Fight22:脅威の武器術

「…………」


 通路を塞ぐ鉄格子の前でリディアは、ただひたすらマーカスの帰りを待ち続けていた。あのステージ1でのスーパーの時と同じ状況だ。彼と共に戦い、彼を助ける事も許されずにこうしてただ何も出来ずに待っているしかない。出来る事といえば、ただ彼の無事を祈って帰りを待つだけ。


 これが助けられるしか能がない無力な女というならともかく、なまじ自分なら共に戦えるという自負があるだけになおさら辛く、もどかしさの余り頭がおかしくなりそうだった。


 鉄格子を揺さぶったり蹴りつけたりするが、勿論それで開くなどという事はあり得ない。


「もうっ!」


 苛立たし気に唸って鉄格子を殴りつけ、その後は仕方なく再び待ちの態勢になる。実際の時間は30分にも満たない程度と思われるが、リディアには体感的にその何倍もの時間に感じられていた。


(マーカス……お願い、無事に戻ってきて!)


 数分置きにそんな祈りを捧げていた。ある意味で拷問のような時間がどれくらい過ぎただろうか。リディアは通路の曲がり角の奥から響いてくる足音を聞きつけてハッとした。足音はどんどん大きくなる。リディアが緊張に固唾を飲んで見守る中、その足音の主が曲がり角から姿を現した。



「リディア! すまん、待たせたか!」


「……っ! マ、マーカス……! ええ、本当によ!」


 リディアは安堵のあまり涙ぐみながら、それを誤魔化すように口を尖らせて抗議した。彼はよく見るとあちこち負傷しており、一体どのような敵が待ち構えていたのか、彼が単身で潜り抜けてきた戦いの激しさを物語っていた。


 彼が1人でそのような激闘を戦っている間、自分はただここで待ち惚けていたのだ。心苦しさに胸が張り裂けそうになった。


「待っていろ。今開ける」


 マーカスは激闘の疲れやダメージを微塵も表情には出さず、鉄格子に付いていた鍵穴に入手した鍵を差し込んで回す。すると格子が再び上にスライドして、ようやくリディアは先に進めるようになった。



「マーカス、大丈夫なの!? ごめんなさい、私の為に……」


 彼に駆け寄ったリディアはその傷の具合を確かめながら、悄然と謝罪する。このステージでは彼を全力で援護すると誓ったはずなのに……


「こんな罠など予測できるはずもない。それにお前もいなければクリアできないんだ。だからこれは俺の為でもある。気にするな」


 マーカスはかぶりを振って、リディアの頭を優しく撫でてくれる。彼の気遣いが身に染みるとともに、次こそは絶対に彼と共に戦い彼の力になると決意する。




 2人は改めて通路を進む。曲がり角の先には正面と左側と二つの扉があった。初めて来るリディアは戸惑う。


「これは、どっちに行ったらいいの?」


「俺が最初に来た時は、左側の扉は鍵が掛かっていたので正面の扉を進んだ。という事は今なら……」


 マーカスは先程鉄格子を開けた鍵をその左側の扉の鍵穴に差し込んでみる。すると扉の施錠が解けて開いた。最初に鍵を入手するには正面の扉を進み、鍵を入手できたら左側の扉に進めるという仕組みだったようだ。


 左側の扉の先はやはり通路になっていて、その先には新たなフロアに通じていると思しき扉が見えた。また何か罠がないとも限らないので慎重に進む2人。しかし結局何事もなく扉まで到達した。扉を開けると中は、最初のフロアに似たような感じの廃材やオブジェクトなどが散乱した殺風景な部屋が出迎えた。



「……!」


 しかし今度は『敵』の姿はなく、その代わりに1人の男がこちらを待ち構えるように佇んでいた。それは両端が金属で補強された長い棒を携えた、見るからにインド人と分かる風貌の男であった。というかマーカスもリディアもその男の顔を見たことがあった。


 参加選手・・・・の1人だ。腕章には『15』の数字が。確かインド人のマヘンドラ・シン・アムラバディという名の選手だ。マーカスは混乱した。なぜ他の選手がここにいるのか。しかも……


(たまたま進路がバッティングした? いや、こいつは明らかに俺達を待ち構えていた・・・・・・・!)


 マヘンドラはこちらを認識するや棒を掲げて臨戦態勢を取ってきた。これは明らかに『待ち伏せ』だ。しかもこのステージ3はペアで行動するルールのはずだが、こいつのペアが見当たらない。どう考えても不可解な状況だ。だが相手はこちらの理解を悠長に待ってはくれないらしい。



「マ、マーカス、どうするの!? 何で他の選手がここに……!?」


「……分からん。分からんが、こいつを倒さないと先には進めんらしい。ならとりあえずやる事は同じだ」


 相手が『敵』であろうと他の参加選手であろうと、排除すべき障害という点では変わらないのだ。


 マヘンドラは棒を旋回させながら襲いかかってくる。マーカスはとりあえずリディアを下がらせてまず矢面に立つ。


(こいつの格闘技は確かカラリパヤットとかいったか……!?)


