終電

口羽龍

終電

 晴斗(はると)は今年から近くの鉄工所で働き始めた新入社員。高校を卒業して入社した。色々と大変な日々だが、少しずつ仕事に慣れてきて、先輩からの信頼の厚くなってきたようだ。


 今日は金曜日で、明日は休みだ。今週の労をねぎらうために、今日は飲んで帰ろう。それはいつも自分で決めている事で、それが来週も頑張る力になる。


 晴斗は職場の最寄り駅の居酒屋から出てきた。晴斗は少し顔が赤くなっている。ジョッキ4杯飲んだ。普段は飲まないけれど、今日は特別だ。


 晴斗は少しフラフラになっていた。だが、駅に行かないと、終電に乗り遅れてしまう。もし乗り遅れたら、自宅に帰れない。


「はぁ、飲んだ飲んだ」


 晴斗は駅にやって来た。駅には何人かの乗客がいる。朝は多くの人でごった返していたのに、この時間は閑散としている。騒然とした朝がまるで嘘のような静けさだ。


 晴斗はホームに立った。周りは漆黒の闇だ。この辺りは住宅街で、家々の明かりはほとんど消えている。もう夜も遅いからだろう。すでに0時を回っている。


 と、駅に隣接した踏切の警報音が鳴りだした。もうすぐ終電が来るんだろうか? 晴斗はホームの先を見た。すると、2つのヘッドライトを照らしながら、電車が近づいてくる。どうやら終電のようだ。


「まもなく、本日下り、最終電車が到着します。乗り遅れのないようにご注意ください」


 今日のこの時間しか流れないだろう、肉声のアナウンスが聞こえてきた。終電はゆっくりとホームにやって来た。


 終電がホームに着くと、両開きのドアが開いた。降りる人はほとんどおらず、ホームで待っている人はみんな終電に乗った。晴斗も終電に乗った。終電はまばらで、とても静かだ。


「あーあ」


 晴斗は大きく股を開いて、ロングシートに座った。ロングシートに座っている人は、そんなにいない。晴斗はぐったりしている。かなり飲んで泥酔しているようだ。程なくして、ドアが閉まり、終電は駅を出発した。


 晴斗は電車の天井を見て、ぼーっとしている。今週も疲れた。土日はゆっくり休もう。


「ちょっと失礼します」


 晴斗は横を向いた。そこには白い服を着た女がいる。女の顔はまるで雪のように白い。誰だろう。美しい女だな。


「あっ、はい・・・」


 晴斗は少し照れている。とても美しい女で、ひとめぼれしそうだ。晴斗は開いていた股を閉じた。


 終電は心地よいジョイント音を響かせながら進んでいる。人がいるものの、車内は静かだ。朝とは全く違う風情がある。


「いつもこの最終電車に乗るんですか?」


 突然、女が話しかけてきた。女は晴斗に興味があるようだ。初対面なのに。


「いえ、明日は休みなんで、飲んで帰ろうと思いまして」

「そうですか」


 女は笑みを浮かべている。そんな時も必要だと思っているんだろうか?


「いやー、今週の仕事を終えて飲むお酒はやっぱりうまい!」

「そうですよね。疲れが吹っ飛びそうで」


 女は春との言っている事がわかっているようだ。確かに今週の仕事を終えてから飲むお酒はうまい。この日のために飲んでいる感がある。


「はぁ・・・」


 晴斗はぐったりしている。まだ仕事の疲れが抜けていないようだ。女はその様子を嬉しそうに見ている。一生懸命働いて、疲れている人を見ると、優しく接したいと思っているようだ。


「疲れたんですか?」

「疲れてますよ。明日は休みなんでしっかりと体を休めないと」


 晴斗は次第にうとうとしてきた。この電車の終点が自宅の最寄り駅だ。寝ても大丈夫だろう。駅員が起こしてくれるだろう。


「そうですよね。時には休みも大事ですね」


 女は晴斗の方を振り向いた。だが、晴斗は目を閉じて寝ている。酔いが回ってきたのだろうか? それとも疲れで眠っているんだろうか?


