Fight9:同盟成立?

 廃墟に向かって走るマーカス。すると徐々にだが彼の耳に人の声と思しき音が聞こえてきた。その中には明らかに女の声・・・も混じっているようだった。


「……!」


 どうやら既に『敵』に捕捉されているようだ。先程のルーカノスの獲物・・という言葉が脳裏をよぎる。マーカスは走る速度を早めた。


 森を抜けるとルーカノスが言っていたように、そこは打ち捨てられた廃工場のような場所となっていた。大きなプレハブは錆びついて、中に様々な重機や建材が放置されている。だが争いの音が聞こえるのは工場の中ではなく外の敷地部分だ。そこにも大きな廃材がいくつも積み重ねられている。



 その廃材群の横辺りに……いた。モスグリーンのタンクトップに黒のショートパンツという軽装。手足はコンバットブーツと指ぬきグローブに覆われている。そして目を惹くセミロングのブロンド。



 リディアだ。彼女は2人の武器を持った男達に追い詰められている所だった。男達の武器は、1人は木の板に釘をいくつも打ち付けた凶器を持っていた。所謂ネイルボードだ。もう1人は……金属のマチェットを握っていた。


(おいおい……そいつマチェットは洒落にならんぞ!)


 マーカスは心の中で毒づいた。リディアは剣呑な武器を持った2人の男に同時に襲われたらしく、有効な反撃も出来ないまま追い詰められているようだった。一覧表によると英国海兵隊にいたようだが、このような武器を持った殺意に満ちた暴漢相手の実戦訓練までしていたとは思えない。仮にしていたとしても2対1は分が悪いだろう。


「おい! 貴様の相手はこっちだ!」


「……!?」 


 マーカスは敢えて大声でその場の注意を引き付けつつ、迷わずマチェット男の方に突進する。全速力で迫ってくる彼の姿にマチェット男はギョッとして慌てて迎撃態勢を取る。これで奴はリディアから引き離せる。


「しばらく持ち堪えろ!」


「……!!」


 同じく信じられないような面持ちでマーカスを見ていたリディアに怒鳴ってから、目の前のマチェット男に集中する。生身にマチェットの刃を食らったら少なくとも重傷は確定だ。流石にマーカスと言えども緊張は隠せないが、ここまで来たらやるしかない。


 彼が敢えて踏み込む動作を見せるとマチェット男は刃を振るって牽制してくる。予想通りの動きだ。敵は待ちの態勢だが、あまり時間を掛けるとリディアが危ない。短期決戦を挑む他ないだろう。


「ふっ!!」


 再び大胆に踏み込む。予想通りマチェット男が武器を振るってきた。彼は全神経を集中させて薙ぎ払いを躱す。攻撃をスカされた男がたたらを踏むが、ここですぐに追撃は掛けない。やはりマチェットはリスクが大きい。


 態勢を立て直した男が再び武器を振るおうとする。


(……ここだ!)


 彼は更に踏み込んで男に肉薄すると……ナタを持つ男の手首を素早く掴んだ!


「……!!」


(よし、成功だ!)


 マチェットはリーチが長いので先程のナイフのようにロー狙いもリスクがある。彼は最初からこうやって腕を掴んでの抑え込みを狙っていた。握力を全開にすると、男がうめき声を上げてマチェットを取り落とした。


 マーカスはそのまま至近距離から全力のパンチを男の顔面目掛けて打ち抜いた。鼻が潰れる感触と共に、男が鼻や口から血を噴き出す。念のため男の腹に膝蹴りを追撃で叩き込むと、男はそのまま物も言わずに突っ伏した。完全KOだ。



 すぐにリディアの方に視線を移す。彼女はネイルボード男を相手にしていたが、振り回される長いリーチの凶器に攻めあぐねて苦戦を強いられていた。だが2対1の圧力からは解放されたので、何とか持ち堪える事は出来ていた。


 長柄の凶器を振り回して全力で殺しに来る男を相手取って防戦を続けていられるだけでも、リディアが女性としては並の強さでない事を物語っていた。


「おい! こっちだ!」


「……っ!!」


 マーカスが声を上げながら迫っていくと、ネイルボード男は慌てて振り向こうとする。だが遅い。


「むん!」


 ミドルキックを相手の腕に蹴り込むと、その衝撃で男はネイルボードを取り落とした。そのまま止めを刺そうとするが、それより先にリディア・・・・が動いた。


「ふっ!」


 武器を落として隙だらけになった男の側頭部目掛けて、彼女のショートパンツから剥き出された長い脚が振り抜かれる。マーカスは思わずその姿に見惚れてしまう。


 彼女のハイキックは見事男の側頭部にクリーンヒットし、男は白目を剥いて気絶した。既にマーカスの攻撃で怯んでいたとはいえ、大の男を一撃で昏倒させるとは大した威力だ。




「……何のつもり? 何故私を助けたの?」


 リディアはその美貌に警戒を浮かべながら問いかけてくる。マーカスは肩をすくめた。


「さあな。自分でも分からん。むしろ俺が聞きたいくらいだ」


「ええ? な、何なのよ、それ……」


 リディアが戸惑うが、自分でも分からないというのは本当なのだから仕方がない。


「だがこれで骨身に染みただろう。このゲームを続ければ、負けた時の代償は『死』だ。いや、アンタならその前にもっと酷い事になるかもな。それが嫌なら今すぐこのゲームを降りるんだ」


