第12話 大作戦開始

 ジンドーと学校に行く作戦を立ててから三日が経った。私はいまも家にいる。しかし、普段とは違う。


 それはいつもより早起きなことと、私が、制服に袖を通していることだ。


 久しぶりにきたブレザーの制服は少しきつい気がしたが、それは恐らく身体的な成長によるものだけではないだろう。


 多分、精神的なものも関係している。なぜなら私は、


「よし」


 これから学校に行くのだから。


 ─────────────


 三日前、学校突撃大作戦なる、作戦がジンドーと私によって決行された。それは作戦と呼べるものはどの大したものではなかった。


「とりあえず! 学校に行くのである!」


 ジンドーがバンと机を叩きながら立ち上がる。


「学校に行かなければ、須藤先輩に告ることはもちろん、先輩はもう受験シーズン! 電光石火で攻めないと行けないのである!」


 それはそうだけど、問題がある。

 それは他でもない私自身だ。


「でも、急に学校に行ったら変な目で見られるかも……」


 私のメンタルは豆腐よりも脆い、それを克服しないことにはどうしようもない。


「それについては! 心配ないのである!」


 すると私の心配を掻き消すかのように。ジンドーは胸を張っていう。


「吾輩がなんとかする! 良い作戦があるのである!」


「あるの? そんな作戦」


「とりあえず三日後、君が登校するだけで良いのである」


 それだけ? 私は、驚いた。しかしジンドーは今までも私のことを守ってくれていた。信頼のたる人、いや悪魔だと私は思う。


 だが、しかし詳細をまだ聞くまでは保留だ。


「それで、どういう作戦?」


「まだ言えないのである」


「そんなじゃあ! い、いきなり学校に行くの!? 何も知らないまま?!」


 私はジンドーに詰め寄った。だがどうかジンドーには理解してほしかった。そんな度胸のある人間ではないのだ私は。

 だからこんな曖昧な説明では納得がいかないし、勇気も出ない。


「話を聞いてほしいのである」


 しかし、ジンドーはどこまでも冷静に私を諭すように言う。


「仮に、ここで、作戦の詳細を説明したとしても不安は残るであろう?」


「それは……」


 それは、その通りだ、確かに、説明を受けたところで、不安は残る。


「そこで、なのである、途中で帰ってもいいから、三日後ただ学校に足を運ぶというのだけを意識すれば、自ずと界さんもやりやすいのではないかと、吾輩は考えたのである!」


「それって……ようは作戦は全部ジンドーに丸投げするってこと?」


「その通りなのである!」


 無茶だ! と一瞬思いかけたが、なるほど確かに、今学校に行けない状態の私は、学校という場所そのものが怖い、だというのに、あれこれ作戦を練ったところで成功はしないだろう。


 まずは私が学校に行けるようになること、それをジンドーは提案してくれているのだ。


「でも、ジンドー、どうやって? ……いやそんなことを聞くよりもそうだね、私は学校に行くことに集中した方がいいよね」


 私は思い直すと共に決意を固めた。そうだ余計なことは考えるな、学校に行けばいいのだ。


「その調子なのである!」


 ジンドーもそう言っている。ならば私のやることは一つだけだ。


「わかった」


 決意を私は口に出す。


「行ってみるよ学校!」


 ────────────


 そして三日後の現在、通学路はもうすぐ(と言っても2ヶ月ぐらい先だが)到来する夏休みの前触れの如く、少し暑くなってきていた。


 そんな通学路を歩く私は、地面に視線を向け、ただ黙って学校へと向かう。

 近くには同じ学校の同級生の男子達が喋りながら歩いていた。


(どうしよう、駄目だ、目が、周りの目が気になる)


 誰にも見られていないはずなのに、どうにも視線が気になった。

 噂されてないか、馬鹿にされてないか、笑われていないか。

 駄目だ、気になる。

 しかし私はその度に意識する。ジンドーの言う作戦を。


(大丈夫、ジンドーが何かしらの手を打ってくれてるから、大丈夫)


 私はなんとかその作戦のことをを思い起こして、体を前に進ませた。

 確かにジンドーの言う通りだ、ジンドーに任せて私は学校に行くことだけを集中すれば、確かに耐えられる。

 馬鹿にする声も、蔑む目も。


 これらがきっとなくなるはずだ。


 そんなことを考えているうちに私は、校門の前へと来ていた。

 校門には私のもと元担任の先生、坊主頭で青いジャージの男性の先生、田中先生が立っていた。

 なるほど、朝の挨拶運動のようなものをしているのか。


 やばい目があった。


「界! 久しぶりだな! まさか! 学年が変わってから初めての登校か!?」


「はい……」


 私は、先生の圧に押されて、思わず半歩退く。

 そうなのだ、私が不登校になったのは、一年の時の冬休み前。

 今はもう新年度に入っている。


「ちょうどよかった! 柿原先生!」


 なんだ、と思うまもなく、田中先生は唐突に校門から離れ、柿原先生というポニーテールの、スーツ姿の女性の先生を私の前に呼び出した。


「界! 二年からのお前の担任の柿原先生だ!」


「あ、さ、界さん、よろしくね」


 自信なさそうにそう言って、私に挨拶する柿原先生。私も一礼する。


「あの、その、今日が初めてよね? さ、界さんは。よかったら案内するわ、教室に」


 辿々しい喋りの先生。どうやら不登校児である私の扱いが難しいらしい。


 しかしこのまま校門の前にいたとしても注目を集めるだけなので、私は柿原先生の後について行った。


 クロカミ西中学校、私がいた時とやはり何も変わらない。かなり多くの生徒がいるこの学校は偏差値もそこそこ、校風もまあ普通。

 私にとってはどこにでもあるような平凡な中学であり、そして新しい世界、だった。


 柿原先生に連れられ二階の二年生の教室に連れられながら私は思い返す。


 そう、新しい世界になるはずだったのだ。いじめが起こるまでは。


「ここよ、界さん」


 ガラガラと扉を開き放たれた先には、懐かしい光景が広がっていた。

 並んだ机に、駄弁る生徒、窓から差し込む陽気と揺れるカーテン。

 どこか懐かしさを感じつつ、ざわつく、教室内を私は少し不快に思っていた。


「あれ、界じゃね?」


「ああ、いじめられてた?」


「きたんだ学校」


 次々と私に向けられる好奇の目線と言葉。

 そんな目線と言葉に意識を取られないよう、頑張って無視しながら、


「界さんの席はあそこね、あそこの窓際近くの席」


 という、先生に感謝の言葉を伝えつつ、私は席についた。窓際の風が差し込む気持ちのいい席だ。


 ここまでくるのに長かった。正直記憶がない。

 だがここまでくればもう大丈夫。なんとかなるはずだ。


「ええ、皆さん」


 そうこうしてるうちに柿原先生が、喋り始めた。


「そろそろホームルームの時間を始めます」


 ゾロゾロと席に着く、クラスメート達。私の隣は幸い空いていた。よかった、人がいたら緊張するところだった。


「今日は色々、報告があるのですが、なんと今日はビックニュースがあります、入ってきて!」


 ガラガラと、扉が開き誰かが入ってきた。なんと転校生らしい、一気に皆んなの興味が目の前の人物に向かう。

 するとその転校生は喋り始めた。


「転校生の大福 仁斗だいふく じんとです! よろしくお願いします!」


 いや、仁斗っていうか。


(ジンドーぉぉぉぉ?!)


 ジンドーが私の学校に転校してきた。

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