11月19日 のどぐろ出汁の鍋

 現在、この上なくまったりとしている。

 鍋をたらふく食べ、梅酒を飲み、〆に雑炊も平らげた。暖房を付けずともぽかぽかとしている。つまり酔っ払いというわけである。

 例によってそういう文章になってしまっていると思うのだが、ご容赦いただきたい。


 今日は天気が久方ぶりに持ち直し、体調も戻ってきたので、夫婦で出掛けることにした。

 もうすぐ年の瀬である。何事もなければ、山陰での生活は来年三月で終わることになる。というわけで、最近は「山陰でやり残したこと」を二人でリストアップするようにしているのだった。

 その内の一つ、「堀川めぐり」に、今日は満を持して行ってきた。

 国宝・松江城を囲む約3.7kmの堀川。それを、屋根付きの小舟に乗り、約五十分かけて巡る観光遊覧船である。島根に来た当初から存在は知っていて、ある種の名物のようだったので興味はあったのだが、気候や天気で迷っている間にここまで時間が経ってしまった。そろそろ本格的な寒さがやってくる。来週末はまた天気が崩れる。おそらく、あらゆる意味で今日がぎりぎりだった。

 絶えず吹く風は強く、冷たい。乗船チケットを買った松江城近くの乗り場には待合室があり、そこそこに混み合っている。壁には周辺の地図が貼ってあり、手書きでおすすめスポットの案内が書き込まれていた。それを夫と眺めながら、「あそこは行ったね」「これは一人で行った」「ここで買ってきたことある」などと話しながら、三十分ほど待つ。船にも持ち込めるというので、待合室にくっついている小さなカフェで「完熟いちご紅茶」を買って、いざ乗船。

 屋形船、とはまた少し違う。可動式の幌屋根がついた小さな船である。橋と水面が近いときには屋根がぐっと下がり、客も上体を伏せなければならないのだ。今月半ばからはちょうど「こたつ船」の期間だそうで、船の端で靴を脱いでから潜り込む。これはかなりありがたい暖かさである。

 雲は多く空は暗めだが、ところどころに晴れ間が見える時間帯。ゆっくりと船は進み始めた。松江城下の紅葉は、色づき半ばである。沢山の鴨たちがすぐそばを滑り、毛づくろいをし、昼寝をしていた。「この堀川で生まれ育ったので、慣れているけど避けてはくれないんですね」とは船頭の談。

 エンジンのそばに座る船頭は、大変上品に話すマダムだった。上品過ぎて、スピーカーを通した声が風やエンジンの音にしばしば負けていた。興味深いガイドを色々と話してくれていたのでやや勿体無い。出雲そばは、松平直政公が信州松本藩から松江藩へ移ってきた際に、そば職人を連れてきたことから広まった、だとか。

 松江市内は川が多過ぎて、どの川が堀川なのかあまり意識して来なかったのだが、こうしてぐるりと巡ってみるとそれが随分広いことがわかる。四百年前に築かれた石垣は今もしっかりと残り、非常に実戦向けに組まれているのも見て取れる。松江は要塞のように発展してきた町、とガイドでも語られていた。

 航路上には十六も橋があり、サイズも高さも造りも様々である。橋に絡む蔦や松を眺めながらアーチをゆったりとくぐったり、きゅっと狭い幅を通り抜けたり、屋根を限界まで下げて洞窟のような暗がりを抜けたりと、アトラクションのような面白さもあった。川から見上げる武家屋敷やモダニズム建築も良いものである。この辺りの景色は、私も好きだ。

 完熟いちごのジャムかコンポートの入った甘酸っぱい「完熟いちご紅茶」も温かくて美味しく、総じて満足度の高い体験だった。

 この調子でリストを消化していこう。


 こたつ船ではあったが上半身は風にさらされ、なかなかに寒い。そんなわけで夕飯は鍋である。以前買っておいた「のどぐろ鍋つゆ」に合わせて、色々と具材を買い込んだ。

 島根県のほぼ中央に位置する邑南町おおなんちょうで創業して百年、『垣崎醤油店』がのどぐろの出汁を使って製造した醤油ベースの鍋つゆである。一見、至って普通の寄せ鍋つゆに見えるが、湯気と共に立ち昇る、その香りの華やかさに驚く。鰹や昆布だけでは出ない、複雑だがきりりと引き締まった旨味。ほんのりと甘い醤油の味わいがそれをまた引き立てる。白菜や鶏肉はもちろん美味しいが、薄切りにして入れてみた大根が非常に良い味わいである。更に、立ち寄ったスーパーでたまたま売っていたのどぐろつみれが素晴らしい。臭みも一切無いつみれはふわふわで、口の中でとろけながらのどぐろらしい甘みと旨味がはじけていく。

 これはもう、酒も進むというものである。未だ残っていた「七冠馬」の梅酒、これも実に合って、ソーダ割りでしっかり飲んだ。

 この出汁ならば、〆は雑炊である。さっと沸かして卵とじをした雑炊、約束された美味しさである。米粒一つ、つゆの一滴も残さず、二人で平らげてしまった。


 今日は存分に島根を味わったと言える日曜だったと思う。時間はかかったが、日記を書きながらようやく酔いも落ち着いてきた。

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