束で……え、と、どうしてそんなこと聞くんですか」

「責めているわけではなくてですね、僕は少し期待しているから、あなたに意地悪なことを言っているのだと思います」

「はい? あ、あのとにかくこの話はここでやめませんか?」

「僕はやめたくありません。休憩時間、あと少ししかありませんし」

「あ……」

「僕があなたに聞きたいのは、僕のことを少しは気にかけてくれているかどうかです。一度ふたりで会ったとき、僕はあなたが僕を好きでいてくれているような気がして、それですっかり安心してしまいました。仕事を言い訳にするのは卑怯ですが、ゴタゴタしていましたし、正直自分のことだけで手一杯であなたのことを考える時間がありませんでした。

いえ、それは正確な言葉ではありませんね。あなたのことはずっと想っていました。でも、あなたを思いやることができませんでした。それは本当に申し訳ないですし、我が身が不甲斐ないです。そのことは幾らでも謝罪します。あなたが許してくださるまで頭を下げるつもりです。

 僕はユーリみたいに察しのよいタイプではないですし、弟のせりさんのようにあなたの傍にいてあなたのことを何でも理解しているわけではありません。ですからどうか、教えてほしいのです。僕のことなど少しも気になりませんか?」

 そんな真剣に聞かれて、わたし、どう言えばいいの? そんな……困るよ。困る。こまるっていうか、だって、その……

 どうしようもなく気まずくてうつむいていると怜さんが嘆息した。

「……また、あなたを困らせてしまったようですね。すみません。もう諦めます」

「え」

 怜さんが膝を起こして立ち上がる。

「僕は船に戻らないとなりません。なずなさんの竜は船内で飼えるように検査しましたし、上にも許可を取っておきました」

「あの、でも、地球なら、陛下のおそばなら安全だからと思って」

「なずなさん」

 立ち上がったわたしの肩に怜さんが手を置いた。

「あの竜は、この銀河系のみなが一番に安全だと思う地球より、あなたのいるところが一番いいと思っているのです」

 それは、わかる。でも……。

「それに、地球や太陽系が今のところ安全なのは星波の襲来が少ないというだけのことです。星帝制度なんてものとは関係ない。それはただ、迷走する連邦議会をまとめあげるための必要悪で、戦時特別法の魔法みたいなものです。それは、僕が一番よく知っています」

 わたしは何も言えなかった。初めて会ったとき、殿下と呼ばないでとお願いされた。そのときの顔がほとんど泣きそうに見えて、あのときからずっと、気になったのだと思う。

「それではお元気で。ご武運をお祈りしています」

 肩から手が離れて、怜さんが背中を向けた。ここの片付けは人を頼みますと、続いた。

 どうしてこの人は、肝心なことを言わないんだろう。ううん、それはわたし? わたしのこと。

「怜さん、わたしっ」

 立ち上がろうとして、長い袖がお茶坊主を倒した。あ、と思うまもなく頭がもげて、転がった。怜さんとふたり、それをみて固まった。

「……ごめんなさいっ!」

 旧世界の、大切な文化財を壊してしまった。大事にだいじに受け継がれてきたものなのに、わたしの不注意でダメにしてしまった。どうしようどうしようどうしたらいいの。

「お気になさらず。形あるものは壊れます」

「でも……」

 こわごわと手を触れようとすると、怜さんがわたしの横に膝をついた。泣きそうになっていた。思いきり泣いてしまいそうだった。なにが悲しいのかわからないけど無性に泣きたかった。けど、隣には怜さんがいる。泣くのは恥ずかしいしみっともない。この人の前ではそんな真似したくない。だから我慢して、うつむいて茶坊主を見下ろしていると、すぐそばで声が聴こえた。

「髪、短くされたんですね」

「え」

「僕のほうがずっと長いくらいだ」

 微笑が、あった。

「怜さん……」

 わたし。

 わたしは、たぶん。

「怜さんは、髪の長いひとほうが好きなんですか」

 髪を切ったのは、お断りをいれた日だ。怜さんはわたしにふられたって言ったけど、わたしは、じぶんが振られたと思った。たんに双鱗所持者だから望まれたのだと。やさしくしてもらってとても嬉しかったのに、そのあと、お便りが来なかった。その日だけ気を遣われたのだと感じた。けど、

「僕は、そういうの、本当によくわからなくて……。こんなとき、あなたが喜ぶようなことも言えないし」

 瞳を伏せて口にするこの人がそんなごまかしをするとは思えなかった。そんなに器用だとも。

 だとしたら。だとしたら、

「怜さん、わたし」

 瞳が、あった。

 何かを待つように、乞うように、その唇がかすかに震えた。

「僕は……」

 その瞬間、帯にはさんでいた〈銅の星〉の振動が身体を叩くように響き渡り、目の裏に、炎のように輝く文字が閃いた。

【ベテルギウスへ直行せよ】 

 連絡船五隻大破三隻損傷、巡洋艦応戦後損傷、敵影捕捉失敗、ルスカ人負傷、病院船収容……様々な映像と情報が脳の中を目まぐるしく行き来して息ができなくなった。

 大破……!

 大破、大破、大破……なんて、こと……。

 気がつくと、わたしは怜さんに支えられるようにして立っていた。

「なずなさん、行きましょう。戦闘星域指定は解除されています。あなたの初仕事は、ルスカ人遺体の回収作業とその警護です」

「はい……」

「《ルスカの雫》を海賊どもに奪われてはなりません。僕は先に単機で出ます。あなたは新造艦〈ニケ〉号に乗ってください。

〈ニケ〉号は、スターライダーだけを集めた特別な船なのです」

 怜さんの顔はすでに軍人のそれだった。

 わたしは、機会を逸したのだ。

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