第44話 ひとまず

「勝つから? はぁ….…」


 ジーンはため息をつく。つまらなさそうに、死ぬほどくだらなそうに。

 そして彼は、私を見つめると言った。


「そんなにいいのか? そのガキ」


 嘲笑する様に、自らの首を傾げコキリと、音を鳴らす。

 私はただ目に映るジーンはの恐怖をかんじていた。

 だが同時に、ジンドーへと心配と、自分がこの事態を招いたことへの罪悪感も胸の中に生じる。


「全く、その女は何がいいんだ? ソイツはお前に依存することしかできない、しょうもない女だ」


 ジーンの言葉は私を責める様に発せられた。

 依存、私が、ジンドーに依存?


「お前なしでは何もできない、自らの問題解決することも、自分の感情すらまともに調整できずにお前を必要としている」


 何も言い返せない自分がいた、確かに私はジンドーを必要としていた、ジンドーを必要としすぎていた。

 ジーンの言う通りだ、私は、ジンドーにどれだけの負担を……。


「問題解決……? ではやはりクレナイ様を焚き付けたのは……」


「ああ、俺だよ、ジンドー」


 ジーンは悪びれもせずそう答える。私はただ衝撃を受けた、つまり今までの騒動の元凶はこの男のせいだと言うことだ。

 なんのためにそんなことをしたのか。


 真意を探る前にジンドーはただ、私を強く抱きしめた。まるで私を守るように。


「ジンドー……!」


「なに、心配はいらないさ……吾輩は対して怪我はしていない」


「健気だねぇ、ジンドー・ビッグハッピー」


 ヘラヘラと笑うジーン。


「でもな、俺はそれが気に入らないんだよ、ジンドー」


 気に入らない、何が、と考えているうちにジーンは答え合わせをするかのように喋り出す。


「お前のその優しさ、それを当たり前に利用する奴がいる。お前のその健気さはお前を不幸にする」


 不幸、ジンドーが。私が関わろうとすればするほどジンドーの負担は増えていく。でも彼は優しい、だから何も言わなかった、いや、言わないでくれていたのかもしれない。


 本当はジンドーにも痛いとか、苦しいという気持ちはあったはずだ。

 そういえばと、私は思い出す、彼がお風呂場で倒れた時、全身に古傷の跡があった。彼は戦ってきたのだ誰よりも苦しい戦いを。


 当たり前に彼の優しさを利用してきた者として私はただ、力無く俯いた。


「関係ない」


「なに?」


「僕が優しさを振りまくのは自分のためさ、いつの時だって」


 ジンドーの言葉は力強かった。私の考え込んでいる、彼へ思いなど吹き飛ばすように。


「僕は、いつの時だって自分がしたいことをしている、今だって不幸だとは思っていないさ、僕は幸福だ」


 その言葉は私の心のどこかを、軽くするのと同時に、暗い影を落とした。

 私は、結局ジンドーの優しさに依存している。その事実が消えたわけではないから。


「そうかい」


 ジーンは、笑う。


「やっぱりお前は愛おしいな、ジンドー」


 そう言って、彼は羽を羽ばたかせ、さらに上空に飛んだ。


「じゃあな、今日はなんだか、戦う気分じゃない、また会おう、ジンドー。次に会うときはキッチリと満足いくまで話し合おうぜ」


「待て!」


 ジーンはジンドーの言葉に従うことなく、彼方へと飛び去った。残されたのは私とジンドーの二人だけだった。


「ジンドー……だめだよ! まずは治療しないと!」


「ヒナタさん……」


 私は彼を制止する。もうこれ以上戦う必要はないと思ったからだ、彼にはもう傷ついてほしくない。

 地を見下ろすと騒ぎを聞きつけて周りの住人が壊された平家を見にきている。


 ジーンの攻撃によって、若干の黒煙を上げていた屋根に注目して幸い私たちには気づいていないようだ。


「ジンドー、まずは私の家に行こう! ね! そこで一旦休もう!」


 彼を心配しての提案だった。咄嗟に出てきた、案だったがそれにジンドーは頷く。


「わかった……そうであるな」


 そしてジンドーもまた羽を羽ばたかせ、私の家の方角へと飛んでいった。


 ─────────────


 家に着いた私はまず、リビングに行き救急キットを取り出した。ジンドーは悪魔だ、とりあえず、病院に連れて行こうにも、保険証などはない。


 ここで、とにかく私の目に届く範囲で、休んでいてもらいたい。


「ジンドー、応急手当てを!」


「いや、大丈夫だよ、ヒナタさん」


「大丈夫って……」


 私は納得できなかった。

 今は羽を消しているジンドーの服にはやはり赤黒い、斑点がちらついていた。


 だから私の心配は消えない。

 私は食い下がる。


「でも……」


「大丈夫だよ、ヒナタさん、ほら」


 ジンドーは自らの服を捲り上げた、健康的な白い肌の彼の腹部が私の前に晒し出される。そこには傷の一つもない。古傷さえも。


「怪我はもう治ったのである」


 古傷が消えたこと、それを私は不思議に思ったが、でも同時に、沸き立つ感情に抗えなかった。

 彼の服がはだけた、いまの状況を見ているのがなぜか羞恥が勝った私は、


「そ、そっかよかった」


 と思わず目を逸らしてしまった。


「じゃあ服は……」


「これも吾輩の力で修復できるのである!」


 そう聞くともはや私にできることは休憩場所を提供することしかないようだ。

 なんの役にも立たない私は、歯痒さを覚えながらも、それでも彼が元気ならいいと思った。


「ねえジンドー……」


 ひとまず状況が落ち着いた、だから私は最もいま聞きたいことをジンドーに投げかけた。


「どうしてジンドーは私の目の前から姿を消したの?」

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