第46話 夢の中

 ここはどこなんだ、私は周りを見渡す、何もない白い空間、そこに私とアイエルは立っていた。


「よう、さっきぶりだな」


 飄々と、話しかけてくるアイエル。そんな彼に私は警戒心を一層強くして、睨みつけた。


「な、なんの用!?」


 精一杯、大きな声を張り上げてアイエルに対して強気に出る。

 威嚇にも似た私のその行為を目の前の天使は笑って受け流した。


「おいおいおいおい、そう気張るなよ。何もお前を殺しにきたとかそういうんじゃないんだ」


 そんな言葉、信じられない。


「そうか、信じられないか、物理的に殺せないって言ってもか?」


 私の考えを読んだのかそれとも、猜疑心が態度に現れていたのか、アイエルは私の思いを一瞬で汲み取る。そして、視線を泳がせるとパチリと指を鳴らした。


 すると白い空間は、瞬く間に変わる。

 何もない白い地面は盛り上がり、机や絨毯が現れ、白い空は、低くなり、木の天井や照明が現れる。


 そして私の四方には木の壁ができていた。

 どこかの家、それも木でできたシックな雰囲気の家の中に私はいた。


「なに……ここ」


「まぁ座れよ」


 アイエルは机のそばに置いてある、椅子に座るように私に促す。

 ここで逆らえば何をされるかわからない、私は恐怖から指示に従い椅子に座る。


 私が座ったあと、アイエルはどこからか、ティーカップを取り出して、机に置く。


「紅茶かコーヒーどっちがいい?」


「え?」


「紅茶かコーヒーかって聞いたんだ」


 選ばなければならないのだろうか、私は緊張しながら、若干震えながら言う。


「こ、紅茶」


「オーケー、コーヒーに決まった」


 アイエルは再びどこから取り出したのか、コーヒーポッドからコーヒーをティーカップに注ぐ。

 私の要求などまるっきり無視された。


 なんのために聞いたのかまるでわからない、目の前の男の奇行に若干私は腹を立てる。

 間違いない嫌がらせをしているのだ奴は。


「ああ、気にしないでくれ、これはただの腹いせだ、ヒ・ナ・タさん」


「……知ってた。」


 やっぱりそうかと目の前に出されたコーヒーに映る自分自身を見つめながらそう呟く私。

 さてと、と間を置き、アイエルは喋り始める。


「ここはな、夢の中だ。誰の? なんてクソみたいな質問はするなよ? 誰のでもいいし、誰のだったとしてもお前と俺には関係ない」


 重要なのはな、と言いアイエルはコーヒーを啜る。

 苦い、とぼやき、話を続けた。


「俺が、交渉しにきたってことだ、この誰かの夢の世界を使って」


 交渉? 私の頭の中に疑問符が浮かぶ何をしにきたのだろう、だが、私の答えはもう決まっている。


「い、嫌!」


「……まあ、そう言うなよ。ああ、寝てる時に勝手にこんな世界に連れてきたから怒ってんのか?! 悪かったなぁ! ちょうどさぁ、お前とジンドーを探した時に、お前の悲しみを辿って見つけただろ?

 その時、ちょうど俺とお前の間にもちょびっとだけ縁ができたんだよ! だからさぁ! そんなのができちまったから利用する手しかないだろう?!」


 ようは、都合よく、私をこの世界に連れてこれるから連れてきたということだろう。どこまでも勝手な奴。だが、アイエルは私の発言など気にせず話を続ける。


「嫌でも聞いてもらわなくちゃな、お前の愛する人に関わる大事なことだ」


 目の前の嫌な男は再びコーヒーを飲むと、もう飲めねぇや、と床にコーヒーをワザと垂れ流して捨てる。


「お前、ジンドーのこと諦めろ」


 息が詰まった。この男は、知っている。私の心の一番柔い部分を、見せたくない、まだ言語化できなかった部分を。


 私のジンドーへの恋心を。


「好きなんだろ? 奴のこと?」


 私は何の返答もできなかった。だが奴はそれを肯定と受け取ったようだ。やっぱりな、そんなふうに嫌みたらしく呟くと、


「お前、ほとんどあいつのこと知らないだろ」


 と言い放った。


「そんなことない……ジンドーは話してくれた、全部は知らなくても──」


「いいや、知らないね、あいつが何者でどんな苦しみを負っているのか」


 怒りを込めて、彼は言った。私に対して射殺すほどの視線を投げかけながら。


「あいつはな、幸せになるべき人間なんだ、本来は、こんなくだらないことのために命を浪費するべきじゃないのさ」


 そして彼はパチリと指を鳴らす。


 家が解体されていく。机は砂に変わっていき、椅子も座っている感覚がなくなってきているのを感じた私は急いで立ち上がる。


 天井もまるで風に吹かれた灰のように、細かな粒子となってバラバラに飛んでいった。

 そして最後に壁が崩れ去ると、再び何もない白い空間に戻った。


「見せてやるよ、あいつの人生を」


 アイエルはそう呟いて、再び指を鳴らした。


 白い世界が変わっていく。黒く、暗い空、ぬかるんだ黒い大地。何も見えない黒い地平線。

 そんなにも黒い、暗いということがわかっているのに、なぜか地面を空をはっきりと認識できる。


 それは降り注ぐ、雨が微妙な光を纏っているからだ。冷たくそしてどこか憂鬱な雰囲気を漂わせるその雨は、私の全身と、この黒い大地に降り注ぐ。


 何だここはひたすらに、ただ寂しい。


 すると、声が響き渡った。アイエルの声が。


「ここは、奈落、ジンドーの故郷さ」

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