Fight7:ゲーム開始

「はぁ……本当に棄権する気は無いんだな? 昨夜部屋に配られていた選手一覧は見ただろう。女に暴力を振るう事に躊躇いがない、いや、むしろ快感すら覚えるような頭のネジが外れた連中ばかりなんだぞ?」


 翌日。廊下を歩いていたリディアに鉢合わせしたマーカスは、彼女が昨日と同じ格好をしており臨戦態勢でいるのを見て、無駄とは思いつつ最後の警告をする。


 因みに彼女の左上腕には『11』と数字が書かれたバンドが巻かれている。マーカスも左上腕に『16』のバンドを巻いていた。昨夜選手一覧と共に部屋に配られていた物で、ゲーム中は常にこれを付けている必要があるらしい。


「ええ、見たわ。でも何を見た所で私の決意は変わらないわ。昨日も言ったけど気遣いは結構よ」


 予想通りリディアはそのタンクトップを押し上げる豊かな胸を反らして宣言した。マーカスはため息を付いてかぶりを振った。


「全く……どうなっても知らんぞ」


 彼等がそんな話をしていると近づいてくる足音があった。ヒールの音。これは……



「マーカス、ここにいましたか。そろそろ時間ですよ。コンディションは問題ありませんか?」



「……! ドミニクか。ああ、まあ……俺なら問題ない。いつでも行けるさ」


 別に何も気にする必要は無いのに、バツの悪い所を見られたような妙に後ろめたい感情が湧き上がる。ドミニクはリディアを認識しているはずなのに、何故か意図的に無視してマーカスにだけ視線を向ける。


「大丈夫です。あなたの強さは私が誰よりも・・・・よく知っています。余計な事・・・・に気を取られなければ必ずあなたが勝ち残れるはずです」


「……!」


 『余計な事』という部分を挑発的なアクセントで発言するドミニク。明らかに……意図的にやっている。案の定と言うかリディアの目が吊り上がる。


「ちょっと、何なのあなた? いきなり出てきて。選手でもない無関係・・・な人は引っ込んでてくれるかしら? 今、彼は私と話してるのが見て解らない?」


 マーカスがどうというよりは、恐らく同性で同年代と思われる他の女性・・・・への対抗意識か。


「あら? 彼の善意を無視してつっけんどんな態度を取る礼儀知らずに気兼ねする必要はないと思ったので。それは大変失礼致しました」


「あなた……喧嘩売ってるの? いい度胸ね……」


 あくまで慇懃無礼に嫌味を重ねるドミニクに、リディアの目が剣呑に細められる。



「おい、やめろ、こんな所で! もう間もなくゲームが始まるんだぞ!」


 睨み合う2人の美女に挟まれて妙な居心地の悪さを感じたマーカスは、少し強めの調子で割り込む。傍目に見たら誤解されそうな構図であった。


「ふん、言われなくても解ってるわ。あなたこそゲームが間近だというのに、その女と遊んでいて足元を掬われないようにね!」


 リディアはそう言い捨てて船のエントランスホールの方に歩き去っていった。それを見送ってマーカスは嘆息してドミニクに向き直る。



「おい、勘弁してくれよ。何故いきなりあんな態度を取った?」


「……逆に聞きますが、何故あなたは彼女の事を気にかけているのですか? 彼女はあくまで参加選手の1人……つまりライバル・・・・なのですよ? ニーナちゃんの手術費の事を忘れた訳ではないでしょう?」


「……! ……無論だ。だから事前に棄権するように促したんだ。女を殴る趣味はないからな」


 マーカスは若干自分に言い聞かせるように答えた。だが別に嘘はついていない。ニーナを助ける事が最優先だし、それ以外の事は全て二の次だ。リディアに棄権を促したのは、戦わずにライバルを減らせればそれに越したことはないと思ったからだ。


「……分かりました。ゲームが始まったら全てはあなた自身の判断に委ねられます。くれぐれも『優勝』が目的だという事を忘れないようにお願いします」


「勿論だ。言われるまでもない」


 一応理には適っていたので納得してくれたようだ。マーカスはホッと息を吐いて、ドミニクの案内に従って船のエントランスホールに向かう。そこには既にリディアを含めた他の選手全員と、ボディガードを引き連れたグラシアンの姿が揃っていた。




