Fight21:単身行

 最初のフロアを抜けてしばらく進むと、通路に鉄格子が降りていて先に進めない場所にきた。格子はかなりの頑丈さで破れそうもない。かといって他に行く道もない。


「え、嘘でしょ? どうすればいいのよ、これ」


 リディアが途方に暮れたように呟く。流石に行き止まりという事はないはずだ。必ず進む方法がある。マーカスはその意識で周囲を見渡すと、すぐにある物に気づいた。


「おい、あれは何だ?」


「え……?」


 マーカスが指差す先、通路の壁に握りこぶし大の突起のようなものがあった。近くで見ると押し込み式の大きなボタンのように思えた。試しに押し込んでみると、何とあの通路を塞いでいた鉄格子が上にスライドして開いたのだ。


「マーカス、鉄格子が開いたわ!」


「随分簡単な仕掛けだな」


 何の意味もないとは思えない。何か罠がある可能性も高い。念のためマーカスが先に進んで、大丈夫そうならリディアも後に続くという形で行く。


「…………」


 通ろうとした瞬間再び鉄格子が降りてきて串刺しにされるのではと警戒しながら慎重に通り過ぎるが、特に何も起きずにそのまま通過できた。通路の奥から敵がやってくる気配もない。


(何だったんだ、一体……)



 若干拍子抜けしながらもリディアを呼ぼうと振り返るが、その時異変・・が起きた。何とマーカスが完全に通り過ぎた後になって鉄格子が降りてきて、再び通路を塞いだのだ!



「何……!?」


「マーカス!?」


 驚いたリディアが慌ててもう一度突起を押し込もうとするが、既に押し込まれていてこれ以上押せないようだ。勿論引っ張る事もできない。


(くそ、こういう事か……!)


 鉄格子でリディアと分断された形だ。鉄格子が開かない限りこの先に進めるのはマーカス1人だけだ。



「マーカス、開かないわ! どうしたらいいの!?」


「落ち着け、リディア! ん……これは?」


 鉄格子に取り縋って動揺するリディアを落ち着かせようとするマーカスだが、その時壁に何か張り紙のようなものが貼ってあるのに気づいた。急いで改めると張り紙には、『鉄格子を開く鍵はこの先のフロアをいくつか抜けた先・・・・・・・・にある。鍵を手に入れるには単身で進まなければならない』、という旨のメッセージが書かれていた。


 つまりリディアをここに残して、マーカス1人で複数あるらしいフロアを突破して鍵を手に入れてこなければならないという事だ。


「そ、そんな……!」


 リディアの美貌が焦燥と苦渋に歪む。最初のフロアに続いてマーカスと共に戦う事を意気込んでいた矢先に罠によって締め出されてしまい、ここで何も出来ずにただ待っていなくてはならないのだ。鍵を入手するには恐らく先程より厳しい戦いが待ち受けていると分かっているのに。


 だがこればかりはどうにもならない。マーカスはかぶりを振った。


「ここで待っていろ。必ず戻ってくる」


「……分かったわ。気をつけて」


 どうにもならない事は彼女にも分かっているのだろう。鉄格子を握ったまま切なそうな表情で、それでも唇を噛み締めてマーカスを見送るリディア。




 マーカスは不安と心配ともどかしさが綯い交ぜになったリディアの視線に見送られながら、通路の先に進んでいく。だがすぐに曲がり角があり、その視線も遮られてしまう。ここからは完全に1人だ。


 曲がり角の先には扉が二つ・・あった。正面と左側に一つずつだ。念のためどちらにも手をかけてみるが左側の扉は鍵穴が付いていて、施錠されているのか開かなかった。正面の扉は鍵穴が無く手で押し開けられた。


 正面の扉を開けて中に入ると、最初のフロアと同じように扉が独りでに閉まった。どうやらこういう形で一つずつフロアをクリアしていくような形式らしい。船でグラシアンが『ステージクリア型』と言っていた意味がわかった。


「……!? 何だ、ここは……!?」


 そのフロアの反対側には先に進めると思われる扉があった。しかしその出口側の扉と自分が今いる入口側の扉を繋ぐ一本の『橋』しか掛かっていなかったのだ。その『橋』以外の部分は全て床が抜けて、2メートルほど低い場所にある針山・・となっていた。


 つまりこのフロアは幅が1メートル程度しかない細い『橋』と、その下に広がる無数の針山しかない部屋となっていたのだ。あの針山はどう見ても本物だ。つまりここから足を踏み外したら……


(悪趣味な事をしてくれる……!)


