11月12日 せらの恵みバーガー

 今日もぱらぱらと雨の降る山陰を脱して、空の広い山陽へ来た。

 中国山地を越えるだけで止む雨がある。それも結構ある。


 広島へ近づくほどに、人口が増えるのを感じた。車の量も運転手の気質もまるで違う。

 朝に出て、昼前に広島県世羅町の道の駅に着いた。腹ごしらえである。「道の駅 世羅」は2015年にできた比較的新しい道の駅で、地元もかなり力が入っており、大層にぎわっていた。加工された獣肉や、周辺飲食店の弁当が豊富に取り揃えられ、なかなか面白い。

 世羅の食と農を繋ぎ地域を盛り上げていく、という目的で「せらバーガー」なるプロジェクトがあるらしい。唯一のルール「世羅町のおいしい食材をメインとすること」に基づき、世羅の飲食店から九店舗が参加しているという。「道の駅 世羅」のフードコートもその一つ。

 というわけで「せらの恵みバーガー」を食べてみた。残念ながら作り置きだが、レンジで温めてくれる。しっかりと高さのあるバーガーには世羅産のキャベツ・トマト・大葉か挟まり、メインは瀬戸内六穀豚の分厚いトンカツ。これをお好みソースで食べるので、もはやバーガーというよりカツサンドである。しかしこのトンカツが、肉厚ながら柔らかく、しっとりジューシーでかなり美味しい。地元の野菜も新鮮である。

 本日はちょうど、世羅町内で中国実業団駅伝が行われており、フードコートには中継の映像が流れていた。全く調べずに来てしまったので驚いた。それくらいスポーツ関係に疎い私だが、世羅高校が駅伝に強い学校であることは知っている。道の駅にも応援の幟がはためいていた。


 世羅から瀬戸内海沿岸に出て宮島方面へ進み、第一目的地である『下瀬美術館』に辿り着いた。

 大竹市に今年できたばかりのこの美術館は、建築資材を製造・販売する丸井産業株式会社の創業60周年を機に作られたという私立美術館である。その特徴はなんといっても、坂茂氏が設計を手がけた個性的な建築。瀬戸内海に沿って建つメイン棟はミラーガラスの外壁に囲まれ、周囲の空と海を映す。

 目を引くのは、水盆に浮かぶコンテナが連なる可動型展示室である。ピンクや水色のカラフルなコンテナは、展示物に合わせて様々に位置を変え、繋ぎ合わせることができるという。これは坂氏が瀬戸内海に浮かぶ島々から着想を得たもので、広島の造船技術を活用して水の浮力で動かせる仕組みになっている。ガレやドームの工芸、ピカソやブラックなど、テーマの違うコンテナを順に巡るのも楽しいし、メイン棟の屋上にある望洋テラスから眺めれば、色とりどりの箱たちの向こうに瀬戸内海、そして宮島をはじめとする大小の島々があり、いわゆる多島美のイメージを重ね合わせて見ることができる。心憎い設計である。

 更に、収蔵するエミール・ガレの作品のモチーフとなった植物を集めた「エミール・ガレの庭」まで造られている。秋の庭はややもの寂しいが、よく手入れされた庭は実に美しい。

 こうして歩き回るだけでも楽しいのだが、現在の企画展「四谷シモンと金子國義 —— あどけない誘惑」も大変興味深かった。人形作家の四谷シモンと画家の金子國義、二人は新宿のジャズ喫茶で出会って以降、価値観を共有し、互いに刺激しあう関係が続いていたという。

 彼らの作品や関係に大いに影響を与えたのが、フランス文学者の澁澤龍彦と、劇作家の唐十郎。この辺りのアングラ演劇の空気や耽美な手触りは、実にたまらないものがある。こういったものに触れるのが随分久しぶりで、私の気分はすっかり高揚してしまった。展示数はすっきりと絞られ、一つ一つをじっくりと見ることもでき、大変満足である。

 どんなにインターネットやヴァーチャル空間が発達しようと、やはり生の存在感や体験に代わるものなど無い。今日のような面白さを経験すると、改めてそう思う。そしてこれは、衰退する地方ではおよそ叶わないことなのだとも。


 その後は広島市内のホテルに落ち着き、こうして日記を書いていた。そろそろ夕飯に出かけなくてはならない。夫と私、それぞれの広島の友人・知人に会うのが、そもそもの大目的なのだから。

 久しぶりに広島の街を楽しもうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る