第15話 蜘蛛

「まさかこんな短期間で連続で襲ってくるとは、予想外なのである」


 瞬時に太っている姿から、痩せた戦闘体勢に、姿を変えるジンドーをみて私は一瞬の安心から息を吐く。


「ジンドー!」


 私は縋るようにジンドーの名前を呼んだ。するとジンドーは私に向かって微笑みかける。


「安心するのである、まぁ気配を感じなかったのは、驚いたが」


「それ以外は問題ない」そうジンドーは言った。

 問題ない、安心させるために言ってくれているのだろうが……。

 私は再び目の前の化け物を見る。おぞましい、八つの人の手を持つ人面の蜘蛛とでも言えるこの化物の前でその言葉は私にとって無意味だ。


 ただ、ただ恐くて仕方がなかった。だから私は思わず目を背ける。

 ただの現実逃避でしかないその行為でも、恐怖を紛らわせるのなら私には有効だ。

 しかしその瞬間だった。蜘蛛が喋り出したのは。


「見つけた……」


 今までの化物よりもはっきりと、そして確かにそう言った。

 私に対して、そう言ったのだろうか。

 わからない、だが一つ言えることは。


 私は思わず、目を開く。

 一つ言えることは、人間大の人面蜘蛛のその長い髪向こう側、の瞳がぎらりと悪意で光り輝いたと言うことだけだ。


「う、あ……」


 情けない私はそんな声しか出せない。その様子をみて人面蜘蛛はニヤリと笑った、気がした。

 そしてその長い八本の腕を忙しなく動かし始め、突進してくる。


 私たちの方に向かって。


「させると思うのであるか?」


 瞬間ジンドーの手のひらの何もない空間に水のような波紋が発生したかと思うと、彼の愛刀が呼び出される。


天涙てんるい


 そう呼ばれるその刀を振りかざし、ジンドーは突進してくる人面の蜘蛛に向かって振り下ろした。

 だが蜘蛛は怯むことなく突き進む、そして、ジンドーの刀と、蜘蛛の腕の一本がぶつかり合った。


 ─────────────


 ジンドーは内心疑問で溢れていた。

 なぜ、このような事態が起こったのか、理由がわからなかったからである。


 彼自身全く持って油断をしていたというわけでは断じてない。

 スターランドの一件いこう、ジンドーは細心の注意を払い、警戒していた。

 元々、気配というものを広範囲に感じ取れるジンドーは、今日、学校という場であっても、ジンドーは決して油断はしていない。


 もし、何かの人外のものの気配を感じ取れば、すぐにでも、界ヒナタを逃す。そのつもりであった。


 ──界さんには、極力、こんな怪異とは無縁で生活してもらいたかったが!


 だが、そうもいかないようだ。

 実際ジンドーの目の前には、ジンドーの刀を受け止める化物かいる。これは、界ヒナタと怪異が切っても切れない縁にあることの証拠のようにジンドーは感じた。


 ──なぜこいつはここにいる! なぜ吾輩は何も感じなかった!


 考えている暇はない。

 人面蜘蛛は姿勢制御のための腕を4本残して、他の腕をジンドーに向かって伸ばした。


 以前、ジンドーの刀は化物は片腕に捉えられている。それゆえに好機とみたのだろう。化物は攻撃に転じたのだ。


 だがジンドーは冷静に刀を両手から、片手に切り替える。

 ちょうど空いた右手に再びどこからともなく水滴が落ち、水面でもない空間に波紋が起こった。


「ハートブレイカー」


 そう、つぶやいたジンドーは瞬時にその波紋の中から、純白のレバーアクションライフルを取り出す。


「?!」


 人面の蜘蛛は驚き、咄嗟に身を引こうとするが、しかし──。


「遅い……!」


 数段、ジンドーの方が速かった。狙いをつけられ放たれた、レバーアクションライフル、ジンドーがいうハートブレイカーという銃から放たれた弾丸は蜘蛛の体を裂いて、貫通した。


「ぎゃああ!」


 転げ回る人面蜘蛛、その隙にジンドーは刀を振り上げる。

 しかしトドメの一撃を食らわせられることを察した蜘蛛は、ジンドーに顔を向けた。


 そして、頬を膨らませたかと思うと、口から白い糸を吐き出す。

 糸は蜘蛛の巣状に構成されており、それがまるで網のようにジンドーに覆いかぶさろうと、降りかかる。


 だが、


「こんなもの!」


 ジンドーは、それを難なく、愛刀である天涙で切り裂いた。

 しかしジンドーは気がつく、蜘蛛の本当の狙いを。


 蜘蛛の糸に気を取られているあいだに蜘蛛が完全に姿を消したのだ。

 ジンドーがいくら周りを見渡しても、意味がなかった。姿はない。しかし一つだけ確かなことはある。


 ──気配は感じ取れる!


 間違いなく、ジンドーの感覚では怪異特有の気配が辺りに漂っていたのだ。

 しかし、それがどこなのかは正確には全くわからない。

 ジンドーは刀を構え、そしてヒナタに向かって言う。


「界さん! 絶対に離れないで」


「うん……わ、わかった!」


 その時だった。ヒタリ、とヒナタの腕を誰かが掴む。ブレザー越しでもわかる。冷たい手の感触。

 そして、吐息冷たい息がヒナタに吹きかけられる。


「あ……!」


 恐怖から声が出ないヒナタはただ一言だけ、そうつぶやいた。


「界さん!」


 気づいた時にはもう遅かった。


──ガシャン!


 人面蜘蛛は界ヒナタを連れて、近くの窓を割り、外へと逃げ出した。

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