 マーカスは内心で唸った。しかしこちらを殺そうとしてくる刃物を持った敵とも既に何度も戦っているのだ。今更といえば今更な話か。


 ここで躊躇っていても先に進めないので、意を決して慎重に『橋』を渡り始める。『橋』はいくつかの柱で支えられており、乗ったら崩れてしまうという心配はなさそうだ。しかし幅の狭い通路の両側には手すりもないので、ただ渡るだけでも嫌な汗が出る。もしこんな所で『敵』に襲われでもしたら……


「……!!」


 そんな事を考えたのがいけなかったのか出口側の扉が開いた。そしてそこから『敵』が現れた。数は1人だ。だが2メートル近い筋骨逞しい巨漢で、しかも両手持ちの巨大な斧のような武器を持っていた。


 巨漢は斧を振り上げて大胆に『橋』に侵入してきた。下の針山を恐れている様子はない。変な唸り声を上げて目も白濁している。何か重度の薬物中毒らしい。それで針山の恐怖を感じていないのだろう。


 巨漢が斧を横薙ぎに振るってくる。軌道は単純なので躱すのは難しくない。だが……


「……っ!」


 後ろに下がって躱すだけでバランスを崩しそうになる。どうしても狭い橋と下に広がる針山を意識してしまう。だが巨漢は容赦なく攻め立ててくる。


 今度は大上段から斧を振り下ろしてきた。マーカスが辛うじて躱すと、斧はそのまま橋の床に当たって完全に振り切った体勢になる。


(……! 今しかない!)


 マーカスは意を決して大胆に踏み込んだ。巨漢は両手で振り下ろした斧を引き上げるのが間に合わない。マーカスは奴の側面から強烈なミドルキックを叩き込んだ。巨漢の上に薬物中毒でかなりタフそうだったが、幸か不幸か今は必殺の攻撃手段・・・・・・・がある。


 巨漢はマーカスのキックを腕でガードしたが、完全には勢いを殺しきれずによろめいた。そして……『橋』から足を踏み外した。持っていた大斧ごと落下した巨漢は、当然ながら下に待ち受けていた針山に衝突し串刺しとなった!


「う……!」


 自分でやっておきながら流石に目を背けるマーカス。聞くに堪えない苦鳴はすぐに聞こえなくなった。


 マーカスは極力その無惨な死体を意識しないようにして慎重に、しかしなるべく急ぎ足で『橋』を渡りきった。あの巨漢だけがこの場での障害であったらしい。他に敵がやってくる様子もない事を確認するとマーカスはようやく息を吐いた。



 だがこうしてもいられない。今この瞬間にもリディアが1人で待っているのだ。マーカスはすぐに先を急いで進み始めた。通路は一本道で、次のフロアに繋がる扉がすぐに見えてきた。躊躇なく扉を開けて中に入ると、やはり扉は独りでに閉まった。そして中で待ち受けているものは……


「……!」


 中には2人の人間が待ち構えていた。どちらも黒いスーツ姿の男だ。1人は長い鉄棒を両手持ちにし、もう1人は短い鉄棒を二刀流で持っていた。『敵』とは醸し出す雰囲気が違う。格好からしてグアシアンの部下かも知れない。


 2人の男は無言で動き出した。問答無用という事らしい。2対1だ。マーカスは受けに回ったら不利と判断して自分から、まずは長い棒の男に突進する。こいつの武器の方が横槍を入れられるとより面倒そうだ。


