第47話 奈落

「ここが……奈落」


 ジンドーの故郷、私の知らない世界。ここは夢の中の世界だと言うことは説明を受けた。つまりここは、この奈落は本物ではないということ。


 一体何の目的で、この世界を夢で再現したのか、アイエルの目的が私にはわからなかった。

 すると、唐突に、アイエルの声が天から降り注ぐ。


「これから、お前に記憶を見せてやる、とある男の記憶、コピーされた記憶をな」


「コピー? どう言うこと」


「俺は、写本するように、他人の記憶を写して覗き見る力があるんだ」


 そう、とアイエルは話を続ける。


「より深く愛するためにな」


「どういうこと?」


「愛する人の事を過去も含めて追体験できる、それは究極の理解だと思わないか?」


 私は何も答えなかった、でも、言いたいことはわかる。どんなに好きな人でも、知らない事や、きっと分かち合えない苦しみがあるだろう。


 それを知るということは確かに究極の理解、と言えるかもしれない。


「だから特別に、お前にも見せてやるってんだ、ジンドーの過去を」


「ジンドーの……」


 アイエルの提案に私は若干警戒した、この天使は、ジンドーの仲間を殺した張本人、何をされるかわかったもんじゃない。

 疑心暗鬼になった私は暗いぬかるんだ大地の上で、天を睨みつけた。


 おそらくどこかにいるであろう、アイエルに向けたつもりのその視線は、私の反抗心を反映させたつもりだった。するとどうやら、その視線はあの天使に届いたようで、はあ、と大きなため息が聞こえてくる。


「別に何もしやしねぇよ、ただ本当にジンドーの記憶を見せるだけだ、ほら、もう始まる」


 ざしゅ、土を踏む音、それが私の耳に入る。驚いた私は音のした背後へと振り返った。

 私の目に映ったのはやつれ果てた少年だった。黒い長い髪は目を覆い隠し、頬はこけ、ボロボロの洋服の上下をきているその子はどこか既視感を感じさせた。


「まさか、ジンドー……?」


 思わず、私は呟く、長い髪で目が隠れているためだいぶ印象は変わっているが間違いないジンドーだ。


 ザシュ、ザシュ、とジンドーは土をふみ、進んでいく。私を無視して。

 記憶の世界だからだろうか、ここにいるジンドーはいわゆる、立体的に映し出された映像のようなものだ、だからきっと実体はないんだ。


 ただ、記憶を再現されただけの世界に、私は干渉できない。という事なのだろう。

 とりあえず、私はジンドーの後をついていくことにした。自分でもわかりやすいというか呆れてしまうというか、この小さい少年がジンドーだとわかると私はアイエルに対する疑心を忘れてしまった。


 今、目の前に展開しているジンドーの過去に対して、関心を抑えれなかったんだ。

 しばらく追っているとジンドーは、丘を登って行く。暗く、なだらかな、湿った丘を。ジンドーは。やがで、丘の頂点にまで達した。


 丘の頂点に佇むのは一人の女性、星空の翼を背中に生やした、三つ編みの黒髪を持つ、白い肌の女性だった。


 漆黒のドレスを見に纏った彼女は、ジンドーに気がつくと優しく、まるで自らの息子が来た母親のように微笑んだ。


「君、来たのね」


「うん、ネクスさん」


 ジンドーにネクスと呼ばれた彼女は、ジンドーを愛おしそうに、見つめると、彼の頬を少し撫でた。


「ありがとうね、今日も来てくれて。またお話し相手になってくれるの?」


「うん! そのために来たんだ!」


 頷くジンドーは、そのまま話しをし始めた。今日の雨は寒いだとか、いつか雨が止むといいとか。そんな、何のたわいもない会話を、ネクスの羽で雨から隠れながらジンドーは話していた。


 ぬかるんだ土の上で、座り話す二人は親子のようでどこか微笑ましいと感じていた私は、異変に気がつく。

 次第にネクスと呼ばれた彼女がどこか物悲しげな表情を見せるようになったのだ。


「どうしたのネクスさん」


 楽しげに話していた、ジンドーもネクスの異変に気がついたようだ。話すのやめ心配そうにネクスの顔を覗き込む。


「……君は、やっぱり出ていきたいって思う? この奈落から」


 その言葉に、彼は、ジンドーは言葉が詰まった。そしてしばらく、うーんと、うなって腕を組みいかにも、悩んでいると言ったポーズを取る。


 そしてしばらくそのポーズをとったあと、ネクスに向かって微笑んだ。


「ううん、別に出ていきたいって思わないかな! ここには友達がいるし、ネクスさんもいるし!」


「そう……」


 その返事を聞くと、彼女はどこか悲しそうな目をする。しかしジンドーに気がつかせないようにするためだろうか、すぐにネクスは気持ちを切り替えるように、


「そう言ってくれて嬉しいな、私は」


 そう言ってジンドーにハグをした。


「ほんと? えへへ……!」


 照れくさそうに笑うジンドーは、ハグが終わるのと同時に立ち上がり、そして言った。


「じゃあ! みんなと遊んでくるね!」


「ええ、いってらっしゃい」


 雨の中、駆け出していくジンドーをネクスは見送る、その目線は母親みたいだと私は思った。

 そんなネクスはある程度までジンドーを見送るとジンドーに聞こえないように呟く。


「君はやっぱりここにいちゃいけない、■■」


 最後の言葉だけ、私は聞き取れなかった。

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