11月11日 シーフードチャウダーと、ソーダブレッド、アイリッシュコーヒー

 寒い。

 朝からしとしとと雨が降り、頭痛を抑えるために痛み止めを飲んだ。そしてこの寒さである。いきなり過ぎやしないか。いよいよ冬用の布団を出さねばなるまい。


 こんな寒さなので、温かいものを食べようと『巨人のシチューハウス』でランチをすることにした。

 この店のオーナーは身長約2メートルのアイルランド人で、非常に伝統的なケルトの煮込み料理を楽しむことができる。先日はたった一人でギネス記録に挑戦し、小麦粉がベースの食べ物を焼き続ける「ベーキングマラソン」で48時間、パンなどを除いた料理を作る「クッキングマラソン」で120時間という新記録を樹立した。この時の料理は無料で振る舞われていて、我々も応援がてら行ってみようと思ったが、既に結構な行列が出来ているようだったので諦めたのだった。そうこうする内になんと、このシチューハウスは年内で閉店し、新しいビジネスを始めるらしいと聞いた。ならば今のうちに行っておこうと思ったのである。

 店内は満席、しばらくテラス席で待つことになった。川沿いに建ち、晴れていれば見晴らしは良いことだろう。屋根はあるが小雨の吹き込むテラスで震えながら待つ。サービスでホットコーヒーをもらったが、みるみる冷めていく。やっと店内の席についた頃には手がかじかんでいた。

 今回は煮込み料理から「シーフードチャウダー」、いくつかから選べるパンは「ソーダブレッド」、それにアイリッシュコーヒーをセットで頼んだ。

 カップにたっぷりと入った「シーフードチャウダー」は具沢山で、アサリ・サーモン・タラ・野菜、それに宍道湖のシジミがゴロゴロと入っている。魚介の旨味をしっかりと味わえ、とろりとクリーミーで冷えた体も温まる。西は大西洋、東はアイリッシュ海に囲まれたアイルランドでは、魚介類は重要な食生活の一部であり、酪農も盛んな為、現地でも定番なのだという。

 これにぴったりのパンが、「ソーダブレッド」。アイルランドの主食と言ってもよいほどよく食べられているパンで、その発祥はアイルランドと言われたり、ネイティブアメリカンだと言われたり、それを否定されたりと諸説あるようである。特徴はイーストを使わずベーキングソーダ(重曹)を使って膨らませること。発酵させる必要が無いので生地を混ぜたらすぐに焼くことができ、強力粉ではなく薄力粉、バターを作る際に分離してできる無脂肪乳「バターミルク」も使う、なかなか独特なパンである。こんもりとローフ型の生地には十字に切れ目を入れるのだが、これは悪魔や妖精を退けるため、などと言われているのが、その手の伝承が多いアイルランドらしい。もっとも、空気を循環させて膨らみを良くする役割もしっかりとあるらしいのだが。

 前回これを食べたときに、私はすっかり気に入ってしまった。外側はカリっと香ばしく、中はみっしりしっとりとして、少しホロホロと崩れやすく、パンとスコーンの間のような食感。これが煮込み料理とも合うし、バターを塗って食べても美味しいのだ。今日のソーダブレッドはピーカンナッツ入りで、これがまた香ばしくて大変美味しかった。

 夫は「ダブリンコーデルシチュー」という、厚切りハムと自家製ソーセージの入ったシチューを頼み、私も少しもらった。アイルランドの煮込み料理は、実に素朴である。具材の味がかなりそのままで、ハーブの香りはすれど「じっくり煮込んだだけ」というような潔い味わいである。旨味のしっかりあるシーフードチャウダーが異質なくらいである。初めて食べた時には戸惑いがあったが、慣れると面白い。好みは分かれるだろうと思う。

 食後には本場のアイリッシュコーヒーを。専用の厚いグラスに、アイリッシュウイスキーとコーヒー、その上に真っ白な生クリームがたっぷりと乗り、美しい二層が重なる。そこへシナモンやクローブのスパイスが少し振り掛けられ、季節はすっかり冬。二層は崩さずにそのまま飲めば、ひんやりとまろやかな生クリーム、スパイスの香り、温かいコーヒーと砂糖のほのかな甘み、芳醇なアイリッシュウイスキーの風味、と順に流れ込んでくる。最後に少し残るクリームをスプーンですくって舐める頃には、体がぽかぽかとしている。実に美味しい。


 島根県松江市はアイルランドと姉妹都市関係にあるらしく、それは小泉八雲が縁となっているという。彼にとってアイルランドは、二歳から十三歳という多感な時期を過ごした土地であり、父親の故郷であり、ケルトの口承文学や恐怖体験に触れた場所である。それを縁と呼んで良いものかわからないが、山陰日本アイルランド協会というものがあったり、聖パトリックの日にはアイリッシュフェスティバルが開かれるなど、交流は深い。

 そうしたことからこの『巨人のシチューハウス』も松江市で愛される店になったのかもしれない。今後、アイルランドの巨人はどんなビジネスを始めるのだろうか。


 ところで、昼間に食べたこのアイルランド料理の腹持ちが良過ぎて、夜八時を過ぎても腹が減らないのだが、どうしたものだろう。

 

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