Fight25:ファイナルステージ
翌朝。ステージ4の説明があるとの事でホールに向かうマーカス。だがホールに入った彼は眉をひそめた。自分以外に誰もいない。そしてホールの壇上にはボディガードを引き連れたグラシアンが既にスタンバイしていた。
どちらも今までに無かった状況だ。マーカスの姿を認めたグラシアンの笑みが大きくなる。
「やあやあ、昨夜はよく眠れたかねハンター君? 昨日受けた傷はもう大丈夫かな?」
「……お陰様でゲームに支障はない。それより他の連中はどこだ?」
見渡すが誰もやってくる気配はない。リディアも同様だ。マーカスは若干胸騒ぎがしてきた。
「それを伝える前に……おめでとう、ハンター君! 今日のステージ4が
「何だと……?」
マーカスは目を瞠った。最終ステージ。それをクリアすれば優勝賞金も貰える。つまりニーナを助けられるという事だ。それは僥倖と言えたが、やはりどう考えても不可解な状況だ。
「さてそれでは、今回のルール説明と君の先程の質問に答えよう。まずはこれを見てくれたまえ」
グラシアンが手に持っていたリモコンを操作すると、ホールの壇上に据え付けられた大きなスクリーンが点灯し、そこに映像が映し出された。それは……
(……!? リディア!?)
スクリーンに映っているのは明らかにリディアであった。露出度の高いタンクトップとショートパンツ、それにコンバットブーツに指ぬきグローブというゲーム時の衣装のままのリディアが……両手両足を大きく広げられた形で立たされて、四肢を鎖に繋がれていた。
場所はどことも知れない殺風景なコンクリート張りの部屋のようだった。リディアは意識は失っておらず拘束された四肢をもがかせていたが、当然鎖が外れたり千切れたりする事はない。
「これは何のつもりだ!? 今すぐ彼女を解放しろ!」
マーカスが詰め寄ろうとするが、ボディガード達が銃を抜いて牽制してきたので止まらざるを得なかった。
「そうはいかん。彼女は私のプライベートルームに無断で侵入し、私の機密情報を勝手に閲覧して盗み出そうとした罪で拘束させてもらったのだ。本来ならその場で射殺されても文句は言えん立場だ」
「何……どういう事だ!?」
「彼女から何も聞いていなかったのか? あの女は、かつて身の程知らずにも我々『アザトース』の事を調べようと私の周囲を嗅ぎ回っていたヘンリーというNCA捜査官の妹なのだ」
「……!」
NCAとは英国におけるFBIのような存在のはずだ。リディアはそこの捜査官を兄に持っていたのだという。
「ヘンリーは始末してやったのだが、まさか別姓の妹がいたとはな。そして女の身でこの非合法の危険な大会に潜入してまで兄の仇を討とうとするとは何とも健気ではないか。そう思わんかね?」
「…………」
これが最初に金のためではないと言っていた彼女の事情だったのだ。グラシアンを嫌い、憎んですらいるかのような視線を向けていたのもこれで納得だ。
「しかしそれでも彼女があくまでこの『ライジング・フィスト』の参加選手の1人である事は事実だ。だから彼女もステージ4に
「……!」
トロフィーとは昨日のステージでロベールも口にしていた単語だ。やはりあの男は選手という以前にグラシアンの配下だったのだ。グラシアンがリモコンを操作するとスクリーンの画像が切り替わった。ドローンで撮影したと思われる、島の中央に建つ塔のような建物が映し出される。
実はステージ1や2の時も遠目に見かけていた建物ではあった。廃墟然とした他の建物群とは明らかに様相が違っており目を惹いていたのだ。
「あの『クエスト・タワー』がステージ4の会場となる。ルールは至って単純。タワーの各階に待ち受ける『番人』を倒しながら塔を登っていき、最上階にある『トロフィー』を手に入れればクリアだ。勿論その最上階にいる『最後の番人』も倒す必要があるがね。そして……他の選手がどこにいるのかという答えはこれだ!」
「……!!」
スクリーンの映像が再び切り替わる。その『クエスト・タワー』の内部と思しき映像で、各階に待ち受けるという