「……! 嫌よ、絶対に降りたりしないわ! やっとここまで来たんだもの。アイツの懐に入り込めたの。もう少しなのよ!」


「アイツ?」


 以前本人が言っていたようにやはり金目当てではない別の目的があるのか。リディアは興奮して口を滑らせた事に気づいてハッとすると、顔を逸らした。


「あ、あなたには関係ないわ。何を言われても私は降りない。だからもう私に用はないでしょ? さあ、メダルを回収してさっさとどこかに行きなさいよ」


「……そうか。分かった」


 頑ななリディアの態度に嘆息するマーカス。『敵』に襲われた経験を経ても彼女の意思は変わらないらしい。よほど譲れない目的があるのだろう。ならば……


 マーカスは倒れている男達の懐を漁ってメダルを回収した。2つある。今持ってる分にこれを合わせれば5個になる。この時点で彼は晴れて『ステージ1』クリアだ。このまま回れ右して『サン=ブレスト号』まで歩いていくのが正しい選択だ。



 しかし彼は敢えて間違った選択・・・・・・を選んだ。



「受け取れ。これはお前の分だ」


「え……?」


 彼はその2個のメダルを強引にリディアに手渡した。彼女は戸惑って目を見開く。


「ど、どうして……? こいつらを倒したのはあなたでしょう?」


「だがお前が倒した奴等でもある。いいから取っておけ。ゲームをクリアしたくないのか?」


「……!」


 どうしても退けない目的があるらしい彼女には覿面の言葉だ。つまらない意地を張って、メダルを2つも入手できるチャンスをふいにするほど馬鹿ではないだろう。


「あ、ありがと……」


 もごもごと小さく礼を言いながらメダルをポシェットにしまうリディア。どうもかなり素直ではない性格のようだ。マーカスは苦笑した。 



「どう致しまして。さて、それじゃ残りのメダルを集めないとな。ほら、一緒に行くぞ」


「……っ! な、何故……どうして私を助けるの? あなただって『優勝』が目的なんでしょう?」


 マーカスが当然のように同行を促すと、リディアは信じられないという面持ちで疑問を投げかけてきた。


「何度も言わせるな。俺自身にも解らないんだよ。あえて言うなら、お前が殺されたりする場面を想像したくないんだよ。俺は女に暴力を振るう趣味はないが、女が暴力を振るわれてる・・・・・・姿を見るのも嫌なのさ」


「……!! ……あんまり私に構うと、またあの眼鏡女に怒られるわよ?」


「何故そこでドミニクが出てくる? あいつとは何でもない。勝手に怒らせておけ。それにこれはただの善意や気紛れって訳じゃない。俺にも充分メリットがあっての事だ」


「え……メリット? 私と一緒にいる事が?」


 リディアが意外そうに目を瞬かせた。マーカスは首肯した。


「そうだ。今後もどういうルールの『ステージ』になるか予測が付かん。なら仲間・・はいた方がいいだろ? そうして最終的に俺とお前が残る・・・・・・・って形にした方が『楽』だ。後はお前を制圧・・するだけで『優勝』だからな」


「……!」


 リディアが目を見開いた。これはたった今思いついた言い訳・・・だが、素直に助力を受けようとしないリディアに対しては効果的なのではと思った。ついでにドミニクに対する言い訳・・・にも使えそうだ。果たしてリディアはようやく納得したように頷いた。



「なるほど……そういう事なら納得だわ。いいわ。あなたと手を組んであげる。でも最終的に『優勝』するのは私だから。あなたには悪いけどね」



「ふ、そいつはどうかな」


 リディアが承諾してくれた事に内心で安堵しながら、表面上は露悪的に口の端を吊り上げるマーカス。後は彼女の気が変わらない内に行動するだけだ。


「話が決まったならさっさと行くぞ。残りのメダルを回収する」


「ええ、解ってるわ」


 話が纏まって無事『仲間』となったマーカスとリディアは、周囲に『敵』がいない事を確認して新たなロケーションを目指して再び森の中へと分け入っていった。

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