「全員揃ったようだな。では最初の『ステージ1』の説明を始める。一度しか言わんからよく拝聴したまえ」


 ホールの一段高くなった壇上に立つグラシアンの言葉に耳を傾ける選手たち。勿論マーカスもだ。


「まずはあちらの窓の外に見えるのが君達のゲームのバトルフィールドとなる、通称・・『ドーレ島』だ」


 グラシアンの指し示す先、窓の外にはそれなりの広さがあると思われる島が見えた。あれが『ドーレ島』とやららしい。名前は恐らく自分の苗字からだろう。


 基本的には森で覆われているが、ビーチのような沿岸部や所々森のない平野部があったり、また木々の間から様々な建物の外観が垣間見えた。


「全くの手つかずだった無人島を私が改造・・して、実に起伏と変化に富んだバトルフィールドに作り変えた。諸君にもゲームを楽しんでもらえる事請け合いだぞ」


 まるで自分のお気に入りの玩具を自慢するように紹介するグラシアン。いや、実際に奴にとってこの島は極上の『玩具』であるのだろう。島の通称に自分の名前を付けている事からもそれは明らかだ。



「舞台の確認が出来たらいよいよ具体的な内容説明だ。といってもルールは単純だ。この『メダル』を1人に付き5つ・・集めてこの船に戻ってくるだけだ。5つのメダルを確認できたらその時点でステージクリアだ。簡単だろう?」 


「……!」


 グラシアンは手に持っている『メダル』を掲げてマーカス達に見せる。蛸のような触手がうねった奇怪なデザインのレリーフが象られたそのメダルは、オリンピックなどのメダルより若干小さい程度。あれなら確かに5個くらい持ち歩いても邪魔にはならない。 


「島は広いがメダルは大量にあるので、1人5個程度なら必ず集められるはずだ。ただし……勿論ただの・・・宝探しという訳じゃない」


 グラシアンはそこで一度言葉を切って嫌な笑みを浮かべる。


「メダルは島に大量に配置された『エネミー』が持っている。1人に付き1つずつ、な。殆どが私が買い取った・・・・・重犯罪者か食い詰めて雇われた不法難民の類いだが、君達の姿を見たら容赦なく殺せ・・と指示してある。君達を殺せば『賞金』を出すという条件でな」


「……ッ!」


 つまりこちらに対して殺意を持って襲ってくる『敵』とやらを、最低でも5人倒さねばならないという事か。


「無論殆どが格闘技の経験もない素人だ。銃火器の類いは持っていないし、投石などの遠距離攻撃も禁止してあるので一人一人は君達の敵ではないだろうが、数が揃った場合はどうなるか。その辺りも考慮して上手く立ち回ってくれ給え」


 ただし集団で選手を殺した場合支払われる賞金は『分配』されるらしいので、基本的には・・・・・群れていないだろうとの事だ。そこで選手の1人が挙手した。腕章のナンバーは『4』。ロシア人のオレグ・チャイコフスキーとやらだ。



「……その襲ってくる連中は殺してもいい・・・・・・のか?」



「……!!」


 その質問に何となく皆が緊張した。グラシアンは満足そうに大きく頷いた。


「無論だ。相手が殺しに来るのに君達だけ殺せないというのは不公平だろう? 遠慮はいらん。邪魔する者は好きなように排除・・したまえ。むしろその方が『会員』の皆様も喜ぶだろう」


 『会員』というのはこの悪趣味なゲームを鑑賞して、誰が勝ち残るかを賭けているという『ギャラリー』共の事だろう。


「そうそう。言い忘れていたが、島には私や『会員』の皆様がゲームを鑑賞する為の小型カメラやドローンが至る所に設置されている。それらの監視装置を見つけて意図的に破壊したりした場合、即失格・・になるので気をつけるように」


 最後にそんな忠告を投げるのも忘れない。そして『オリエンテーション』が終わり、いよいよゲーム開始の運びとなった。選手一人一人がそれぞれ異なるボートに乗って、島の別々の地点からスタートという形らしい。




 マーカスの乗るボートは島の東側に回り込み、小さなビーチに彼を降ろすとそのまま走り去ってしまった。これで後はそのメダルとやらを5個集めるまで(つまり『敵』を5人以上倒すまで)は船に帰れないという訳だ。誰かに殺されるか、丸一日以上メダルを持ち帰れなかったら『負け』扱いとなるらしい。


(とりあえずここにいても仕方ない。見える範囲にその『敵』とやらも見当たらないしな。森に入ってみるか)


 ビーチのすぐ先は森になっていて、移動するにはこの森に入らねばならない。その『敵』とやらの事を考えるとあまり見通しの悪い場所に入るのは気が進まなかったが、背に腹は代えられない。


