十一月

11月1日 カツライス(西洋軒)

 雲一つない青空。

 山陰ではそうそう見ることが無いのでいっそ不安になる。日向は驚くほど温かい。もう十一月なのに。

 旧暦十月は全国的には神無月かんなづき、神々の集まる出雲だけは神在月かみありづき、というのはそこそこに知られた話だが、半月後にはいよいよ神迎かみむかえがやってくる。山陰中央新報には神事の記事が増え、独特の雰囲気を醸し出す。外様の私は少しわくわくとしてしまう。

 しかしもう、十一月なのか。


 今日は先週から延期した病院へ行く日だった。

 実にぽかぽかとした陽気で、自転車を漕ぎ漕ぎ到着した頃には汗が滴るほど。診察は滞りなく済み、ちょうど昼時である。

 久方ぶりに「カツライス」を食べたくなった。


 島根県松江市の隠れたソウルフードと言われる「カツライス」。それは至ってシンプルな料理で、皿に盛ったライスの上にカツを乗せ、デミグラスソースをかけたものである。どういうわけか、箸やスプーンでなくフォークで食べることが多い。その発祥は大阪の洋食屋なのだが、今やカツライスを提供する店は松江市内がほとんどである。

 松江市でカツライスが定着するきっかけとなった店が、老舗洋食店『西洋軒』である。昭和七年、京橋川沿いに創業した当時からのメニューで、今でも人気である。今日はこれを。

 レトロで落ち着いた店内は一階にカウンター、二階にテーブル席があり、一人でも入りやすい。ランチタイムにセットになっているサラダを食べながら待つことしばし、カツライスがやってくる。

 白い平皿にやや柔らかめの白米、その上に切り分けられたカツが乗り、その半分を覆うようにつややかなデミグラスソースがかかっている。他に盛られているものは無い。潔い一皿である。島根県産豚を使ったカツは平たく、トンカツではなくポークカツレツといった風合いなのが良い。肉は柔らかくサックリと揚がっていて、フォークだけでもちゃんと食べることができる。衣に染み込むデミグラスソースは三週間かけて煮込んだベースを使っているそうで、フォンドボーと野菜の旨味をしっかりと感じる。甘めでコク深いがしつこさは無く、さらりとしているのがカツともライスとも合う。

 こちらのカツライス、実は私が島根に来て初めての食事に選んだものでもある。初日に散々な目にあったことは以前書いたが(https://kakuyomu.jp/works/16817330654745085719/episodes/16817330655177719805)、疲れ果てた心を慰めてくれた味である。何度食べても、美味しい。


 あんまり天気が良いので、腹ごなしがてら宍道湖や川沿いの道を回ってぐるぐると自転車を漕いだ。近くで見るとやはり、水の色は淀んでいるのだけれど、遮るもののない景色は美しく見える。やはり遠くから眺めるのが良いのだ、こういうものは。


 夕飯は夫と待ち合わせて、お好み焼きを食べた。私が広島で食べていたお好み焼きの味に最も近い店である。ついお酒なども飲んでしまい、今ようやくその酔いが醒めてきたところである。

 化粧を落とすという行為はどうしてこうも億劫なのだろうか。そろそろ風呂に入らねば。

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