第43話 ジーンとジンドー
「ヒナタさん……?」
星空の羽に包まれた内側から声がする、そして羽を広げて姿を現したのは私の知る、痩せたジンドーだった。
「ジンドー! よかった!」
部屋の中央で、腰を下ろしてうずくまるようにしている彼に私は駆け寄った、誰よりも会いたかった人に会えたのだ、気持ちが抑えられなかった。
そして気がつく。ジンドーの服があちこちが赤黒いことを。
いやでも関連づけてしまう、この畳に点々と広がる赤黒いシミとこの服の惨状を。
間違いない怪我をしているんだ。私は思わずジンドーに問いかける。
「じ、ジンドー! 大丈夫! これ! 血──!」
その時だった彼の左手が私の後頭部をそっと、撫でるように包み、引き寄せる。
私はそのまま彼の胸の中に頭を埋めた。
「じじ、ジンドー?!」
驚愕のあまり、ろれつが回らない私に対して、ジンドーは私を守るように羽を私に覆いかぶせる。
「なぜ貴様がいる」
そして、私は聞いた。ジンドーから発せられたとは思えない冷たい声だった。
誰に対して言っているのだろうと、ジンドーの胸元から顔を上げる。
ジンドーの顔はただ険しかった、よく見れば冷や汗もかいている。
しかも彼の目には尋常ならざる恨みつらみが宿っているような気がして、私は若干恐ろしくなった。
「ジンドー、相変わらず貴様は、可愛いな」
ジーンさんの声が聞こえる。
「そんな女に気をつかい、こんなところで一人、事件の解決を図ろうとしていた、全くお前は愛おしいよ」
「ヒナタさんに何をした」
「何も? 神に誓って。少しだけ、嘘をついた」
何の話なのだろうか、私はジンドーの胸の中で体を反転させ、ジーンさんに向き直る。
「ジーンさん、何を……」
「ジーンだと……!」
ジンドーが憤り、声を荒げた。
「お前、確か界ヒナタだっけ? おかしいと思わなかったのか?」
翼越しにジーンさんを私は見る。彼は私に軽蔑の視線を投げかけ笑う様に語り始めた。
「俺が、奈落の悪魔ならなんでこの世に存在しているのか疑問に思わなかったのか?」
「なんでってジンドーを探すために……」
そこまで言いかけた瞬間、私は思い返す。奈落の悪魔は、誰かの悲しみを糧に、この世に存在できる。
ジーンさんは誰の悲しみを糧に存在できているのだろう?
いやそもそも、なんで何の縁もない私を見つけ出せたのだろうか。
私は……今更気がついた。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。
なんで私は、彼を疑わなかったのだろう。
「ジンドーを探せる、その一言で、お前は馬鹿みたいに、食いついたよなぁ、あれは必死すぎて傑作だった。俺を疑いもせずに……ハハッ、バカ女が」
彼は嗤う、私を見て。
「じゃあ、貴方は一体なんなの、奈落の悪魔でもないなら一体……」
「いいよぉ、教えてやるよ、実際お前のお陰で、ジンドーも見つけられたしな」
ジーンは笑う、そしてしばらくしてつまらなそうにため息をついた後、言った。
「やっぱりやめた、お前のこと、嫌いだし」
瞬間だった。ジーンは手のひら私に、向ける。ジンドーの花と腕に庇われている私だったけど間違いなく、私に対してその手をむけている様に思った。
しかも向けているのは手だけじゃない明確な、敵意、殺意を私は感じ取った。
「ヒナタさん! 掴まってて!」
私の体は浮遊感に襲われるそして、轟音と共に、私は空を見た。
どうやらジンドーが屋根か壁を突き破って私ごと外に出たらしい。
そして、今度は耳をつん裂く様な不快な金属音に似た音が下の方から聞こえて来る、なんだと思って私は下を見ると例の平家の屋根が見えた。
その屋根を突き破ってきたのは赤い槍の様な光、殺意を形にしたかの様なその光の槍はジンドーをというよりはジンドーに抱えられた、私に対して向かってきているよな気がした。
ジンドーは私を抱えて簡単に、それを空中で躱すが、その光の槍は続けて三発、同時に扇状に飛んでくる。
「くっ!」
その光の槍の弾幕もジンドーは私を抱えたまま避けた、私のせいでこんなことに。
どうすればいいのか、わからないまま、ジンドーは続けて屋根を突き破って飛んでくる赤い光の槍を避け続けていた。
しかしそれもやがてピタリと止み、穴だらけになった屋根からはジーンが顔を覗かせる。彼の頭の上には先ほどまでにはなかった。光輪が頭の上に煌々と赤く輝いており、さらに彼の背中には白い純白の羽が赤い粒子を撒き散らしながら、展開していた。
そして彼はそのままフワリとジンドーと同じ高さにまで移動した。
「なぁ、俺はそれ以上お前の体を傷物にしたくないんだ、だからササっとその女を寄越せ、殺させろ」
ジーンが言う。まるで自分の物が傷つくのを躊躇する、コレクターかのような物言いに私は違和感を覚えた。
彼の目的は一貫して私とそしてジンドーなのだろうか。
「……嫌だね」
ジンドーは宙に浮かぶ波紋の中心から刀を取り出す。私を守るために、彼はまた戦ってくれるのか。
でも、ジンドー、貴方は怪我をしている。それは服の状態を見ればわかることだ。
そんな状態で戦えるはずがない。
だが私の心配をよそにジンドーは呟いた。
「大丈夫、ヒナタさん僕は……勝つから!」
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