Fight20:サードステージ

 マーカスとリディアは『サン・ブレスト号』からボートで島の西側へと運ばれた。そこにも小さな船着き場があり、そのすぐ先に掘っ立て小屋のような倉庫がぽつんと建っていた。ボートを降りた2人はその倉庫に入ると、乱雑に置かれている廃材をどかす。するとその下の床に、金属で出来た頑丈そうな跳ね上げ戸が姿を現した。


 ここが自分達の『コース』の入口だ。今回のステージ3は全て地下・・を進む事になるらしい。跳ね上げ戸は施錠されていたが、解錠のための鍵をボート送迎の係員から受け取っていた。マーカスが鍵を差し込んで回すと大きな音が鳴った。


 そのまま戸を上げてみると、重々しい音と共に戸が上に開いた。下に梯子が降りている。念のためマーカスが先に降りて様子を確認する。梯子の高さは3メートル以上はありそうだ。下に降りたマーカスを全面コンクリート張りの殺風景な通路が出迎えた。通路の天井には等間隔に照明が(ついでにカメラも)設置されていて、閉塞感はあるものの視界には不自由しなさそうだ。


 コンクリートの通路はかなりの長さがありそうで、ずっと先で曲がり角になっていた。ステージ3自体を地下で行うとの事なので、恐らくこの地下空間は相応の広さがあるのだろう。


(……地上部分の『街』もそうだが、ここを作るのに一体どれくらい掛かったんだ? 趣味・・にこれだけ莫大な無駄金を掛けられるとは羨ましい限りだな)


 マーカスは皮肉気に口を歪めた。とはいえ娘の手術費も捻出できずに、その『趣味』に付き合って金を稼ごうとしている自分が言えた義理でもなかったが。


 とりあえず危険は無さそうなのでリディアを呼ぶと、すぐに彼女も降りてきた。そしてコンクリートの通路を見渡して、しかし彼女はその目線を険しくした。


「……こんな物をポンと作れるだけの財産を築く過程で、どれだけの人々が犠牲になったのかしら」


「リディア?」


 その声音にも隠しきれない怒り・・を滲ませるリディアの様子を訝しむと、彼女はハッとして取り繕った。


「あ……い、いえ、何でも無いわ。それより先を急ぎましょう」


 そう言って率先して通路を進み出す。最初出会った時に金のためではないと言っていたのは聞いたが、やはり何かやんごとない事情がありそうだ。それは恐らく彼女がこの危険なゲームを頑なに降りようとしない理由と同じなのだろう。


 だが本人が話したくない物を無理に聞き出すつもりはなかった。そして事情があると察してからは彼女にゲームを降りろと強要する気もなかった。自分は自分に出来る事をやりつつ、ニーナのために『優勝』を目指すだけだ。



 このステージ3では指定された『コース』を踏破した先にあるプラチナメダルを入手する事がクリア条件らしい。そしてもう一つ、ペアが脱落・・してしまった場合、残っている方も失格扱いになるという条件もあった。プラチナメダルを入手する際は必ずペアが揃って健在でなければ無効になるのだ。


 コンクリートの通路の先、角を曲がるとその先に鉄の扉が見えた。他にルートはない。あの扉を潜るしかないようだ。


「ここで待ってろ……と言っても聞かないだろうな」


「勿論よ。これは私の戦いでもあるんだから」


 リディアは決意も固く宣言する。これは何を言っても引かなそうだ。マーカスは溜息を付いた。こうなったら出たとこ勝負だ。意を決して扉を開く。扉の先は殺風景なだだっ広いフロアであった。周囲には錆びた廃材やコンテナ、木箱や樽などのオブジェクトが散乱している。


 どういう仕掛けなのか、2人が部屋に入ると扉が独りでに閉まった。ロックが掛かる音が響く。どうやら退路はないようだ。


「……いるな。来るぞ」


「……!」


 マーカスの警告にリディアは身を固くして構える。それとほぼ同時に、部屋の両脇に散乱している種々のオブジェクトに隠れていたと思しき人影が次々と姿を現した。武器を持った人相や身なりの悪い男達。『エネミー』だ。ステージ1や2でも戦った連中。


 だが今までよりも数が多い。全部で5人いる。マーカスは既に散々倒してきているのでいい加減対処法が身についていたが、リディアは『敵』との戦闘経験も少なくまだまだ慣れていない。


 マーカス単身であればこちらから先制で一気に突っ込んで敵の数を減らし、その後はフロアを走り回って撹乱しつつ戦えば危なげなく撃退できるだろうが、リディアから離れると彼女が集中的に狙われる可能性が高い。ここは彼女から離れずに互いに死角を補い合って戦うしかないだろう。



「俺から離れるな。背中は任せたぞ」


「え、ええ、分かったわ!」


 2人で背中合わせのような態勢となって敵を迎え撃つ。といっても勿論マーカスが敵の多い正面側を受け持つ。リディアはあくまでマーカスが討ち漏らした敵が回り込んできた場合の援護だ。


 早速最寄りの敵が迫ってきた。こいつはバールのような凶器を振りかざしている。敵の数が多いので1人に時間を掛けられない。男が凶器を振り下ろしてくるのを横に逸れて躱すと、カウンター気味にフックを叩き込む。男が怯んだ所にミドルキックを脇腹に蹴り込む。血反吐を吐いて敵が沈む。まずは1人。