 長棒男は逃げずに迎撃してきた。身体ごと旋回するように鉄棒を薙ぎ払ってくる。明らかに素人ではない。鈍器とはいえ武器を持った相手にはむしろ大胆に接近してしまった方がいい。マーカスは長棒男の攻撃を敢えて避けずにガードする。


「……っ!」


 かなりの衝撃を腕に感じ苦痛に顔を歪めるが、勢いを止めずに強引に肉薄する。長棒男は距離を取ろうと下がる。当然逃がす訳には行かないが、短棍男が横合いから迫ってくる。こいつも素人ではなく2本の棍を巧みに、しかし素早く振るって攻撃してくる。


 こちらもガードで受けるが、やはりその上から痛撃を与えてくる。受けに回るのは確実に悪手だ。しかしその間に距離を取った長棒男も鉄棒を旋回させて攻撃してくる。このままでは一方的に攻撃され続けて、すぐに耐え切れなくなってしまう。


 マーカスは意を決して、被弾を覚悟の上で長棒男の方に再び突進する。当然短棍男が追いかけてくるが無視する。長棒男は鉄棒を振り回しつ後退するが、マーカスは身を屈めて鉄棒を避けると男の脚にローを蹴り込む。


「……っ!」


 直撃した鉄棒男が怯む。この隙は絶対に逃さない。マーカスは素早く男の頭を両手で抱え込んで、下から全力の膝蹴りを顔面に叩き込んだ。今まで何人もの敵を沈めている必殺の強撃だ。鉄棒男もその威力に耐えきれず、顔面を砕かれて地に沈んだ。これで残るは短棍男だけだ。


 短棍男は両側から挟み込むように棍を打ち込んでくるが、マーカスは男の手首を掴み取ってその動きを止めた。卓越した動体視力と反射神経の為せる業だ。


「……!?」


 勿論短棍男は抵抗して逃れようとするが、マーカスは握力に物を言わせて逃さない。


「ふっ!」


 そのまま脚を振り上げて男の金的・・を蹴り上げた。試合などでは勿論反則行為だが、これは試合ではなく相手は武器を持っていて、しかも最初は二人がかりで襲ってきた連中だ。一切遠慮する必要はない。


 マーカスの脚力で金的を蹴り潰された男は白目を剥いて倒れ込んだ。当然起き上がってくる気配はない。決着だ。


「ふぅぅ……。くっ……」


 マーカスは大きく息を吐きながらも苦痛に顔をしかめた。鈍器で何度も打ち据えられたのだ。殆どはガードで防いだが、その部分は痣になるだろう。


「…………」


 だがこの部屋にも鍵と思しきものはなく、扉は無情にも先へと続いていた。まだ終わりではないようだ。だが彼には先に進むしか選択肢はない。痛む身体に鞭打って扉の先へ進むマーカス。通路はやはり一本道ですぐに次のフロアへと出た。



「……!」


 そのフロアの中央に台座が置かれており、その上に透明なケースに入った『鍵』が見えた。どうやらここが終着点らしい。だが……その台座を囲むように3人・・の人物が待ち構えていた。


 いずれも警察の特殊部隊のような装備に身を包んだ体格のいい男達で、頭までヘルメットとバイザーで覆っている。そしてその手にはいずれも硬質の特殊警棒が握られ、もう片方の手にはアクリルの大楯を持っていた。


 まるきり暴徒鎮圧の警官隊のような装備の『敵』が3人。こいつらが最後の関門のようだ。完全武装の『警官』達は、マーカスが入ってきたのを見ると一斉に武器を構えて動き出した。待ったなしだ。


 敵は3人、しかも楯まで持った完全武装だ。対してこちらは単身で、しかも無手だ。圧倒的に不利な条件。だが逃げる事は出来ない。何としても鍵を手に入れてリディアの元に戻らねばならなかった。


(ニーナ、俺に力を貸してくれ!)


「ぬぅぅぅぅぅっ!!!」


 マーカスは自らを鼓舞するように唸ると、自分から『警官隊』に向けて突進していった……


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