Fight19:不穏の予兆
『サン・ブレスト号』のロイヤルスイートの一室。この客船のオーナーであるグラシアンの自宅兼仕事場を兼ねる部屋だ。『ライジング・フィスト』のステージ2を終えて、島に無数に設置されたカメラから自由に観戦していた【アザトース】の会員達が本日の内容について語り合うのをモニター越しに眺めるグラシアン。
案の定というか彼等の話題は専ら
『いや、素晴らしい。期待以上の内容だったよ! 確認するが本当にあのマーカスという男は、君の
会員の1人がグラシアンに尋ねてくる。まあその気持は理解できる。だが彼はかぶりを振った。
「信じられないだろうが、違う。あの男は正真正銘、ドミニクがスカウトしてきただけの
『なるほど、君の
『やっぱり私の目に狂いはなかったわ。ああいう男も本当にいるのねぇ』
最初にマーカスを推した女性会員も興奮した口調で呟く。他の会員たちも概ね似たような反応だ。となると
『勇敢な
『こうなってくると我々としては
会員達がグラシアンにモニター越しに視線を送ってくる。彼等が何を言いたいかは分かっている。グラシアンは頷いた。
「ああ、分かっている。ステージ3からは
彼の言葉に会員達が喝采を上げる。ステージ3の趣向を見れば彼等はきっと大いに盛り上がる事だろう。
「…………」
秘書として後ろに控えるドミニクは、そんなグラシアンと会員達の様子に眉を顰めるのだった……
*****
夜の『サン・ブレスト号』のデッキ。手すりに腕を乗せて身を預けながら、夜の海を眺めて溜息を付く女性が1人。リディアだ。ゲーム中の衣装のままで、タンクトップやショートパンツからむき出しの白い素肌が暗い背景に浮き立っている。
ステージ2を終えて船に戻ってくるとマーカスにお礼を言って別れ、その足で船内の
各ステージの合間に船内を一通り調べてみたが、やはり自分達のような
(やっぱり……グラシアンのいるスイートルームに潜入しないと駄目みたいね)
だが流石に上のフロアは警備や監視が厚く、潜入はおろか怪しまれないように近付くだけでも困難だ。潜入方法を見つけるのも一苦労で、そうしている間にも時間だけが過ぎていき、また次のステージが始まってしまう。
彼女は別にこの『ライジング・フィスト』の優勝を狙っている訳ではなかった。ただ
この『ライジング・フィスト』は外部の人間がグラシアンの
この船に残り『調査』を続ける為に、彼女はどうしてもこのゲームに勝ち続けねばならなかった。
(……マーカス)
ゲームとなると浮かぶのは彼の顔だ。彼の助力がなければ自分は今こうしてここにいられなかったかも知れない。特に直近のステージ2では既に自分のメダルを入手していたにも関わらず、リディアの為だけに実質3人もの参加選手と連戦で死闘を繰り広げた。
ただリディアを見て気に入ったから等の下心だけでは到底不可能な献身だ。事ここに至っては彼の純粋な善意を信じない訳にはいかなかった。
彼女がこのゲームから降りずに残り続ける事で、彼に余計な負担を掛けてしまう事になる。それはドミニクに言われるまでもなく痛感していた。
娘の手術費の為にこのゲームに参加したというマーカス。そんな彼の負担になってしまう事に心苦しさと罪悪感を覚えるが、彼女もどうしても降りる訳には行かない理由があった。
(ならせめてゲーム中は彼に協力して全力で援護しないと)
そう決意する。そして最終的に彼に『優勝』を譲ればいいのだ。勿論その前に自分の『調査』を完了させておく事が前提条件だが。
方針を決めると少し気が楽になった。今夜の調査は不発に終わったので、次はステージ3を勝ち残らねばならない。……恐らくはマーカスと一緒に。
「…………」
今日の彼の
「リディア、こんな所にいたのか。着替えもしないで南国とはいえ夜風は冷えるぞ」
「……!」
丁度その時、本人の声が聞こえてきてリディアは若干動揺してしまう。振り返ると船の入り口にマーカスが立っていた。ゲームの時とは違って私服のスウェット姿だ。
「な、何でもないわ。丁度もう寝ようと思っていた所よ!」
「? おい、どうした?」