そしてその番人達を倒した先、最上階にある『トロフィー』……囚われのリディアの姿が再び映し出される。
「ふふ、他の選手達は別途支払われる『特別報酬』と、もう一つの『特権』について説明したら喜んで番人に志願してくれたよ。即ち……『挑戦者』たる君を倒した者は『トロフィー』たるあの女を自由に甚振って
「……っ! 貴様……」
マーカスは目を吊り上げる。他の選手たちはリディア以外は全員、人を殺した経験のある犯罪者スレスレ、もしくは犯罪者そのものといった連中ばかりだ。その『特権』に目の色を変えて飛びついただろう事は想像に難くなかった。
「君が負ければあの女も殺される事になる。つまり君は自分とあの女、
「ぐぬ……!」
マーカスは歯ぎしりして低く唸る。自分が負ければそもそも娘のニーナも助からないので、最初から彼の命は彼だけのものではなかったが、そこに更にリディアの命運も追加されたという形だ。
「君はドミニクの忠告をよく聞いておくべきだったな。君が過去のステージでリディアを守って戦う姿は会員達の興味と歓心をいたく惹いてしまってね。昨日のステージ3からその
リディアを人質に取られている以上、マーカスに反論や拒絶の余地はなかった。かくして彼にとって絶望的ともいえる『最終ステージ』が幕を開けた……
*****
『クエスト・タワー』は島の丁度中央辺りに聳えている。その付近まで車でマーカスを送り届けた係員からは『因みに塔に入ってからの戦いは、モニターを通して
また番人を倒して次の階の番人に挑むまでの『インターバル』の時間も認められず、次の階にすぐに挑まなければ最上階にいる『最後の番人』にリディアが処刑されるとの事だ。
車を降ろされたのは、塔を囲むように設置された公園のような場所であった。彼を降ろすと車はすぐに走り去った。大きく息を吐いたマーカスは塔の正門に向かうが、その前に誰かが佇んでいるのを見て足を止めた。
「……来たか」
振り向いたその男はナンバー『13』、パンクラチオンのルーカノス・クネリスであった。マーカスはすぐにルーカノスの足元に誰かが倒れている事に気づいた。原型を留めない程に
「……そいつは?」
マーカスが慎重に尋ねるとルーカノスは肩をすくめた。
「あの女を自分が殺せるという『特権』に興奮して、その権利を自分だけの物にしようとここで待ち構えていた。順番も重要らしいからな。なので……お前が来る前に
「……!!
仮にも他の参加選手を事もなげに『潰した』ルーカノスの実力に戦慄しつつ、マーカスは当然の疑問を呈する。この男とてその『特権』を享受できる立場のはずだ。自分がそれを独占しようと邪魔者を排除したという事だろうか。
「勘違いするな。俺は自分で女を甚振る事に興味はないと以前に言ったはずだ。ただ……
「……ああ、分かってる」
マーカスは言葉少なに頷いた。ミゲルが死にルーカノスが降りるなら、実質的に二人の敵が減った事になる。それでもまだまだ条件は厳しいが、これだけでも充分降って湧いた幸運と言えるだろう。しかもミゲルはマーカスにとって相性の悪い関節技や寝技を得意とするグラップラーであった。ルーカノスの
「ふ……ではな。精々抗ってみるがいい」
ルーカノスはそれだけを告げて、本当に立ち去っていった。降りるというのは嘘ではなかったようだ。マーカスはなるべくミゲルの死体を見ないようにして『クエスト・タワー』の正門の前に立った。ここからが本番だ。
塔を見上げると遥か上部まで聳え立っている。あの最上階にリディアが囚われているのだ。各階に待ち受けている参加選手たちと連戦しながらそこまで到達しなければならないという過酷なルール。だが逃げる訳にはいかない。
(ニーナ……頼む。俺に力を貸してくれ!)
最愛の娘の顔を脳裏に浮かべつつ、マーカスは意を決して『クエスト・タワー』の扉を潜っていった。
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