 アジアのマイナー格闘技にそこまで詳しくないマーカスにはカラリパヤットの詳細は分からなかったが、武器を扱う武術であるようだ。奴が棒を振るってくる。恐ろしい速さと正確さだ。棒の先端は金属で補強されているので、まともに食らうのは避けたい所だ。


 マーカスは振るわれる棒の一撃を回避すると、その隙を付いて前に踏み出す。だがマヘンドラは流れるような動作で後ろに下がって距離を取りつつ、踊るような所作で棒を旋回させてきた。


「……っ!」


 その変幻自在さにマーカスは回避が間に合わずに、腕でガードする羽目になる。かなりの痛打にマーカスの顔が苦痛に歪む。何度か隙を見つけて接近しようとするが、奴の棒術は先程戦ったスーツ姿の連中とも比較にならないほどだ。


 逆に誘い込まれて攻撃を受けてしまう事もあった。このままではこちらのダメージが蓄積する一方だ。だが奴の体捌きと棒術は流石の一言で、マーカスをして決定的な隙を見出だせなかった。しかし……


「ふっ!」


「……!?」


 マヘンドラはいささかマーカスだけ・・に意識を集中させ過ぎた。無論彼は敢えて積極的に攻勢を仕掛ける事で、奴の注意を意図的に引き付けていたのだが。奴がマーカスだけに意識を集中させている間に気づかれないように後ろに回り込んだリディアが、マヘンドラの背後から攻撃を仕掛ける。


 女性の攻撃でも条件次第では屈強な男に痛打を与えうる事は、ステージ2でのパトリック戦で証明済みだ。その事が頭にあったのか、マヘンドラはリディアに気づくとその注意が一瞬背後に向き、彼女の攻撃を躱そうと身を翻した。そして当然それはマーカスに対する致命的な隙となる。


「ぬんっ!」


 マーカスは躊躇わずに前に踏み込むと、強烈なミドルキックを奴の脇腹に叩き込んだ。彼の蹴りをまともに受けたマヘンドラは物も言わずに横に吹き飛ぶ。そのまま廃材を巻き込んで床に倒れ込み、起き上がってくる事はなかった。




「ふぅぅ……倒したか。すまん、リディア。よくやってくれた」


 息を吐いたマーカスはリディアを労う。作戦を立てる暇もなかったのに上手いこと彼の意を汲んでくれた彼女のアシストがなかったら、これほどスムーズに勝てなかっただろう。


「あなたへの借りを少しでも返すには、これくらいじゃまだまだ足りないわ」


 リディアはかぶりを振った。先程の『鍵』を手に入れるまでのルートで、強制的に待機させられ一緒に戦えなかった事を気にしているらしい。


「気にするなと言っただろう。さて、進む前にこいつを処分しておくか」


 マーカスはマヘンドラの持っていた武器を拾い上げると、フロアの隅の方に通っていた側溝に投げ捨てた。無いとは思うが万が一奴が息を吹き返した場合の保険だ。


「これでよし。行くぞ、リディア」


「……マ、マーカス」


「おい、どうし…………っ!?」


 マーカスが促すと、何故か震え声で応えるリディア。訝しんだ彼は彼女の方を振り向いて……ギョッと目を瞠った。彼の視線の先にいたのはリディアだけではなかった・・・・・・・・



「なるほど、なるほど。中々やるじゃないか、テイラー氏。流石ボス・・に見込まれただけはあるねぇ」



 粘ついた感じの厭らしい男の声。マヘンドラではない。いつの間に現れたのか、茶色い長髪の白人男がリディアを後ろから抱き竦めて捕らえていたのだ。どこかオブジェクトの陰に隠れていたらしい。空いた手にはナイフが握られて、リディアの喉元に押し当てられている。


 男は服の上からでも分かる鍛えられた体躯をしていて、ナイフで脅されている事もあってリディアは逃れる事が出来ないようだ。その男の顔にもマーカスは見覚えがあった。その腕には『1』という番号の振られたバンドを巻いている。やはり参加選手の1人で……


「貴様……確かロベール・カストルとやらだな。これは何のつもりだ? 今すぐに彼女を離せ」


 マーカスは怒気を放ってロベールを威嚇する。このステージ3で選手同士の戦いがあるとは聞いていなかった。仮にサプライズだったとしても、ロベールやマヘンドラの方は『サプライズ』を感じている様子はなかった。先程も思ったが明らかに不可解な状況だ。



