第54話 雨の中

「ヒナタさん! ヒナタさん!」


 カイくんが私を呼ぶ、アイエルが飛び去った後も私はただ立ち尽くしていた。そんな私を心配するように、カイくんは私の名前を呼ぶ。


「ヒナタさん……!」


「……」


 私はカイくんの目を見て、何も言えないまま、そのまま見つめる。

 そして、私はそのまま目を伏せた。直視できなかったのだ、彼の目を。


 私は、君を、不幸にした。


 その事実が、変えられない真実が私を苦しめる。

 でも、そんなこと気にせずに、君は私の手を取った。


「帰ろう……」


 私は君に、手を引かれる。なすがままに、今までと同じように。

 私はただ泣いていた。君の過去を今更、知ったから、あんなに君のことを知りたいと思っていたのに、いざ知ったら、罪悪感と悲しみが私の胸を満たしてる。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 そんなこと言われる資格なんて私にはない、何をしてあげられたっていうのか。

 何もしてあげられてない。

 私は、何も。


 ─────────────


 そして、なすがままに私はまたカイくんに抱えられて、自分の家の玄関へと帰ってきた。


「着いたよ、ヒナタさん」


 私は、そのカイくんの一言に、反応すらできない。そんな私に嫌気がさす。

 そんな自己嫌悪を抱えた私を見かねて、なのだろうか。

 カイくんは、鍵をかけ忘れていた玄関の扉を開けて、私の手を引っ張り、家の中へと連れていく。


「ご飯、食べよう」


 私は、思わず、カイくんの手を引いて止める。


「だ、大丈夫! カイくんは怪我してるんでしょ? 私がなんとかするから!」


 そう言って、私は台所に立つ、だが、台所に立ったはいいものの今までずっと、料理なんてしたことない、だから私はたった一言、だけ情けない声で言った。


「カップ麺でいい……?」 


 すると、君は笑った。


「大丈夫! なのである!」


 私はその笑顔のお陰で、一瞬だけ罪悪感や悲しみがほぐされる。

 でも、同時に無理はしていないのだろうか、という心配が私の心を支配する。そんな思考が私の心から離れない、もはや、影のように張り付いてしまっていた。


 そんな私のネガティブな感情と思考に、気がついたのか、カイくんは、私の隣に立つ。台所で二人、なにをするのかと思ったら、カイくんは手を洗い、失礼、と呟いて冷蔵庫の野菜室の引き戸を開ける。


「カイくん、何を……」


 カイくんは、大丈夫、と一言だけ言うと、まな板と包丁を用意した。

 そして、残っていた、長ネギを取り出すと、包丁でネギを刻み出す。


 まな板の上に置かれたネギが、どんどん刻まれていく。


「野菜が足りないであるからな、ネギがあったから、使うのである! カップ麺にはやはりネギが会うのであるよ!」


「無理しなくて──」


 私は、カイくんを邪魔するように、声をかけてしまう。が


「言ったであろう?」


 カイくんは、私を見つめて笑う。


「吾輩が好きで、やっていることなのである」


 それに、とカイくんは続けた。


「君が一人で抱え込むことはない、これは吾輩が始めたことなのである、でも、だからこそ──」


 カイくんの目が細くなり、一層、彼の笑顔に優しさが増した。


「ありがとうね……僕のために悲しんでくれて」


 その一言で、私の視界はまたぼやけた。やかんから甲高い甲高い音が聞こえてくる。でも私はそれを無視して、君の胸に飛び込んだ。


 これは甘えだ。でも、それと同時にもしかしたらこのハグが、厚かましいかもしれないが、君には必要かもしれないと思ったのだ。


 そしてこの言葉も。


「ありがとう……」


 こんな言葉じゃ伝えきれない、感謝をただ君の胸の上で顔を埋めながら吐き出す、貴方の心に少しでも染み込んでいくようにと願いながら。



 ─────────────



「いやぁ、お腹いっぱいであるな!」


 カップ麺を美味しそうに食べ終わった君は、そう言う。テーブルにお互い対面して着き、くつろいでいた。

 だが、私は切り出す。


「カイくん……本当に行くの?」


 本題を。ずっと聞きたかったことを。いや聞かなければいけないことを。


「……ああ、僕はアイエルを止めなきゃ行けない」


「どうしても……そうしなきゃダメなの?」


 私の言葉に君は頷く。


「アイエルはこの世界を滅ぼすつもりだ」


「そんなどうやって……」


 するとカイくんはテーブルの上にあったリモコンを操作してテレビをつけた。


 やっていたのはニュース番組、速報らしい。

 その速報ではニュースキャスターが、焦った表情で、現場を実況している。


「凄まじい炎です、こちら自動車工場なのですが、今日二時間前、突如として、原因不明の爆発が──」


 キャスターの後ろでは、炎に包まれる工場が映し出されている。


「ありがとうございました、加藤キャスター、このような爆発事故が各地で突如、同時多発的に起こっております、30分前、政府は何らかのテロの可能性も視野に入れているとして──」


「アイエルだ」


 カイくんは言う。


「これはアイエルの仕業なんだ」


「え、どうやって? だって今日はカイくんと戦って……」


 カイくんは、忌々しそうに眉を顰め、私に話してくれた。


「前に、クレナイ様が、人々の願いを通じて各地に、自分の息のかかった妖異を使わしていただろう?」


「うん……まさか、アイエルも同じことを……?」


「ああ、彼は、クレナイ様の残したその術を使っている。しかも妖異を送り込んでいるわけじゃない」


 カイくんは再びテレビ画面を見つめて言った。


「彼は、自分の光の槍を弾道ミサイルみたいに、送り込んでいるのさ」

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