第16話 赤い着物

 ジンドーが遠くなっていく、やがて、ガシャンという音ともに、私は学校の外へと連れ出された。

 人面蜘蛛は窓ガラスを割って二階から外に出たんだ。


 浮遊感が私を襲う。

 だが、吐いた糸を伝って、一瞬にして蜘蛛は壁に張り付き、そのまま高速で校舎の壁を移動した。

 まずい誰かに助けを。

 だめだ恐くて声が出せない。


 やがて、蜘蛛は校舎の壁の端まで私を連れて運ぶと、跳躍した。

 近くの民家の屋根に着地した蜘蛛はそのまま、一本の腕で私を抱えたまま、再び民家の屋根を高速で動き、端まで来たら跳躍、そして別の建物へと移る、というのを繰り返して移動していった。


 恐怖で頭が回らない私でもわかった。


 どこかに私を連れて行こうとしてる。明らかに、最短でどこかに行こうとしているのだ。


 どこに? 知る由もないが少なくとも危険なところだということは確かな気がする。

 そうして私が考えを巡らせるうちに、蜘蛛は再び高く跳躍した。


 そして着地、その衝撃で私の目が回りそうになるが当の蜘蛛はそれがなんだと言わんばかりに、私を放り投げた。

 そして放り投げられた先には固いコンクリートの床の上、転げ回りはしなかったものの洗い着地で私は気持ち悪くなる。


 どこかのビルの屋上なのだろうか?

 改めて、周りを見渡そうとした時だった。


「よくやった」


 冷たい声がした。


「影蜘蛛、やはりお前は優秀だ」


 女の子の声。幼くて、綺麗で、冷たい。

 背後から聞こえるその声に私は振り向く。


 暗くて黒い艶のある髪、真っ白な肌、そして血に染まったような赤の着物。

 そんな私とおんなじくらいの女の子が目の前にいた。

 私を見下すその目線は、恐ろしいほどに冷たい。


 まるで、私をただの物としか見ていないようなその視線は、気持ち悪くそして、恐怖で私を縛った。


 だめだ、助けを呼ばなくちゃ。誰に?

 誰が助けてくれるの? 今の私を。何も思い浮かばない。何も。


「素晴らしいな、他の者なら腕の一本や、首でも切り落として連れてくるところを、無傷でこれか」


 何を言って……。


「おい、贄、たしか界ヒナタと言ったか?」


 贄? 生贄ってこと? 私が?


「贄の分際でここまで手を煩わせたのは貴様が初めてだ、我に偽物の生贄を掴ませたのには驚いたぞ」


「な、なんの話……ですか」


 さっきから何の話かわからない、私はただの人だ、ただの人のはずだ。


「違う、貴様は私の贄だ、界ヒナタ、生まれた頃から決まっていた決まっていたはずなのだ」


 考えが読まれた……! やっぱりこの子も人間じゃない。


「だ、誰がそんなこと決めて……」


「約束しただろう、貴様の何代も前の先祖が」


「そんなの私は知らない!」


 私は思わず、声を少しばかり荒げた。そんなことで、私を贄にするなんて理不尽だ。


「こちらからすれば、理不尽なのは貴様らの方だ、一方的に約束を破った挙句、偽の贄を用意したのだからな、しかも抜け殻の肉を」


 だから、と着物の少女は私に触れる。私の顔に触れた彼女の右手はひどく冷たかった。


「食い直しだ」


 あ、いけない。殺される。確信してしまった。この女の子は私を殺すためにここに呼び出したんだ。

 怖い、怖いよ、助けて──。


 ジンドー……!!


 瞬間、背後から風を感じた。感じたことのない、勢いの風、爆風というのは、多分こんな風のことを言うのだろう。


 だが、そんな風もすぐに収まった。そして、私は背後を振り返った。


「影蜘蛛!」


 赤い着物の少女がそう叫ぶ。振り返った先には、刀に貫かれた、人面蜘蛛、そして刀の持ち主は、私が待ち望んでいた人だった。


「ジンドー!」


「待たせたのである! こいつ気配を消すのがうますぎなのであるな!」


 ジンドーが人面蜘蛛から刀を一気に引き抜くと、蜘蛛はそれで死んでしまったのか、ガクリと糸が切れた人形のように、倒れた。


 そしてすぐさま、ジンドーは、跳躍して私の前に降り立った。


「貴様……!」


「これはこれは、お初にお目にかかる。神であるか? 君は?」


「軽々しく話しかけるな。不愉快だ」


「知人をさらっておいて、随分と不遜な奴であるな」


 ジンドーは赤い着物の女の子を目の前にしても、まるでその異質な威圧感をものともしない。

 それどころか、


「君は一体何者なのであるか? なぜ、界さんを狙うのである?」


 悠々と質問し始めたジンドー。それを見て、さらに苛立ちを見せる赤い着物の女の子。


「影蜘蛛を殺した、挙句。私に二度も同じ話をさせるつもりか?」


「なるほど、界さんに話したのか」


「ああ、話したぞ、何もわからぬまま死ぬのは酷だと思ってな。私は慈悲の神だ。優しいだろう」


「本当に優しいのならば、もう刺客を送らないでほしいのである」


「無理だ、その者は既に私の物だ」


「なるほど、弱小の分霊しか創造できぬ矮小な神らしいな」


 その一言で、ピシリと空間に緊張が走った。


「貴様、何と言った」


「何度も言おう、矮小なる神よ、手を引け。でなければ吾輩、ラフメイカーが貴様を消すぞ」


「ラフメイカー? ふん、貴様こそ死に損ないの悪魔の分際で!」


 空気が変わる、敵意や殺意が女の子から溢れ出した。私でもわかる、私たちに危害を加えるつもりだ。



「遅い」


 その瞬間だった、赤い着物は真っ二つに切り裂かれる。少女はジンドーによって切り裂かれたのだった。


「祓い、完了である」


 ジンドーは刀を担いでそう言った。

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