1月12日 ブラウニー

 今週はずっと、眠気がすごい。

 春眠、というには早過ぎる。普通に冬眠である。冬眠したい。


 午後からは晴れて、思ったよりは温かい。とりあえず買い物へ行く。目当てのものは無事買えたのだが、三店舗を一筆書きに巡るはずが、「あっちの方が安いじゃないか」「おや、アレもいるのでは?」などが発生した為、店舗を行ったり来たりすることになってしまった。どうもぼんやりしている。


 今日の私は、ある衝動に駆られていた。

 ブラウニーを食べたい。日本のさっくりしたやつではなく、なんだかしっとりねっとりしているらしい、アメリカンなやつを。

 ちょうどお菓子作りしたい欲も高まってきたところである。作るしかあるまい。


 そもそも何故急にそんな気分になったかというと、とあるYouTube動画を見ていたからである。両親とも日本人だがアメリカで生まれ育った人、フランス留学経験のあるトリリンガル、ごく普通の日本人、という三人が、アメリカと日本の文化を比較しながらわちゃわちゃやるチャンネルである。そのチャンネルをそれなりに追って来ているのだが、どうも日本のブラウニーとアメリカのブラウニーは、決定的に何か違うらしい。アメリカのブラウニーに親しみのある彼からすれば、日本では理想のブラウニーになかなか出会えないのだという。つい最近は、日本で手に入る様々なブラウニーを食べ比べて最もアメリカのブラウニーに近いものを探す企画をしており、その結果はなんと、輸入食品スーパーにあったアメリカ製のものがベストだった。そりゃそうだろう、と思うと同時に、そんなに違うものなのか、という興味がむくむくと湧いて、今日に至ったのである。

 というわけで、まずアメリカっぽいブラウニーのレシピを探さなくてはならないのだが、そもそもアメリカでも様々なブラウニーがあり、ねっとり濃厚なfudgy、もっちりなchewy、パウンドケーキのようなどっしりした食感cakey、と大きく三種に分かれるようである。とりわけ現代はfudgyが増えているとか。

 その発祥は比較的新しく、シカゴ万国博覧会のあった1893年。シカゴにあったホテルである『パーマー・ハウス』のシェフが、「万博に参加する女性のために、ケーキひと切れよりも小さくて、お弁当箱から気軽に出して食べられるようなデザートを作ってほしい」というホテル創業者の妻バーサ・パーマーの要求に応えて、このお菓子を考案したのだという。その後、『パーマー・ハウス』はホテル王コンラッド・ヒルトンに買収され『パーマー・ハウス・ヒルトン』に名を変えたが、そこでは今も当時のレシピのままブラウニーが提供されており、年間五万個を売り上げているという。

 そんな原点である『パーマー・ハウス』のレシピが、至って普通に公開されているようなので、今回はそれを使ってみた。


 ブラウニーは、比較的簡単に作れる菓子である。チョコレートとバターを湯煎などで溶かし、卵、粉類を混ぜ、スクエア型に流し込み、胡桃などを乗せて焼く。基本的な工程はどのレシピも変わらない。『パーマー・ハウス』のレシピは、粉を先に混ぜて卵を後で加える、という順番だけが現代の一般的なレシピとは違うようだったが、これ以上に触感を左右するのは、材料の配合である。

 砂糖の量には慣れていたのだが、今回のチョコレートとバターの量には少なからず動揺した。重い。リッチな使い方である。反対に小麦粉は少なめなので、そりゃあねっとりするだろう、という実感がある。

 しかしここで、私は痛恨のミスを犯した。バニラオイルを入れ忘れたのである。いや、弁明させていただきたい。このレシピの材料表には確かに記載があるのだが、工程表の中にどのタイミングで入れるか、が全く抜け落ちていたのである。これはひどい、あんまりである。そのことに気づいたのは、オーブンで焼き始めてからだった。その時の落胆といったらない。

 とはいえ、ブラウニーはしっかりと焼きあがった。これをゆっくりと冷まし、生地を落ち着けてからが食べごろである。だがしかし、この甘い香り。抗いがたい誘惑である。味見もしたい。でもここは我慢である。

『パーマー・ハウス』のレシピでは仕上げにアプリコットジャムのグレーズを塗っているが、今回は省略させていただく。


 菓子を作った分、やや雑な夕飯の後、粗熱の取れたブラウニーにナイフを入れる。その感触で、みっしり、しっとりとしているのがわかる。断面がつやつやと光るほど、濃厚なファッジ感。表面はあくまでカリッとして、香ばしい層が薄くできている。これは正解なのでは?という気持ちになる。

 一口が、重い。セミスイートチョコレートを使ったのだが、思ったほど甘さは感じない。下にしっかりと残るウェットな触感。何よりも濃厚なのはチョコレートである。変な話だが、板チョコレートや生チョコレート以上に、チョコレートの味が濃いように思う。それを支えているのは、あの大量のバターなのだろうか。その一口で飽きてしまいそうなところを、表面の香ばしい層と胡桃である。胡桃特有の、ある種の渋みが非常に良い働きをしてくれる。これは是非、ミルクか珈琲を合わせたい。


 こうしてスクエア型一つ分のブラウニーが出来たわけだが、今日食べた分であらかたブラウニー欲が満たされてしまった。恐ろしい濃厚さである。時間をかけてゆっくり食べたいところである。

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