Fight8:ファーストステージ
森の中の遊歩道を抜けると一転して視界が開け、目の前には整備された公園のような施設が広がっていた。ベンチなどがいくつも置かれて、ご丁寧に中央部に大きな池まである。だがその池の更に中央部に、明らかにグラシアンを象ったと思しき
(本当に自分の遊び場という事か。ゲーム中まで奴の顔を見たくはなかったな)
それはそれとして、ここは少々
「……!!」
そう思っていた傍から懸念していた事態が起きた。マーカスの姿を見つけた『敵』が公園内に踏み込んできた。問題はそれが
別の方向からもう1人の『敵』が、やはり彼の姿を認めてこちらに向かってきていた。どちらも素手ではなく、1人はバールフックのような凶器を握っており、もう1人は何と刃渡りの長いジャックナイフを持っていた。
(ナイフだと? いよいよ洒落にならんな……!)
完全に殺傷を目的とした武器。このゲームが非合法の
幸いというか2人の『敵』は徒党を組んでいる訳ではなく、偶然同じタイミングでマーカスを見つけて集まってきただけだ。しかも向かってきた方角が違うため双方の距離は大分開いている。わざわざ連中が集まるのを待っている道理はない。
マーカスはまずバールを持っている方にターゲットを絞って突撃する。
「……!」
バール男はマーカスの方から向かってきた事に一瞬目を見開いたが、『賞金』の事でも思い出したのかすぐに狂暴な表情になって、バールを振り上げて迎撃してきた。持っている凶器が違うだけで技量的には最初の金属パイプ男と大差はないようだ。
だが先端の尖っているバールフックに当たると金属パイプより重傷を負う可能性が高い。身を捻って振り下ろしを躱したが、バールのフック部分が頭のすぐ横を通り過ぎた時は流石に肝を冷やした。何度も同じ体験をするのは御免だ。
「ふっ!」
男の顔面にストレートを撃ち込むと、鼻が折れる感触と共に男が盛大に鼻血を噴いて仰け反った。無防備になった胴体にミドルキックを蹴り込む。確かな手応えと共に男の身体が地に沈んだ。これで1人。
「……っ!」
だがその時には既に、走ってきたナイフ男が危険な距離まで迫ってきていた。引き絞ったナイフを突き出してくる。迷いのない殺意に彩られた攻撃。賞金というだけでなく、過去にもナイフで人を傷つけた(もしくは殺した)経験がありそうだ。
「ち……!」
マーカスは一旦大きく飛び退って距離を取る。ナイフ男は即座に追撃してくる。ナイフはリーチは短いがその分振りが速く隙が少ない。迂闊にジャブなどを仕掛けると腕を斬り付けられかねない。だが男の動きを見ていてナイフの弱点はすぐに見抜いていた。
(
勿論こちらが格闘経験のない素人であればナイフは恐ろしい武器だが、むしろキックは対ナイフに相性が良いかも知れなかった。
「ふっ!!」
マーカスは追撃で踏み込んできた男の動きに合わせて、その下腿目掛けて強烈なローを繰り出す。ナイフはリーチが短いので脛を狙うローにまで対処できない。結果クリーンヒットしたローキックはその激痛でナイフ男の動きを一瞬止める事に成功する。
「シッ!!」
その隙に全力のストレートを男の顔面に叩き込んだ。一切の手加減なしだ。ほぼ顔面が陥没する勢いで盛大に鼻血を噴き出しながら男が昏倒した。起き上がってくる気配は……ない。
「……ふぅ。とりあえず他にやってくる気配はないな?」
男が完全に昏倒している事と、新たな敵がやってくる気配がない事を確認して、マーカスはようやく息を吐いた。
(しかしナイフとは……。いや、他の凶器でもそうだが、こいつらは完全に俺を殺す気だった。格闘大会という意識を早く捨てないとマズそうだなこれは)
格闘というよりは、生死をかけた
しかしとりあえずこの場は切り抜ける事ができた。マーカスは素早く男達の身体を物色してメダルを回収した。これで3つだ。残りは2つだけという事になる。かなり良いペースと言えるのではないか。この分なら5つ集めるのはそう長丁場にはならないだろう。
(まあ
いきなり理不尽な難易度にはしないという事だろう。この先もこう上手くいくかは保証出来ないだろうが。マーカスが入手したメダルを収納して再び歩き出そうとした時……
「ほぅ……中々に鮮やかな手並みだな。今まで武器を持った人間を相手にした事が無いとは思えん」
「……!!」
突如聞こえてきた男の声に、マーカスは反射的に振り返って身構えた。木立の中にいつの間にか男が1人佇んでいた。参加選手の1人だ。腕章のナンバーは『13』。確かパンクラチオンのルーカノス・クネリスという男だったはずだ。短い金髪を逆立てた、非常に恵まれた体躯の剛毅な印象の男だ。
「……俺に何か用か?」
「ふ……そう警戒するな。少なくともこの『ステージ1』ではリスクを取ってまで選手同士で争う意味はない。偶々進路が交錯しただけだ」
ルーカノスはそう言って平然と歩いてきた。確かに敵意は感じられない動きだが、一応油断はしないでおく。ルーカノスは倒れている男達に視線を落とす。
「何だ、殺していないのか?
その後、マーカスの目を疑う光景が展開された。何とルーカノスはその太い脚を振り上げると、倒れている男達の喉元に一切の容赦ない全力の踵落としを蹴り込んだのだ!
「な……!?」
マーカスは目を疑った。男達は喉ごと頸椎を砕かれたらしく、完全に白目を剥いて事切れていた。今、全く必要のない殺しを目の前の男は実行した。
「俺は落ちている金は拾う主義でな」
ルーカノスは事もなげに肩をすくめた。マーカスとて娘のためなら人を傷つける事を厭うつもりはないが、好んでやっている訳では無い。ましてや殺しなど尚更だ。だがこの男は違う。もしかしたらこのゲームに参加したのも金目当てではなく、殺し目当ての可能性さえあった。
「そういえば……ここに来るまでの途中で、あのリディアとかいう女を見掛けたぞ」
「……!」
立ち去り際のルーカノスの言葉にマーカスは僅かに眉を上げた。
「幸か不幸かまだ『敵』には遭遇していないらしく、おっかなびっくりといった様子で向う側にある廃墟の方に歩いていったぞ。まあ俺の知った事ではないが、『敵』共からしたら色々な意味で美味しそうな
「…………」
マーカスは無意識のうちに眉根を寄せていた。ルーカノスは意味深にそれだけを告げると、後は振り返らずに歩き去っていった。
(奴が俺にこんな事で嘘をつく理由はない。……どうする?)
残されたマーカスは何故か激しい迷いと葛藤を感じていた。あくまでライバルの1人というドミニクの言葉が思い返される。実際その通りだ。リディアがどうなろうと彼には何の関係もないし、彼には娘の手術費のために賞金を得るという至上の目的がある。
リディアに構う必要などないし、邪魔ですらある。頭ではそれを重々承知していた。なのにマーカスの足は無意識にルーカノスが示した方向に向かって進み始めていた。ただあの亡き妻に似た雰囲気の女が死ぬ場面を想像したくなかった。これは理屈ではない。マーカスは自分で自分の心の内が理解できなかった。
(ええい、だから棄権しろと言ったんだ、あの馬鹿女め……!)
マーカスは内心でリディアと、そして不条理な感情に突き動かされる己自身に毒づきながら、彼女が向かったと思しき廃墟に向けて駆け抜けていくのだった……
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