「そうは行かないね。ボスや会員・・の皆様は、さらなる刺激に飢えていらっしゃるんでね。彼等はまだ物足りないとさ」



「何だと……?」


 マーカスは眉をひそめる。今のロベールの言い方は参加選手というよりは、まるで……


「おっと、動くなよ! この女の喉がパックリ裂けるよ?」


「……っ」


 距離を詰めようとしたマーカスと抵抗しようとしたリディアの動きが同時に止まる。


「女、両手を後ろに回せ」


「……っ! い、嫌よ……!」


 ロベールの意図を察したリディアは拒否するが、奴のナイフを押し当てる手に力を込めるとリディアが硬直する。 


「二度は言わないぞ?」


「よせ! ……リディア、言う通りにしろ。大丈夫だ、俺に任せろ」


 ロベールの目に危険なものを感じたマーカスはリディアに逆らわないように促す。


「……っ。わ、分かったわ……」


 マーカスに促されたリディアは躊躇いながらも両手を腰の後ろに回す。ロベールは後ろに回された彼女の両手に手錠を掛けた。手錠の嵌まる鈍い金属音が鳴る。リディアの抵抗力を奪ったロベールが嗤う。



「これでよし。さて……おい、いつまで寝てる気だい? まだ行けるだろ? テイラー氏に借りを返してやれ!」


「何……!?」


 ロベールが倒れているマヘンドラに怒鳴る。すると奴は脇腹を押さえて苦痛に呻きながらも起き上がってきた。マーカスのミドルを脇腹にまともに受けたというのに、戦闘不能になっていないとは。


「脇腹を蹴ったのは失敗だったね! カラリパヤットの事をもう少し知っていれば別の場所を攻撃してただろうに」


 ロベールの哄笑。それを証明するようにマヘンドラが上着を脱ぐと、奴が胴体部分に金属の帯のようなものを巻き付けているのが目に入った。あれがマーカスの蹴りの威力を緩衝したのだ。


 しかしそれはただの防具という訳ではなかった。マヘンドラは片手を背中に回すと、何かを握って引き抜くような動作を取った。すると奴の身体に巻き付いていた鉄の帯が解けて、まるで鞭のように撓ったのだ。マーカスは本能的にあれが武器・・だと理解した。



「カラリパヤットの流体剣『ウルミ』。その変幻自在の軌道を見切れるかい?」


 英語を話さないらしいマヘンドラに変わってロベールが説明する。相変わらずリディアにナイフを突きつけているが、その注意は完全にこちらに向いている。しかしそれでも後ろ手に手錠を掛けられて抵抗力を奪われたリディアが逃げる事は不可能だ。


 だが彼女の事を気にしている余裕はない。マヘンドラが鞭のように撓る剣……ウルミを振るって攻撃してきたからだ。


「……!」


 本当に金属かと思うような滑らかで流線的な軌道に、マーカスは驚いて後退を余儀なくされる。マヘンドラは容赦なく追撃してくる。ただの剣と違って軌道を見切るのが困難だ。隙を見出だせずに後退を続けるマーカスだが、やがてフロアの壁際に追い詰められる。


「マーカス!?」


「黙って見てろ!」


「……っ」


 マーカスの苦戦にリディアが思わず駆け出しそうになって、ロベールのナイフで制止される。その間にも武器を振り上げたマヘンドラが迫ってくる。もうこれ以上下がれないので、このままだと奴のウルミに斬り裂かれるだけだ。



(……やるしかないか!)


 伊達に防戦に徹していた訳では無い。一応ウルミの弱点・・と思われる要素を見つけていた。だがそれが本当に正しいかはやってみなくては分からない。危険な賭けだが、どのみちこのままではやられる。マーカスは意を決して両手をクロスするように前に掲げて頭と顔面を守り、全身の筋肉を固めた。そしてその防御態勢を維持したまま強引に前に踏み込んだ。


「……っ!?」


 マヘンドラは動揺したように目を見開いたが、今さら後には引けないのでそのままウルミを振るってくる。鞭のように撓る刃物・・がマーカスの腕や脇腹などに切りつけられ、派手に出血する。マーカスは激痛に呻く。だが……勢いを止めずにそのまま突進した。ウルミの弱点は通常の剣に比べて一撃の軽さ・・だ。


 マヘンドラが再度ウルミを振るう前に密着して首相撲の体勢になることに成功した。そのまま強烈な膝蹴りを奴の腹に叩き込む。


「……!!」 


 衝撃でマヘンドラが身体を前に折り曲げる。マーカスを拳を固めて上段から全力のストレートを奴の顔面に打ち下ろした。確かな手応えと共にマヘンドラが勢いよく床に頭から突っ伏した。身体をピクピクと痙攣させながら白目を剥いているその姿は演技ではなさそうだ。

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