 その間に2人の敵が左右から挟撃で迫ってくる。1人は金属バット、もう1人はタイヤレンチを持っている。金属バットの方が脅威度が高く敵の体格も良い。マーカスは素早く判断した。


「レンチの方を頼む!」


「ええ、任せて!」


 リディアにもう1人の敵を任せる。と言っても無理に倒す必要はない。マーカスが目の前の敵を倒すまで抑えていてくれれば充分だ。


 金属バット男が持っているバットをスイングしてくる。体格が良い分かなりの速さと威力だが、凶器の軌道は単純だ。マーカスは半歩下がって上体を反らせるようにしてスイングを躱す。男がたたらを踏んだ。


 マーカスは上体を引き戻しつつ男にストレートを打ち当てる。まともに食らった男がよろめくが、一撃では倒しきれなかった。伊達に体格が良くない。もたもたしていると残りの敵が乱入してきてしまうし、敵の足止めをしているリディアも危ない。


 男が喚きながら今度はバットを上段から振り下ろしてくる。所詮は素人、上段は悪手だ。マーカスが躱すとバットは勢い余って床に打ち付けられ、衝撃と痺れで男はバットを取り落としてしまう。


「むんっ!」


 そこに再度のストレート。顔面に二発のストレートを受けた大男は流石に耐えきれずにもんどり打って倒れた。これで2人。振り向くとリディアはレンチ男を倒せてはいなかったが、抑えていてくれただけでも充分だ。とはいえ残りの敵が迫っているので悠長にもしていられない。


「代われ!」


「……!」


 リディアと強引に位置を変えて、彼女を後ろに下がらせる。そしてローキックでレンチ男の下腿を蹴りつけると男が体勢を崩した。そこに間髪を入れず打ち下ろすようなストレート。レンチ男が地に沈んだ。これで3人。何とか一番離れた位置にいた敵が乱入してくる前に間に合った。



 残った敵はマチェットの男とスレッジハンマーの男だ。一瞬判断に迷うが危険なのは明らかにマチェットの方だ。スレッジハンマーは重い分軌道も単純で回避はしやすい。


「今度は左を頼む!」


「……! 分かったわ!」


 リディアにスレッジハンマーの方の抑えを任せて、自分はマチェットの方に向かう。刃物相手は僅かなミスでも致命傷になりかねないので緊迫度合いが違う。だが刃を恐れて萎縮すると敵にペースを掴まれて却って危険だ。必要なのは大胆さと平常心だ。


 男がマチェットを振るってくる。刃物という事を除けば他の敵と変わらない単純な軌道だ。マーカスは一旦スウェーで斬撃を躱すと、相手が追撃を加えてくる前に大胆に踏み込んで距離を詰めた。ナイフならともかくマチェットなら密着した方が却って危険が少ない。


「……!?」


 案の定相手は驚愕に目を瞠った。まさか刃物を持った自分相手に逆に距離を詰めてくるとは思っていなかったようだが、その油断と思い込みが命取りだ。男が慌てて後退しようとするが勿論逃さない。


 男の頭を両手で掴んで押し下げ、下から全力の膝蹴りを叩き込んだ。刃物を持った相手に暴れる余地を残すのは危険なので一撃で決める必要がある。顔面の骨が潰れる感触と共に男が物も言わずに沈んだ。これで4人。


 リディアの方を確認すると、彼女は相手のスレッジハンマーを振り回す勢いに押されて攻めあぐねているようだった。だが被弾した様子はなく回避は出来ていた。上出来だ。


「おい! 貴様の相手はこっちだ!」


 マーカスが敢えて大声で敵の注意を引くと、仲間を全員倒された事を知った男が明らかに動揺してマーカスの方に意識を向けた。大きな隙だ。


「ふっ!」


 リディアは目の前の敵が晒した隙を逃さず、相手の膝の辺りにローの前蹴りを叩き込んだ。女性の蹴りとはいえ充分に鍛えられ尚且つ無骨なコンバットブーツに覆われた前蹴りを膝に受けた男は、堪らず体勢を崩して片膝をついた。


 そこにリディアは身体ごと回転させるような鮮やかなハイキックを繰り出した。ショートパンツからむき出しの白い脚が振り抜かれ、ステージ1の時と同じようにマーカスはその光景に思わず目を奪われた。


 男の側頭部にリディアの蹴りが見事にヒットし、男は白目を剥いて倒れ込んだ。これで5人全員だ。




「……もう敵はいないようだな。よくやった」


 マーカスは息を吐いて素直にリディアを労う。彼女が敵を抑えてくれていたので同時に複数の敵を相手にしなくて済んだのは事実だ。


「ふふ、どう致しまして。この調子で行きましょう」


 褒められて嬉しそうに笑うリディア。このまま順調に行けばいいが、ルーカノスの警告やグラシアンのルール説明の件もあってマーカスはあまり楽観的にはなれなかった。とはいえ考えて分かる事ではない。自分に出来るのは精々何が起きてもいいように心構えをしておく事だけだ。


「そうだな。では先に進むぞ」


 そう結論付けたマーカスはリディアを促して、コースの進行を再開するのだった。

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