「あら?」


 女は春とは優しい目で見ている。まるで母のような優しいまなざしだ。




 晴斗は目を覚ました。だが、そこは終点に着いた電車でもない。自宅でもない。どこだろう。


「ん? ここはどこ?」


 眠たい目をこすりながら、晴斗は立ち上がった。と、晴斗は何かを思い出した。その建物に見覚えがあるようだ。


「あれっ、ここって、自宅の近くの廃屋じゃないかな?」


 ここは自宅の近くにある廃屋だ。だが、怖くて入った事がない。それに、今にも崩れそうで、近づかないようにしている。


 晴斗は外に出た。やはりあの廃屋だ。でも、どうしてここにいるんだろう。昨日の夜、終電で寝過ごしてから、何をしていたのか記憶にない。ずっと寝ていただけだ。


「本当だ! でもどうしてここに。まぁいいか。とりあえず帰ろう」


 晴斗は自宅までの路地を歩いていた。その路地は、車1台が通れるぐらいの狭い道で、一方通行になっている。


「うーん・・・。やっぱり気になるな」


 晴斗はあの廃屋が何か気になるようだ。自宅でゆっくりしながら、あの廃屋について調べてみようかな?


 自宅に帰った晴斗は、インターネットでその廃屋を調べていた。晴斗は少し寝ぼけ目だ。


「ん? 旧欅が丘(けやきがおか)駅? えっ、ここ、駅だったの?」


 ここは、欅が丘駅の駅舎だったようだ。もっと調べてみると、昭和19年に廃駅になったそうだ。晴斗は驚いた。こんなにも昔に廃駅になった駅舎が残っているとは。使われなくなってもう80年近く経っても残っているなんて。だけど、いつまで残っているんだろう。かなり老朽化していて、いつ崩れるかわからない状況だった。




 その夜、晴斗は夜の自宅の周辺を散歩していた。この辺りは閑静な住宅街で、とても静かだ。わずかな家の光や街路樹のあかりが晴斗を照らす。


「まさかここが駅舎だったとはな」


 晴斗はあの廃駅の事を思い出した。もし、今でも残っていたら、ここから乗り降りしたかったな。


 と、晴斗は廃駅の前を歩くと、廃駅に明かりがついている。こんな夜遅くに、何だろう。廃駅で誰が、何をしているんだろう。


「あれっ!?」


 晴斗は興味津々で廃駅に入ろうとした。と、入口の上には駅名板があり、『駅丘が欅』と書かれている。戦前の表記だ。今朝はなかったのに。幻でも見ているんだろうか?


 晴斗は中に入った。そこにはがらくたが散乱していなくて、きれいな構内がある。現役当時の欅が丘駅にタイムスリップしたかのようだ。


「これが、当時の様子かな?」


 と、目の前には軍人がいる。女性は軍人を見送っている。出陣の風景だろうか?


「出征していく兵士?」


 それを見て、晴斗は驚いた。終電に乗っていたあの女だ。まさか、ここに来ているとは。だとすると、あの女は幽霊だったのかな?


「あの女だ!」


 その声を聞いて、女は反応した。そこにはあの終電の男がいる。まさか、ここに来たとは。


「あら、来たんですね!」

「うん。光っていたんで、何かなと思って」


 晴斗は笑みを浮かべた。まさか、ここで再会するとは。


「私の夫が戦争に行って、帰って来るのを待っているんです。でも、まだ帰って来てないんです」

「そうなんですか」


 晴斗はその女がどうしてここにいるのか、わかった。出征して帰らなかった夫を待ち続けて亡くなった女の幽霊だろう。


「戦争が終わっても、いつになっても帰ってこなくって。息子が待っているのに。どうして・・・」


 女は戦後、残された子供を育てたが、希望を捨てず、夫の帰りを待ち続けたという。だが、夫は戦死していて、帰る事はなかったという。


「会えるといいですね」


 女は天井を見上げた。ひょっとして、あの遠い空に夫がいるんだろうか? そして、私を見守っているんだろうか?


「はい・・・」

「もう戦争が終わって80年近く。日本は変わっていき、そして戦争を知らない人々が増えていく。だけど、戦争は忘れてはならないんですね」


 晴斗は太平洋戦争の事を思い浮かべた。戦争によって、多くの人が死んでいき、苦しい思いをしてきた。今ではとても考えられないような事だ。


 ふと、晴斗は思った。戦後、日本は急激に発展していき、オリンピックが4回行われた。新幹線をはじめ、日本の技術力は世界が絶賛するほどに進歩した。戦争なんて遠い昔の出来事になりつつある。


 だけど、忘れてはならない。日本でも戦争があったという事を。そして、それによって、多くの人の命が奪われた事を。そんな復興していった日本を、戦死した人々はどう思っているんだろう。

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