第2話 野良犬に気を付けろ(前日譚)
しおりんには苦手なものがいくつかある。
私としおりんは小学一年生から中学三年生までの九年間、ずーっと同じクラスだった。
長年、親友として接してきて、これは苦手なんだろうなってものが分かるようになった。
まず犬。
しおりんが小学校一年生の時に、近所のおばさんの飼っている大人しそうなワンちゃんに手を噛まれてから、ずっと犬が苦手っぽい。特に野良犬を見ると足がすくんで動けなくなるくらいに苦手だ。
次に雷。
雨の日はいつも私にくっついている。雷が鳴るとぎゅーっと抱きついてくる。私はそんな怖がりなしおりんが大好きだ。中学生になって剣道を始めてからはあまり遊ぶ機会が減ったけど、何かに打ち込んでいるしおりんの姿はカッコよくて惚れ惚れする。しおりんが男なら私は間違いなく告白してただろう。ただ、部活の後に抱きついてこられると汗臭くてそれは嫌だ。
二学期に入ってすぐ、ある晴れた日のホームルーム、担任の
「えー、通学路の途中にある市民公園の敷地内で、野犬が人を襲うという事件がありました」
「えー、お巡りさんや近隣の大人たちで見回りはしていますが、生徒の皆さんにおいては、なるべく公園には立ち寄らずに、寄り道をせずに帰宅するようにしてください」
「えー、またなるべく一人で帰らずお友達と一緒に帰るようにしてください。以上で、連絡事項は終わりです」
ホームルームが終わり、私はしおりんと一緒に教室を出た。しおりんは夏の大会でサクッと負けて、剣道部を引退していた。熱心に頑張ったからといって、努力が報われるとは限らない。そもそもしおりんは運動音痴なのだ。何故、剣道部に入ったのかは未だに謎だが、ようやく放課後一緒に遊ぶことが出来る。
「しおりん、犬が苦手でしょ?」
「そうそう、マジで怖いよー」
「どうする、目の前に現れたら?」
「やめてよ、想像したくない」
校門を出て、右に曲がれば例の公園がある。学校から五分くらい歩いた所に公園があって、そこから五分歩けば私の家がある。私の家から更に五分歩けばしおりんの家だ。左に曲がっても家に辿りつけないことはないけど、かなりの遠回りになって三倍近く時間がかかってしまう。まだ夏とはいえ、暗くなると怖いから右に曲がることにした。
「あ、私、教室にノート忘れた」
「えー、取りに戻る?」
「うん、宿題あるし。先に行っててー」
「え、一緒に行くよー。公園に一人は怖いし」
「大丈夫だよ、野犬なんて遭遇しないよ」
しおりんは臆病なところがある。剣道部で精神を鍛えたらしいが、内面はそうそう変わらないってことなのかもしれない。ビビりな所も可愛くて好きだ。
「悪いから先行っててー」
「は、早く戻ってきてね、れなちん」
私は駆け足で教室まで戻って、ノートを鞄に入れて、また駆け足で校門に向かう。
途中で、しおりんから着信があった。
寂しがり屋さん、可愛い。
「れ、れなちん、い、犬が……野良犬……」
「マジか? 今すぐ行くから待ってて」
ヤバい、本当に野犬がいるなんて。
しおりんは剣道部とはいえ、犬の前では恐らく無力だろう。何せ足がすくんで動けなくなるのだ。
私は全力で走る。
公園まで二分くらい、少し息があがった。
しおりんはどこだろう?
公園の敷地内を探す。そんなに広くはない公園なので、すぐに見つけることが出来た。
しおりんと、しおりんの前には野良犬が一匹。
助けなきゃ……と、駆け出そうとした時、しおりんと野良犬の間にもうひとり誰かが居ることに気付いた。
「しおりは俺が守るっ!」
ランドセルを背負った少年だ。身長はしおりんよりずっと小さい。小学校低学年の子だろうか。しおりんには弟がいたはずだけど、こんなに小さくはないもんね。
「どっか行け!」
少年がそう叫ぶと、野良犬はクゥーンと情けない声を出した後、背中を向けて走って逃げていった。
「しおりん、大丈夫?」
「こ、怖かったよー、れなちん」
少年は照れ臭そうに、地面を見つめている。
「ありがとう、たくまくん」
「犬なんかにビビって、だっせーの」
「だって怖いんだもん」
「あんなのは大きな声出せば勝てるんだよ」
「無理だよー、犬は怖い」
私の存在など忘れたかのように、しおりんと少年の話が弾んでいる。一応、私も走って駆けつけたんだけど。
「しおりん、この子だーれー?」
「あー、たくまくん。弟の同級生だよ、最近転校してきたんだよね?」
「しおりん……」
少年はそう言うと、顔を真っ赤にした。
なるほど、この可愛い顔したランドセル姿の少年はどうやら、しおりんに恋をしているようだ。
なんだか、面白くないのでからかってやろう。
「しおりん、だーいすきっ」
私はそう言ってしおりんに抱きついた。
予想通り、少年は狼狽えている。
「しおりん、早く帰ろー」
「うん、それじゃバイバイ、たくまくん」
真っ赤だった顔が急にしゅんっと寂しそうな表情に変わった。なんて分かりやすい。
「たくまくーん、しおりんは私のものだから」
「ま、待てよ」
たくま少年は私を睨んで、苦虫を噛み潰したような顔をした。その年にして、その嫉妬っぷり。将来が末恐ろしい。
しかし、私とて、しおりんの親友として、そう易々と渡すわけにはいかんのだよ。
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