マーカスに動揺を悟られたくなくて、リディアは若干上気した頬を隠すように顔を伏せて船内へと走り去っていった。マーカスは訳が分からんというような顔で頭を掻きながらそれを見送るのだった。
*****
翌朝。何とか支障ない範囲までダメージを回復させたマーカスは、コンディションを整えた上で船のホールに向かう。途中でリディアに会った。彼女もホールに向かう途上だったようだ。当然というかいつもの刺激的な軽装姿で、露出した脚や胸元が眩しい。
「あ、マ、マーカス……。その……身体はもう大丈夫なの?」
「ああ、何とかな。お前も大丈夫なのか? 昨夜は様子が変だったが」
腕を回して見せながら問い返すと、何故かリディアは動揺したように顔を赤らめた。
「……ッ! へ、平気よ! ご心配なく!」
「……? まあ、大丈夫ならいいが……」
相変わらず少し様子のおかしいリディアに首を傾げながらも一緒にホールまで向かう。会場には自分達以外の選手が既に揃っていた。当然ながら昨日より
「昨日は随分と派手に暴れたらしいな」
入ってきたマーカス達を見て近付いてくる者が。ムビンガではない。非常に体格のいい威圧感のある白人男。あのナンバー『13』のルーカノス・クネリスとやらだ。
「……『派手』の定義によるな」
マーカスは無意識にリディアを庇うような立ち位置になる。彼女もその威圧感に身を固くしていた。ルーカノスは若干苦笑するように口の端を歪めた。
「ふ……そう警戒するな。俺自身は女を無意味に甚振る事に興味はない。むしろお前に
「警告だと?」
自分がマーカスを倒すという宣言の類いだろうか。だが今の言い方はそういう感じではなかった。
「お前の昨日の
「……!」
「俺も人の事は言えんが……あらゆる娯楽と刺激に飽いた倫理観の壊れた連中の歓心を惹いたのだ。俺が主催者の立場なら、今回のステージから
「仕掛ける……だと?」
不穏な言葉にマーカスは眉を顰める。ルーカノスは肩をすくめた。
「無論俺とグラシアンでは考え方もやり方も違うので、それがどのような形になるかは分からんがな。まあ精々心構えだけはしておけ」
「…………」
ルーカノスはそれだけ告げて元の場所に戻っていった。マーカスはそれを厳しい視線で見送る。
「マ、マーカス……今の男は?」
「ステージ1の時に少し話しただけだ。俺もよくは知らん。得体の知れない男だが無意味な出任せを言うようなタイプではない」
ステージ1の時のリディアに関する警告は本当だった。となると今回も油断はしない方が良さそうだ。
「やあ、諸君! 揃っているかね! ああ勿論、昨日脱落した連中以外は、だが」
しかしその時ホールのステージにいつものように護衛を大勢引き連れたグラシアンが登場して、マーカスの思考は中断された。
「早速だが今日のステージ3のルールを説明しよう。今回は待ち受ける障害を突破しながら進みゴールを目指す『ステージクリア形式』となる」
「……!」
「が、勿論追加のルールがある。昨日で4人減ったものの諸君らの数は12人。つまり偶数だ。今回は
グラシアンはそう前置きして、そのタッグの『組み合わせ』を発表した。マーカスの相方は……なんとリディアであった。
確かに彼としては余計な心配をしなくて良い分好都合ではあったが、あまりにも出来すぎている気がしないでもない。果たしてこれは偶然だろうか。それとも何らかの
リディアの方はマーカスと相方になれた事でホッと胸を撫で下ろしており、
他の選手たちも各々タッグを振り分けられていた。ムビンガはナンバー6のケンジ・オガという日本人と組んでいた。ルーカノスの相方はナンバー4のオレグ・チャイコフスキーという男だ。
「組み合わせは
「…………」
マーカスは眉を顰める。グラシアンの告げるルールの要所要所に不穏な文言が認められた。考えれば考えるほど嫌な予感がするが、どのみち退く訳には行かないので何であってもやるしかない。マーカスはそう決意して、リディアと共にステージ3へと臨むのであった。
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