 森に踏み込むとビーチからは見えなかったが、最低限の舗装がされた歩道のような道が続いていた。歩道はある程度の幅があり、ここなら足場の悪さは気にせずとも良さそうだ。特に指標もないのでこの歩道を進んでいく事にする。


 周囲は鬱蒼とした森が広がっているが所々日は差しており、明るさは問題なかった。待ち伏せているかもしれない『敵』がいないか、注意深く視線を走らせながら歩いていると……



「……!」


 歩道の周囲に生い茂る木々。その一本の陰が僅かに揺らめくのを見た気がした。いや、気のせいではない。マーカスの感覚はその木の陰に誰かいる・・・・のを察知していた。


(隠れている? となると……)


 敵が待ち構えているからと危険を避けるのでは意味がない。メダルは敵が持っているからだ。マーカスは敢えて気づいていない振りをして歩きを進める。そしてその木の横辺りまで近づくと……


「おあぁぁぁっ!!」


「……!」


 案の定、男が奇声を上げながら飛び出してきた。『敵』だ。だが1つ彼の予想外があった。男はその両手に長い金属パイプ・・・・・のような物を握っていたのだ。それを既に振りかぶっている。


(武器持ちとは聞いていなかったな……!)


 だが言われてみればグラシアンは銃火器や投石などの遠距離攻撃は禁止と言っていたが、それ以外・・・・の武器の使用には言及していなかった。単に素人が素手で殴りかかってくるだけなら彼にとって大した脅威ではないが、凶器持ちとなると多少話は変わってくる。



「ち……!」


 マーカスは大きく飛び退って男の金属パイプの振り下ろしを躱した。男は喚きながら今度は横薙ぎに凶器を振るってくる。男の膂力で殺意を持って振るわれれば金属パイプはれっきとした凶器だ。当たりどころが悪ければ即死もあり得る。


 マーカスは再び大きく下がって攻撃を躱した。このまま逃げ続けている訳にも行かない。武器を持った相手との戦闘経験は無かったが、幸いただ素人が力任せに振るっているだけで、二撃躱した時点で既に男の動き自体は見切っていた。あとは決断・・するだけだ。


(ニーナ……俺に力を貸してくれ!)


 最愛の娘の顔を思い浮かべる。それだけでどんな困難も勇気を持って乗り越えられる。決断は一瞬だった。


「ふっ!」


 男が更に追撃してきたのを躱すと、相手の態勢が整う前に一気に前に踏み込んだ。キックで鍛えられた脚力による踏み込みは男との距離を一瞬で縮め、彼の間合い・・・・・になった。


「むん!!」


 ミドルキックを一閃。無防備な男の脇腹に鍛え抜かれた蹴りが叩き込まれ、肋骨が折れるような感触が彼の脚に伝わってきた。


「か……!! が……」


 男は血反吐を吐き白目を剥くと、身体を折り曲げたまま倒れ伏した。今の一撃だけで完全にKOしたようだ。男は白目を剥いたまま痙攣している。


 素人相手に全力で攻撃したのは初めてだが、まさか一撃で肋骨を砕くとは思わなかった。我ながら自分の力と技術が素人にとっては凶器・・なのだという事を再認識した。


「……悪く思うなよ? 先に襲ってきたのはそっちだからな」


 だがここは非合法の空間だ。『表』では許されない事もここでなら許される。マーカスは自らが重傷を負わせた男にそう言い置いてからメダルを物色し始めた。元々ストリートファイトを生業としていたが故に、相手を傷つける事に躊躇いを感じずに済んだのは僥倖であった。



「……! あったな。これか」


 男の服の内ポケットにあの特徴的なレリーフが象られたメダルを発見した。このレリーフは一度見たら見間違えようがない。マーカスはメダルを回収すると、行きのボートの中で渡されて現在も腰に付けているポシェットの中にメダルを収納した。これに入れておくようにとの事であった。


 これで早速1個回収した。残りは4つだ。幸先がいいスタートと言えるだろう。マーカスは男が持っていた金属パイプを入手するかどうか一瞬迷う。


(……いや、やめておいた方が良さそうだな)


 別にこれで相手を殴る事に抵抗がある訳では無い。慣れない凶器など使ったら却ってマイナスになると判断したためだ。彼の武器・・は鍛えられた肉体と培ったキックの技術だ。恐らく他の参加選手達も同じような判断をするだろう。


(こんな凶器を使い慣れてるとしたらプロレスラーくらいだろうな)


 そう判断した彼はメダルだけを回収すると、まだ痙攣している男を捨て置いて再び森の中の歩道を歩き出していった。

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